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第66話 忘却の夜、君と歩いたあの日々を僕はもう忘れることはできない


 スライムドラゴンが光になって消えたあと、広場の中央に銅箱が残った。


 辺りを覆っていた粘体は消え、召喚陣も光を失っている。


 火種ちゃんは小さな炎へ戻り、俺の肩の横で揺れていた。


「《星降りの祭祀場》、正式クリアです! 《灰火モール城》、《色彩の檻》に続いて三つ目……Ⅳ級昇格に必要な正式クリアは、あと一つです!」


「あと一つか。Ⅳ級になれば、公式特例任務の候補に入れる……少しずつ見えてきたね」


『正式クリア三つ目!』

『Ⅳ級まであと一つ!』

『Ⅳ級見えてきた!』


「……わたしもみんなと一緒に、クリアできたのね」


「もちろん。リィンが召喚陣を抑えてくれなかったら、勝てる方法が見つからなかった」


「配信にも全部残っています。リィンちゃんが一緒に勝ち取った正式クリアですよ」


「……そう。なら、うれしいわ」


「そして、正式クリア報酬も残っています!」


 乃々さんが銅箱へフライを向ける。


 戦いを終えたばかりなのに、乃々さんの声にはもう……宝箱を前にした熱が戻っていた。


「箱の見た目は普通の銅箱です。どうなるかは……わかりません!」


「……召喚陣は動いていないわ。あの宝箱からも祈力は感じない」


「箱、開けていい。大丈夫」


「二人がそういうなら安心だね。じゃ、開けようか」


 銅箱の金具を外し、フタを持ち上げる。


「こここここ興奮しますね!」


「ぴかー」


 ニーナが期待を寄せる。


 目に入ってきたのは光……青い光だ。


 中から青色の光があふれ、俺たちの顔と広場を染めた。


「青です! Aランクですよ! 銅箱から大当たりです!」


『Aランクきた!』

『正式クリア報酬うまい』

『銅箱からAランク!』

『中身なんだ!?』


「スライムドラゴンのあとでも、Aランクは大当たりなんだよね」


「もちろんです。銅箱からAランクが出た時点で、ありえない展開ですよ!」


「中! 何が入ってる!」


 ニーナが宝箱に突っ込んでいく。


 宝箱に食べられたような状態で叫んだ。


「鈴!」


 続いてのぞき込むと、箱の中に小さな鈴が見えた。


 古びた金色の鈴に、細いひもが通されている。


 ボスを倒した報酬あとの……Aランクのものとは思えないほど小さく、手のひらに収まりそうだった。


「……鈴なの?」


「武器でも防具でもなさそうだね。アノマリーかな」


「小さいのに、Aランク。おもしろい」


「見た目だけでは価値を決められないのが、アノマリーの面白いところです」


「乃々さん、この鈴を知ってる?」


 鈴を見つめ、「うーん」と少し考えてから首を横に振った乃々さん。


「既存アノマリーなら、見た目と記録から名前や効果を確認できます。でも、少なくとも私の知っている既存アノマリーに、この鈴はありません」


「じゃあ……ニーナ、お願いできる?」


「わかった! 《宝具解放》」


 魔力が渦巻く。


 ニーナの瞳に白い光が宿り、鈴の表面に細かな文字が浮かび上がった。


「真名は《忘れものの鈴》」


「《忘れものの鈴》……その名前も登録記録にはありません。未登録アノマリーです!」


「またの名を……忘却の夜、君と歩いたあの日々を僕はもう忘れることはできない」


「なんかエモいね」


「カラオケで入れたら大変そうです」


「……わたしは好きだわ」


「今回はポエミーに攻めてみた」


 俺の咳払いの音だけが、その静寂の中でやたら大きく聞こえた。


『忘却の夜、君と歩いたあの日々を僕はもう忘れることはできない』

『ギターのアルペジオ入ってそう』

『煙草に火をつけてそう』

『ポエミーw』


 気を取り直して、鈴へとしゃがみこむ。


「触っても大丈夫なのかな」


「うん。触れても危険はない。使うための代償もない。たぶん」


「《忘れものの鈴》……何を忘れたのか、教えてくれる鈴ですか?」


「持っている人が、忘れているものに近づくと、自分で鳴る。落とした物だけじゃない。忘れた場所や、見落としているものにも反応する」


「鳴ったら、何を忘れているかも分かる?」


「そこまでは分からない。鈴は、忘れものが近くにあると教えるだけ」


 乃々さんの目が輝いた。


「隠し通路、未回収の報酬、見落とした仕掛け……探索者なら絶対に欲しがります。知ってたら、ですけど。答えが分からなくても、見落としがあると知れるだけで大違いですよ!」


「便利だけど、鳴ったら見つかるまで気になりそうだね」


「答えまで教えないところも、探索用らしいです。そこから先は、自分たちで探す必要がありますから」


『未登録Aランク!』

『探索向きだ!』

『隠し宝箱を探せるの強い』

『忘れものの鈴、名前もいい』

『Aランクなの納得』


「《星降りの祭祀場》正式クリア。報酬は、Aランクの未登録アノマリー《忘れものの鈴》。正式クリアはあと一つ。今日の成果ですね!」


「音も、聞いてみる?」


「そうですね。映像と一緒に残しておきます」


 乃々さんが細いひもをつまみ、鈴を軽く振った。


 しかし、カランとだけ聞こえた。


「あれ? 振っても鳴りませんね」


「ひー?」


「火種ちゃんも、見たいのかな?」


 火種ちゃんが俺の肩から揺れて動く。


 カランと音を立てた金色の鈴を、静かに見つめるリィン。


「リィンちゃん、この鈴が気になりますか?」


「……少し、触ってみたいわ」


 リィンが鈴を見つめたまま手を伸ばした。


「どうぞ。重くはないですよ」


 乃々さんがリィンの手のひらへ鈴を載せる。


 リィンは金色の表面を指でなぞった。


「……忘れもの……わたしも記憶を失ったものという意味では、忘れものね」


 言いながら、リィンは大事そうに鈴をもって見つめた。


「……何か……わたしに重なるものを感じるわ」


「確かに、リィンの忘れたことが思い出せるかもしれないね」


「胸元のリボンに結べそうです。そこなら邪魔になりません」


「……お願い」


 乃々さんが鈴を受け取り、リィンの胸元のリボンへ結ぶ。


 黒と紫のドレスの上で、小さな金色が揺れた。


「似合ってる」


「……ありがとう、ニーナ」


 乃々さんが手を離すと、鈴の動きが止まる。


 そのあとで。


 チリン——。


 その場にいた全員が、リィンの胸元を見た。


「今、誰も触っていません」


「風もない。リィンも動いてなかったね」


「さっきは振っても鳴らなかった。でも今は鈴が自分で鳴った」


『今の何!?』

『リィンちゃんの忘れもの?』

『つけた瞬間に反応した』

『何が近くにあるんだ』


「リィンちゃん、何か思い出しましたか?」


「……いいえ。景色も、人の姿も、何も浮かばないわ」


「外した方がいいかな」


「……このままでいいわ。分からないけれど、嫌な音ではないもの」


 優しく微笑むリィン。


 かなり気に入ったらしい。


「リィンちゃんは動いていません。身につけた瞬間に、鈴のほうから反応しました」


「近くの何かに鳴ったのか、リィン自身に反応したのか。今は決められないね」


「かわいい音ですね」


「うん。少しやさしい感じ」


 乃々さんの言葉にニーナは頷いた。


「……忘れもの」


 リィンが鈴へ指を添える。


「……何かは分からない。わたしを探しているのか、わたしが探しているのか……」


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