第85話 公式特例任務、開始
《旧市街》の開始地点。
周囲を見渡す……と、公式特例任務へ参加する探索者たちが集まっていた。
管理機構の職員が全員の端末へマップを送り、正面に広がる《旧市街》を指す。
「公式特例任務《旧市街》を開始します。第一交差点までは共通進路です。その後はそれぞれの担当街区へ進んでください」
早くも他のクランが動きはじめた。
俺たちのすぐ前には《オブリージュ》の三人が並び、乃々さんの《フライ》もその背中を映していた。
「高城さんたちとは、最初の分岐まで一緒ですね」
「ついてくるのは構わないが、ボクたちの進行を遅らせないでくれたまえ」
「邪魔にならないように進むよ」
前へ向き直る高城。
左右には石造りの建物が並ぶ。
教会や民家らしきものもあった。
隙間に残った道路標識や駐輪場。
異世界と現代の街……二つの世界をそのまま重ねたような景色だ。
「地方中核都市と異世界の旧市街って感じですね」
「古びた教会の横に普通の駐輪場が見えるの、かなり変だね」
「馬、置けない? 置いても良い?」
「……馬を置く場所ではないの?」
「自転車を置く場所だね」
前輪からペダルまで眺めたリィン。
「……自転車。この世界の馬なの?」
「脚力依存なので、少し近いです」
「近くないと思うな……」
リィンは歩道脇のバス待合所を指す。
「……では、あの透明な小屋は、自転車を休ませる場所?」
「あちらはバスを待つ場所です。大勢で乗るので、乗り合い馬車には近いですよ」
「そっちは少し近いね。馬はいないけど」
「右の石造りの建物、入口だけ自動ドアが残っています」
リィンが足を止めると、石壁にはめ込まれたガラス扉が何事もなかったように左右へ開いた。
「……ドアマンはいないのね」
「そう。でも、礼儀正しいフェノメノン」
フェノメノン……フェノメノンなのか?
「誰にでも開く扉だけど、そう言われると立派に見えてくるね」
リィンが開いた入口から中をのぞく。
興味深そうにしている。
黒と紫のドレスが揺れた。
「ただし、扉の先は石造りの店内です。現代の売り場は残っていません」
「……入る時だけは、現代の作法に従うのね」
開いた扉の奥。
薄暗い石壁の店内でいくつもの影が動いた。
床を蹴る音が連なり、小型魔物の群れが通りへ飛び出してくる。
「店内からゴブリンです!」
「ボクたちに任せるんだ。君たちはそこで待っていたまえ」
高城は盾を構え、群れの正面へ入った。
先頭の一体を受け止め、そのまま後ろの魔物ごと中央へ押し返す。
「夏、支援を。みゅーは正面へ集まったところを撃て」
「支援、入れるねー!」
「りょーかーい。京ちゃん、ちょっとだけ止めてー」
高城が一歩も下がらないうちに、後ろの二人は準備を終えていた。
「高城さんが盾で先頭を受けました。押し返されたゴブリンの群れが集まっていきます!」
「全員入ったよ〜。京ちゃん、撃つねー!」
高城が左へ跳んで、射線を空ける。
直後、みゅーの魔砲が正面から群れの中央を貫いた。
「ビーム砲! いつ見ても凄い威力ですね」
「瓶で魔弾の威力マシマシだよー」
魔砲の射線から外れた一体が盾の脇へ回る。
高城は身体を右へ返し、通り過ぎる前に片手剣を突き入れた。
光になって消えていくゴブリン。
「連携がやっぱり完璧だね」
ゴブリン相手は以前のコボルト戦と同じ、美しい連携だった。
「訓練を重ねた結果だと言ってるだろう。アノマリーが出てから相談を始める君たちとは違う」
「同じやり方では勝てないね。でも、真似する必要もない……俺たちは俺たちだし」
「ふん……まぁ、そういうことだね」
第一交差点には街区を示す標識……青看板に旧市街の記載がある。
《オブリージュ》は左へ。
「ここからは別行動になる。自分たちの区画で迷わないことだね」
「高城たちも気をつけて。また先で」
高城たちの背中が左の通りへ消える。
右が俺たちの進行方向……。
そこは……足元がまとめて崩れており、通りを横切るように大穴が開いていた。
「……向こう側に、城壁沿いの通路があるわ。あれも街区の中よね?」
リィンが示すのは、穴の向こうから城壁へ沿って伸びる細い道。
「はい。担当範囲内です! ただ、こちら側から渡る道がありませんが……」
正規進路先を見る。
「あっちは巨大な魔物がウロウロしてますね」
「俺たちまで正面突破する必要はないよ」
「レンリ、一度やったことあるからね」
ニーナに対して笑顔で返す。
「そう。これなら、《刹那の種》で届く。向こうへ橋を渡そう」
指先で種をつまむ。
全員が頷いた。
「花はすぐに枯れます。渡り始めたら戻れませんよ!」
「大丈夫。ニーナは浮けるし」
「浮けない人がほとんどなんですよ!?」
「なら、頑張るしかない」
「よし、行こう! 《刹那の種》!」
開いた大穴の上にのびていく《刹那の種》。
弧を描いたツルに次々と花が開き、重なった茎と花が一本の橋になる。
足を載せ、体重をかける。
根元は外れない。
俺は一気に橋を駆け抜け、ニーナが迷わず続き、乃々さんとリィンも橋へ踏み出した。
「……乃々、手を。いきましょう」
「はい。リィンちゃん、成長しましたね」
「……元々の感覚を、取り戻してきたの」
リィンが乃々さんの手を取り、二人で花の上を走る。
その背後では、細いツルから色が抜け始めていた。
白く乾いた花びらがちぎれ、穴の底へ落ちていく。
「枯れてきた。でももう少し」
「あと少し! 乃々さん!」
乃々さんが橋の端から飛び込み、俺が腕をつかんで引き上げる。
リィンも最後の花を蹴り、こちら側へ降り立った。
「渡り切りました! 全員、城壁通路です!」
背後で橋が崩れ、無数の花びらへ変わっていく。
戻る道はなくなった。
進むしかない……その覚悟ができた。
「行こう。同じ任務でも、俺たちは俺たちに合う道で進めばいい」




