↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
81/97

第81話 静かな日々の……


 ダンジョン入り口のカフェテラス。


 白いテーブルの中央には《静かに届くマイク》が置かれている。


 離れたところでは乃々さんが誰かと話していた。


 通話を終えると、端末をいつもの大きなバッグへしまった。


「連絡がつきました。マイクの件ですが、友達……ユージくんが来てくれるそうです」


 連絡を始める前より表情が明るく、無事に話せたことが分かる。


「乃々さんにも、そういう昔の知り合いがいるんだね」


「います! 私を何だと思っていたんですか」


 乃々さんの言葉に続けて、隣で聞いていたニーナもぽつりと呟いた。


「配信の人」


「間違ってはいませんが、人間関係もあります」


「ごめん、ちょっと配信画面に住んでる印象があった」


「住んでいません! たまに長居しているだけです」


 力強く否定したわりに、後半はほとんど認めている……。


 向かいのリィンが笑いをこらえていた。



          ◇



 二十分ほど経ったろうか……カフェテラスには静かな時間が流れていた。


「ごめん、乃々、遅くなって」


 現れたのは俺たちと同じくらいの歳に見える男の子。


 まぁ意識の年齢的には俺は全然違うのだけれど……見た目的には……ね。


「乃々、久しぶり。急に呼び出すから、何かあったのかと思った」


「お久しぶりです、ユージくん。急にすみません」


 席へ案内された男の子……ユージくんは俺たちをみて微笑んだ。


「日野枝連理さんですよね。ニーナちゃんとリィンさんも。嬉しいです。配信、見てます」


「見てくれてるんだね」


「いや、いつもすごくて……それに、幼馴染がダンジョンで毎回あんなに騒いでたら、そりゃ見ますよ」


「なっ! 私!?」


 幼馴染なのか……。


 なるほど。


「大騒ぎではありません。実況です!」


「宝箱が出た時だけ、明らかに声が大きくなってるけど」


 乃々さんの反論まで見慣れているらしく、ユージくんは最初から笑っていた。


 昔から何度も交わしてきたやり取りなのだろう。


「元気そうでよかった。大学を休んでダンジョンに潜ってるって聞いた時は、さすがに心配したから」


「大学?」


 俺は思わず疑問を返した。


「乃々はまだ十七ですけど、飛び級で大学に入ってるんですよ。今は休学中ですけど」


「ユージくん。どうして私より先に全部説明するんですか」


「そうだったんだね。今更だけど知らなかった」


「俺は高校生ですけどね。乃々はどんどん先へ進んじゃって」


 若いのに一人暮らししてるし、どういうことなんだろう……とは思っていたのだが。


「今も宝箱学の研究は続けています。配信者だけではなく、研究者側でもあるんです。ユージくん、私の紹介はもう十分ですよ!」


 乃々さんは《静かに届くマイク》を手元へ引き寄せた。


「今日はこれを見てもらいたくて呼びました」


「そのマイクが俺を呼んだ理由?」


「はい。正確には、ユージくんと杉本七海……七海に関わるものです」


「七海のことか」


 杉本七海の名前が出た途端、笑みが薄れたユージくん。


 視線も乃々さんからどこかへ映った。


 どこも見てないような……そんな。


「あ、ごめんなさい。連理さん。私とユージくん、それから七海は幼馴染で……。七海は今、アイドルとして活動してるんです」


「アイドル?」とニーナ。


「……アイドル?」とリィン。


「えーと、アイドルっていうのは……吟遊詩人というか……歌姫だね」


「歌姫か」


「……歌姫ね」


 納得頂けたようだ。


「ユージくん。今でも七海のことを応援していますよね」


 すぐには答えず、ユージくんは膝の上で両手を組み直した。


「してるよ。今も活動は見てる」


「本人には伝えましたか?」


「言ってない」


「どうしてですか?」


 問いかける声に責める響きはなかった……が。


「最初は、言うタイミングを逃しただけだった。デビューが決まった時、七海が急に遠くへ行く気がして、素直におめでとうって言えなかった」


 夏の雲が流れて、カフェテラスの前に影が差した。


 俺はパイナップルジュースを飲みながら耳を傾ける。


「あとから連絡しようと思ってるうちに、どんどん有名になってさ。今さら俺が何を言うんだって思ったら、余計に言えなくなった」


 活動を見ていると答えた声には迷いがなかった。


 応援をやめたわけではないのに、本人へ何も伝えられない時間だけが長くなってしまったらしい。


 何となくわかる気がする。


「そこで、これですよ! ダンジョンで手に入れたんですが」


 言いながらマイクを指差した乃々さん。


「アノマリー?」


「はい。《静かに届くマイク》です。大勢に聞かせるためのマイクではありません。遠くでも届けたい相手一人だけに声が届くアノマリーだそうです」


「え……これを使えって?」


「私はこのマイクをユージくんに見せたかっただけです。使うかどうかはユージくんが決めてください」


 ユージくんの目はマイクから動かなかった。


 乃々さんは返事を迫らず、割と衝撃的なことをさらっと言った。


「七海の次のライブ……さっきチケット取っちゃいました」


「な……!?」


 ユージくんに同情……いや、同調する。


「俺たちも?」


「はい。お忘れかもしれませんが、私たちの資産はピーゴールドですから」


「そ……そうなんだ……」


「……ピーゴールドって何かしら?」


「たくさんって意味だよ」


 ニーナの言葉にリィンは首を傾げる。


「……お金がたくさんあると困るのかしら?」


 この娘もちょっとおかしいかもしれない……。


「えーと。とにかく! 私、その会場へマイクを持っていきます。七海の姿を見て……伝えたいと思えた時だけ、使ってください」


 セミが鳴く声が響き、風が流れていく。


 ユージくんはマイクを見つめていた。


「言いたいことなら、決まってる。今でも応援してるって。それだけは、ずっと言いたかった」


 ユージくんの手がマイクへ伸びる。


 けれど、触れる直前でその指が止まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。