第80話 宝箱から出たものは……?
現れた箱は、銅箱。
《工場砦》の最奥は静まり返り、並んだパイプや機械の間にも物音ひとつなかった。
その沈黙を乃々さんが割いた。
「連理さん、銅箱です! 正式クリアの報酬ですよ!」
さっきまで戦闘を映していた《フライ》が、もう箱へレンズを向けている。
「最後に宝箱まで出てくれたね」
「レンリ、開けよう。ニーナも中が見たい」
「……わたしもテンション高まってきたわ」
「もちろん開けます! フライも寄せますね。連理さん、お願いします!」
乃々さんがフライを箱の正面へ寄せる。
俺がしゃがむと、三つのレンズが留め金へ向いた。
「そんなに注目されると、ちょっと緊張するよ」
「大丈夫です。私の方が緊張しています」
「開けるのは俺なんだけど」
「だからです! 連理さんが開ける宝箱ですから!」
『銅箱きた!』
『最後にガチャ!』
『何色だ!?』
『もうわけわからん!』
『連理さんならやる』
「……箱を開ける前から、みんな楽しそうね」
「開ける前が楽しいんです! まだ何が出るか、誰にも分かりませんから!」
「何が出ても、今日はもう十分嬉しいんだけどね。正式クリアできたし、昇格条件も達成できたし」
「それと宝箱は別です! 条件達成は条件達成、宝箱は宝箱です!」
「じゃあ、宝箱までちゃんと開けて締めようか」
「はい! お願いします!」
一度、呼吸を整えてフタへ指をかける。
乃々さんは配信画面から目を上げ、俺の手元をじっと見つめた。
「開けるよ」
持ち上げた瞬間、現れた光は……青。
青い輝きが辺りに満ちた。
「青ー! 青です! Aランク相当です!」
「きれいな青。レンリ、また当たりだね」
「銅箱からAです! 連理さん、最後にしっかり大当たりを引きましたよ!」
乃々さんは、もう青い光の向こうをのぞき込もうとしている。
でも、中身はまだ光に隠れていた。
「まだ中身は見えてません! Aランクの何が出たのか……ここからです!」
『Aきたあああ!』
『銅箱から青!』
『最後まで引き強い』
『中身は!?』
『何が出た!?』
まだ中身が見えないうちから、リィンとニーナが我先にと箱へ身を乗り出した。
「……わたしが確認するわ!」
「ニーナも!」
二人とも、また箱に頭を突っ込んだまま、青い光の奥をのぞこうとしている。
「今日だけで、切り抜き候補が多すぎます……!」
「《月光閃》は、かっこいいところ使って」
箱に突っ込んだままニーナが応えた。
「そこは指定するんだね」
「任せてください! でも、その前に箱の中身です!」
コメントは、もう中身の予想で埋まっていた。
「皆さん、もう中身の話しかしてません! ……まあ、私も気になりますけど。宝箱の前では、人は正直になります」
「じゃあ、一緒に見ようか」
「はい! 光が収まってきました!」
青い光が薄れていく。
中身は……。
「なにこれ!」
「……これなにかしら!」
ニーナとリィンの合間を縫うようにのぞき込む。
箱の中に残っていたのは……一本のマイク。
「あれ? マイクですか?」
「マイクだね。配信用?」
マイクを不思議そうに見つめるリィン。
「……マイクって何なのかしら」
「声を拾って、大勢に聞かせる時に使う道具だよ」
「この小さな道具で、大勢に……」
「形だけなら普通のマイクですね。でも、アノマリーなら能力は別です。私もこれは見覚えがありません」
『マイク!?』
『乃々ちゃん用きた?』
『配信強化か!?』
『Aランクのマイクって何するんだ』
『ジャ◯アン的な能力を使えるのか!?』
「み、みなさん! わかりませんよ。能力も分かってませんから。ニーナちゃん、お願いできますか?」
俺はマイクを箱から取り出し、手元で確かめてみる。
どう見ても普通のマイクにしか見えず首をかしげていると、ニーナがそこへ手をかざした。
「うん。何ができるのか見てみる。《宝具解放》」
ニーナの魔力が、マイクを包むように明滅する。
「真名、分かりました?」
「これはね……《静かに届くマイク》」
「静かに届くって、どういう意味?」
「届けたい相手一人にだけ、声を届けるマイク。大勢に聞かせるためのものじゃない。……小声用」
「マイクなのに小声用」
「一人だけ……。配信で使うマイクとは真逆ですね」
『一人だけ!?』
『配信と真逆じゃん』
『Aランクで一人にだけ届けるのか』
『誰に使うんだ?』
「……大声でなくても、届く声はあるのね」
ニーナは満を持して、とでもいうように笑みを浮かべる。
「またの名を《遠くにトークマイク》」
「…………」
「…………」
「…………」
コメントだけが、さっきと同じ速さで流れていく。
『何言ってんだ』
『韻を踏んでる』
『ちょっと上手いと思う』
『レベルあがってきた』
すると一人……乃々さんだけは深刻な、何か考えるような表情を浮かべている。
その視線は、画面ではなく俺の手のマイクに止まっていた。
「乃々さん?」
「どうした? ニーナのネーミングセンスに脱帽?」
「すみません。少し、考えていました」
「マイクのこと?」
言われて……乃々さんは小声で「いえ……」と答え、言葉を続けた。
「連理さん、それ、今は使わないでおきませんか」
「うん。帰還を先にしよう。ここで試す必要もないと思う」
「ありがとうございます」
乃々さんはマイクをもう一度見てから、フライへ向き直った。
「皆さん、今日の配信はここまでです。《工場砦》の正式クリアまで見届けてくださって、ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「……ありがとう」
「ありがと」
全員がそろって手をふる。
リィンはちょっとだけ恥ずかしそうだ。
配信が切れ、流れていた文字が消えると、戦いの終わった《工場砦》にまた静けさが戻る。
帰還ポイントへ向かい、その光を抜けるまで、乃々さんからマイクの話は出なかった。
転送ポートの廊下まで戻ると、戦闘中ずっと残っていた緊張が抜け、今さらになって全身の疲れが押し寄せてきた。
「よし。帰還処理も終わったね。乃々さん、お疲れさま」
「お疲れさまでした!」
「さっきから、ずっとマイクのことを考えてる?」
言われると乃々さんはぎこちなく笑った。
彼女からは別にネガティブな感覚は感じない……が、どうしたんだろう。
「えへへ、分かりますか?」
「言いたくなければ、無理に聞かないけど」
「いえ。そういうわけじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「マイクの使い道、心当たりがあるかもしれません」




