第81話 静かな日々の……
ダンジョン入り口のカフェテラス。
白いテーブルの中央には《静かに届くマイク》が置かれている。
離れたところでは乃々さんが誰かと話していた。
通話を終えると、端末をいつもの大きなバッグへしまった。
「連絡がつきました。マイクの件ですが、友達……ユージくんが来てくれるそうです」
連絡を始める前より表情が明るく、無事に話せたことが分かる。
「乃々さんにも、そういう昔の知り合いがいるんだね」
「います! 私を何だと思っていたんですか」
乃々さんの言葉に続けて、隣で聞いていたニーナもぽつりと呟いた。
「配信の人」
「間違ってはいませんが、人間関係もあります」
「ごめん、ちょっと配信画面に住んでる印象があった」
「住んでいません! たまに長居しているだけです」
力強く否定したわりに、後半はほとんど認めている……。
向かいのリィンが笑いをこらえていた。
◇
二十分ほど経ったろうか……カフェテラスには静かな時間が流れていた。
「ごめん、乃々、遅くなって」
現れたのは俺たちと同じくらいの歳に見える男の子。
まぁ意識の年齢的には俺は全然違うのだけれど……見た目的には……ね。
「乃々、久しぶり。急に呼び出すから、何かあったのかと思った」
「お久しぶりです、ユージくん。急にすみません」
席へ案内された男の子……ユージくんは俺たちをみて微笑んだ。
「日野枝連理さんですよね。ニーナちゃんとリィンさんも。嬉しいです。配信、見てます」
「見てくれてるんだね」
「いや、いつもすごくて……それに、幼馴染がダンジョンで毎回あんなに騒いでたら、そりゃ見ますよ」
「なっ! 私!?」
幼馴染なのか……。
なるほど。
「大騒ぎではありません。実況です!」
「宝箱が出た時だけ、明らかに声が大きくなってるけど」
乃々さんの反論まで見慣れているらしく、ユージくんは最初から笑っていた。
昔から何度も交わしてきたやり取りなのだろう。
「元気そうでよかった。大学を休んでダンジョンに潜ってるって聞いた時は、さすがに心配したから」
「大学?」
俺は思わず疑問を返した。
「乃々はまだ十七ですけど、飛び級で大学に入ってるんですよ。今は休学中ですけど」
「ユージくん。どうして私より先に全部説明するんですか」
「そうだったんだね。今更だけど知らなかった」
「俺は高校生ですけどね。乃々はどんどん先へ進んじゃって」
若いのに一人暮らししてるし、どういうことなんだろう……とは思っていたのだが。
「今も宝箱学の研究は続けています。配信者だけではなく、研究者側でもあるんです。ユージくん、私の紹介はもう十分ですよ!」
乃々さんは《静かに届くマイク》を手元へ引き寄せた。
「今日はこれを見てもらいたくて呼びました」
「そのマイクが俺を呼んだ理由?」
「はい。正確には、ユージくんと杉本七海……七海に関わるものです」
「七海のことか」
杉本七海の名前が出た途端、笑みが薄れたユージくん。
視線も乃々さんからどこかへ映った。
どこも見てないような……そんな。
「あ、ごめんなさい。連理さん。私とユージくん、それから七海は幼馴染で……。七海は今、アイドルとして活動してるんです」
「アイドル?」とニーナ。
「……アイドル?」とリィン。
「えーと、アイドルっていうのは……吟遊詩人というか……歌姫だね」
「歌姫か」
「……歌姫ね」
納得頂けたようだ。
「ユージくん。今でも七海のことを応援していますよね」
すぐには答えず、ユージくんは膝の上で両手を組み直した。
「してるよ。今も活動は見てる」
「本人には伝えましたか?」
「言ってない」
「どうしてですか?」
問いかける声に責める響きはなかった……が。
「最初は、言うタイミングを逃しただけだった。デビューが決まった時、七海が急に遠くへ行く気がして、素直におめでとうって言えなかった」
夏の雲が流れて、カフェテラスの前に影が差した。
俺はパイナップルジュースを飲みながら耳を傾ける。
「あとから連絡しようと思ってるうちに、どんどん有名になってさ。今さら俺が何を言うんだって思ったら、余計に言えなくなった」
活動を見ていると答えた声には迷いがなかった。
応援をやめたわけではないのに、本人へ何も伝えられない時間だけが長くなってしまったらしい。
何となくわかる気がする。
「そこで、これですよ! ダンジョンで手に入れたんですが」
言いながらマイクを指差した乃々さん。
「アノマリー?」
「はい。《静かに届くマイク》です。大勢に聞かせるためのマイクではありません。遠くでも届けたい相手一人だけに声が届くアノマリーだそうです」
「え……これを使えって?」
「私はこのマイクをユージくんに見せたかっただけです。使うかどうかはユージくんが決めてください」
ユージくんの目はマイクから動かなかった。
乃々さんは返事を迫らず、割と衝撃的なことをさらっと言った。
「七海の次のライブ……さっきチケット取っちゃいました」
「な……!?」
ユージくんに同情……いや、同調する。
「俺たちも?」
「はい。お忘れかもしれませんが、私たちの資産はピーゴールドですから」
「そ……そうなんだ……」
「……ピーゴールドって何かしら?」
「たくさんって意味だよ」
ニーナの言葉にリィンは首を傾げる。
「……お金がたくさんあると困るのかしら?」
この娘もちょっとおかしいかもしれない……。
「えーと。とにかく! 私、その会場へマイクを持っていきます。七海の姿を見て……伝えたいと思えた時だけ、使ってください」
セミが鳴く声が響き、風が流れていく。
ユージくんはマイクを見つめていた。
「言いたいことなら、決まってる。今でも応援してるって。それだけは、ずっと言いたかった」
ユージくんの手がマイクへ伸びる。
けれど、触れる直前でその指が止まった。




