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第74話 月に吠える


 白い月の下を、コボルトの隊長……ハイ・コボルトだけが進んでくる。


 長槍を杖のように鉄の床へ突き、全身の鎧をきしませながら、月光と黄色い停止線の境へ近づいていた。


「隊長が止まりません……! ほかの兵は、盾を持ち上げることもできていません!」


「……部下を置いて、月の外へ出るつもりね」 


「部下が動けなくても、自分は前へ出るか。まったく、最後まで諦めの悪い隊長だね」


 ニーナは再度手を掲げた。


 魔力の流入がより強まる。


 輝きを増していく浮かぶ白い月。


「月は消さない。あの兵たちを立たせたら、また隊列を組まれる」


「隊長が線を越えたら、俺たちも月に入らず戦える。そこで受けよう」


「指図されるまでもない。正面はボクが受ける。君はボクが止めた隙に、剣の届く場所まで入りたまえ」


 高城が盾を黄色い線のすぐ外へ据え、肩を押し当てた。


「京ちゃん、言い方は偉そうだけど、ちゃんと連理っちを通す気じゃん」


 連理っち……?


 疑問が湧いたが、特に触れないでおいた。


「結果を出せる人間へ役割を渡すのは、指揮として当然だよ」


「じゃあ、連理くんの足は僕が速くするねー」


 夏は小瓶を一本取り出し、高城の後ろでいつでも投げられるように構えた。


 みゅーは高城の右脇から魔砲を向け、リィンも儀仗杖を握り直す。


「グゥオォ……!」


 月光の中で、隊長が長槍を床から引き抜いた。


 支えを失った身体が沈み、片膝が床板を砕く。


 それでも倒れず、長槍をもう一度突き立てて立ち上がった。


 大量の魔力をまとうニーナをにらむハイ・コボルト。


「……最初にニーナを狙うつもりよ。月を消させたいのね」


「分かった。ニーナの前には行かせない」


「レンリが守ってくれるなら、ニーナは月を消さない」


 俺は《燻り火の剣》の柄へ手をかけ、隊長の足だけを見た。


 犬に似た脚が黄色い停止線を越える。


 月光の外へ出た瞬間、身体を押さえていた力が消えた。


「オオオオォォォ!!!」


 巨体が一気に加速し、長槍を低く構えてニーナとの距離を詰める。


「隊長が月光の外へ出ました! 狙っているのはニーナさんです!」


『重力を抜けた瞬間、速い!』

『ニーナさんを狙ってる!?』

『月を消させる気か』

『高城が正面で待ってる!』


「させるものか!」


 高城の盾と長槍が正面から激突した。


 盾の表面を槍が削り、高城の靴底が床を滑る。


「こいつ! やる!」


 隊長は槍を引かず、腰を落として盾ごとニーナへ押し込もうとした。


「京ちゃん一人に持たせないよ!」


 みゅーの魔砲が高城の盾すれすれを抜け、隊長の右肩へ当たった。


 鎧がへこみ、長槍の先が下がる。


 隊長は身体をひねり、槍の突きをみゅーへ振るった。


「やっばーい!」


 横から伸びたリィンの儀仗杖が、強力な突きを打ち払う。


「……触れさせないわ」


「ありがとー! リィンちゃん!」


 ハイ・コボルトが高城を狙って槍を盾に突き立てた。


「もうもたないぞ!」


 その時……。


 パリン!


 夏が投げた小瓶が俺の足元で割れる。


「連理くん、行っておいでー!」

 

 あふれた光が両脚を包み、踏み込む足を後ろから押す。


 俺は《燻り火の剣》を抜いて駆けた。


 隊長が高城の盾から槍を外し、こちらへ横薙ぎに振るう。


「グルルルァ!」


 俺は後方に退き、《燻り火の剣》を両手で振り上げた。


「《残火》!」


 刃を床へ叩きつける。


 赤い火が床を伝い、一直線に隊長へ走った。


 隊長は長槍を盾のように横へ構えた。


「オオオオォォォ!」


 そのままこちらへ向かってくる。


「《残火》が隊長を捉えました! それでも、止まりません!」


 炎に包まれた巨体が、焼けた床を踏みしめて突っ込んでくる。


 長槍がまっすぐこちらへ伸びた。


「グルァ!」


 俺は横へ身体をずらし、槍を避ける。


 火に焼かれた隊長の踏み込みは、さっきよりわずかに遅い。


 槍を引き戻される前に……。


「貫け!」


 両手で柄を押し込み、刃を胸当ての奥まで刺し通した。


「入りました! 連理さんの剣が、隊長の胸を貫きました!」


 カラン!


 隊長の手から長槍が落ちる。


 巨体が片膝をつき、胸当ての隙間から光が広がった。


「なんとか倒したようだね」


 高城が呟く。


 鎧も身体も光へ変わり、刺した剣の周りから崩れていく。


 月光の下では、残った兵たちがまだ盾を持ち上げようとしていた。


 が。


「……月の下の兵達も光に変わっていくわ」


 起き上がれないコボルト兵が次々と光へ変わっていく。


「ひー!」


 最後の盾が床へ落ち、目の前から敵影が消えた。


『隊長撃破ー!』

『かっけええええ!』

『高城たちもナイスー!』

『ニーナさんの《夜の女王》も決まった!!!』


 ニーナが力を抜いた。


 天井の白い月が消えていく。


 区画の照明が再び点灯し、ひび割れた床と落ちた矢を照らした。


「広いだけの魔法ではないようだね。体力を根こそぎ奪う……まあ、悪くない」


「京ーあれは悪くないで済ませるには、かなりすごかったよー」


「よかった。なんとなくやってみてできた」


「ニーナさん、《夜の女王》大成功です! 視聴者さんへ……コメントをお願いします!」


 乃々さんがフライをニーナへ寄せる。


 ニーナは配信画面を見上げ、さっきと変わらない声で答えた。


「使う前に、味方がいないことを確かめる。勝った」


「注意事項と勝利コメントが一緒に来ちゃってるじゃーん!」とみゅー。


「でも、言いたいことは全部入ってるねー」と夏。


「疲れるからそんなたくさん使えないけど」


 ニーナはあくびをしながら応えた。


『勝ったw』

『安全確認! ヨシ!』

『ヨシ! 絶対だめなヨシだろ』

『そりゃ疲れるわな』


「すごかったよ。ニーナ」


「えへへ」


 言うとニーナは眠そうな目でこちらを見て、笑顔を浮かべた。


 火種ちゃんがその笑顔を明るく照らしていた。

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