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第77話 無尽蔵の獣


「ヴァオオオオオオ!!」


 最深部へ続く通路を抜けた瞬間、咆哮が全身を貫いた。


 工場の一画がそのまま収まりそうな、広大な最深部。


 鉄骨と配管に囲まれた中央に見えるのは……異様な巨犬。


 特徴的なのは、共通の胴体から伸びる二つの首。


 左右それぞれの首元には、身体の一部として赤い魔法石が一つずつ付いていた。


「オルトロスです! 高城さんたちが、もう交戦しています!」


 正面では、高城が盾で二つの頭を受け止めていた。


「今進むのはやめよう。邪魔になるかもしれないし、人数が多ければそれだけ危険も増える」


 左の頭が盾へ噛みつく。


 その横から右の頭が回り込み、牙を高城の肩へ届かせようとする。


「ぐっ!」


 高城は盾を捨てず、片手剣を右の口へ差し込んだ。


 噛み合う牙の間で剣が止まり、首の動きが止まる。


「みゅー、今だ!」


「右を狙うよー!」


 敵は高城に肉薄し、そちらに意識をもっていかれている。


 魔砲から放たれた光が、右の首元へ突き刺さった。


 赤い魔法石に亀裂が走る。


「魔法石が輝いています! ……あれは!?」


 乃々さんが叫ぶ。左の魔法石が強く明滅した。


 赤い光が胴体を通って右へ流れ、開いた亀裂が塞がっていく。


「また戻った! 京ちゃん、盾もヤバいって!」


「見れば分かる。夏、修復を!」


「今行くよー。よいしょっと」


 後方にいた夏が小瓶を盾へ投げた。


 パリンと割れ、盾の表面に広がる淡い光。


 完全には直らない。もうボロボロだ。


 高城は修復された盾を押し込み、二つの頭を正面へ戻す。


「ボクが左を斬る。みゅー、再度右を撃て」


「やってみる〜!」


 高城が盾を二つの顎の間へ押し込み、左の首元へ片手剣を走らせる。


 同時に、みゅーの魔砲から放たれた光が右の魔法石へ向かった。


 その時。


 オルトロスは巨体からは想像できない速さで身を沈めた。


 左の刃をかわし、右の光線もそらす。


「……避けるだけじゃない。体勢を立て直して襲ってくるわ」


 オルトロスの前脚が、盾を横薙ぎにする。


 修復されたばかりの盾が再びへこみ、高城の身体が跳ね飛ばされた。


「くっ! 引くしかないか。夏、足を頼む!」


「了解。ちょっと待って〜はい、走れるよー!」


 高城とみゅーの足元へ小瓶を投げる夏。

  

 床へ広がった光がのび、一気にこちらまで下がる。


 オルトロスは様子をうかがうように、足を止めた。


「あれ? おしまい?」


 ニーナの問いに、高城は傷ついた盾を床へ立てた。


「ハァハァ……条件は確認した。左右の魔法石を同時に壊さなければ、無傷に戻る。あんな無尽蔵の体力に付き合う理由はない」


「撤退するんだね」


「言葉を選びたまえ。これは無駄な消耗を避ける判断だよ。条件を満たしたボクたちが、ここで危険を犯す必要はない」


 高城は俺たちの装備を見回した。


「君たちは正式クリアが必要だったね。止めはしない。ただし、同時に当てれば終わるなどと簡単に考えないことだ。あれは攻撃を見てから、壊されない方を選んで避けている」


「分かった。教えてくれてありがとう」


「礼を言う余裕が、いつまで残るか見ものだね」


 夏がへこんだ盾へ新しい修復材を当てながら、高城の肩を押した。


「京、帰還ポイントまで戻るしかないよー」


「分かっている。急かすな」


 高城たちは来た通路へ戻っていく。


 オルトロスは追わなかった。


 二つの頭を低く下げ、今度は俺たちを見ている。


『あれを二つ同時に壊すのか』

『オルトロス顔こわ!』

『高城たちでも当てられなかったぞ』

『無理ぽ』


「左右へ分かれよう。リィンは左の頭を引きつけられる? 俺は右へ行く」


「……やってみるわ。倒そうとせず、こちらを見させればいいのね」


「うん。ニーナは魔法石を狙えそうなら狙ってほしい」


「レンリが届いたら、合わせる」


 俺は《燻り火の剣》を抜き、右へ走った。


 リィンの儀仗杖が鉄床を叩く。


「……こっちよ!」


 左の頭が音へ反応し、牙をむいた。


「ヴァルル……!」


 右の首元へ剣を振るう。


 オルトロスは右の頭だけを引いた。


 刃が届く直前、左の頭がリィンから俺へ向きを変える。


「連理さん! 牙が迫ってます!」


「ヴァルァァ!」


 横から迫った牙を剣で受ける……が噛みついたまま首を振られた。


 跳ね飛ばされる!


「くっ……!」


 俺は壁の棚へ叩きつけられ、派手な音を立てて床へ落ちた。


「連理さん!」


 起き上がる前に、二つの頭が迫ってくる。


「《残火》!」


 俺は《燻り火の剣》を叩きつけ、火柱を放った。


「ヴァル……」


 オルトロスは後方へと大きく下がった。


「俺とニーナが片方だけを狙えば、空いている頭が邪魔をする。左右から別々に狙えば、胴体ごと動いて、当たりそうな方だけを外す」


「……二つとも、同じ時に壊すしかないのね」


「うん。それか意識をそらすか……」


 ニーナと左右へ分かれる。


「もう一度やってみよう……右は俺が斬る。ニーナは左を頼む。ニーナに合わせるよ」


「わかった。今度は、ニーナの方に」


 俺が右の魔法石。


 ニーナが左の魔法石。


 二つの頭も別々に動き、右は俺を、左はニーナを見た。


「結晶の光の名の下に」 


 ニーナの詠唱がはじまった。


 右の頭が牙を開き、俺へ飛びかかってくる。


「答えよ。其は波動。其は凪。其は放たれる」

 正面から踏み込み、牙が閉じる直前に外へ抜けた。


 首元が目の前へ出る。


「ちょっと弱く……《閃光》!」


「貫く!」


 俺が右の魔法石へ剣を振るう。


 同時に、ニーナの魔法が左の首元へ走った。


 動いた。


 オルトロスが巨体を前へ跳ね上げる。


 ニーナの光は左の魔法石へ届いた。


「くっ、届かない!」


 俺の剣は持ち上がった右の首元を捉えられず、空を切った。


 着地と同時に、無傷の右の魔法石が赤く明滅した。


 魔力が胴体を通って左へ流れ込み、ニーナの魔法で生じた亀裂が消えていく。


「同時破壊、失敗です!」


「なるほど……これが、高城が言っていた……無尽蔵の体力か」


「同時、しかも同じ瞬間」


「……それか別の方法ね」


「意味は分かってるんだ。分かった上で、片方だけ避けられたのが困ってる。読んで避けられてるね」


『今のでも片方しか当たらないのか』

『強すぎだろ』

『動き早』

『これを二つ同時に壊すの無理だろ』


 オルトロスには傷一つ残っていない。


 俺たちだけが息を乱している。


 攻撃するたびに片方を避けられ、つけた傷もすぐに消される。

  

 このまま同じことを続ければ、先に動けなくなるのは俺たちだ。


 オルトロスが床を蹴った。


「色々試してみよう」


 俺は腰の袋から《刹那の種》をつかみ、その進路へ投げる。


 種が床へ触れた瞬間、花とツルが一気に咲き広がった。


「連理さん……! 《刹那の種》を使いましたね!」


 ツルが前脚へ巻きつき、二つの首へ絡みつく。


 オルトロスは勢いのまま引きちぎった。


「ヴァオオ!」


 前脚が自由になる。


 が。


 それでも、魔物は残ったツルへ牙を向けた。


 首元に絡んだ花を引き裂き、床を這うツルを前脚で踏み潰す。


 身体から離れたツルまで追い、すべて壊してから顔を上げた。


「抜け出したあとも、花を壊しています……! 動けるようになっていたのに、連理さんたちを追いませんでした!」


 俺も見ていた。


 拘束を解くためにツルを切っただけじゃない。


 敵は、こちらへ来られるようになってからも、残った花をすべて壊した。


 高城が言ったとおり、あの体力に正面から付き合えば、先に俺たちが動けなくなる。


 なら、俺たちが正面から付き合う必要はない。


「倒そうとするんじゃない。あいつを、こっちの攻撃に付き合わせるんだ」


「……花を壊させ続けるの?」


「それができればね。《刹那の種》だけじゃ短すぎる。すぐに引きちぎられて、花も消える」


 花を、消えないまま竜みたいに長く伸ばせたら——。


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