第64話 ぷにぷに
「開けた場所に出たね……」
星空の下、円形の広場。中央には古びた召喚陣。
周囲の石柱は途中で折れ、砕けた石が床に転がっていた。
「あれは……祭壇の跡でしょうか? 魔法陣のようなものが残っています」
乃々さんがフライを低く飛ばし、広場の中央を映す。
「……まだ何か残滓を感じる。あの陣はまだ生きているわ」
リィンは召喚陣を注意深く見ていた。浴衣の袖から出た指が、儀仗杖を握り直す。
「何か感じる。来る」
ニーナが呟く。
同時に召喚陣付近から振動が生まれはじめた。それは広場全体に伝わる。
「あわわわ、何でしょうこれは!」
地震か、とすら思える揺れ。
「ひー!」
火種ちゃんが、不安そうに揺れ動く。
その時だ。
召喚陣から青色の粘体が噴き上がり、一つに集まる。
角が生え、左右へ翼が広がり、広場の端まで太い尾が伸びた。
現れたのは、巨大な竜だった。
「ヴォオオオオオオオオ!!!!」
ただし、半透明な全身がぷるぷると揺れている。
「ドラゴンです!」
「ドラゴン……でいいのかな。だいぶぷるぷるしてるけど」
「ぷに竜」とニーナ。
「ぷに竜」と思わず俺。
「正式名称みたいになっちゃってますよー!」
リィンはドラゴンではなく、足元の召喚陣を見ていた。
「……竜の姿をしているけれど、竜とは違うものだわ。自分で来たのではない。誰かに呼ばれて、この陣に残されたのよ」
「でも、ぷに竜になっちゃった、と」
俺の横でニーナが少し浮遊しながら呟いた。
『ぷに竜w』
『見た目は愛嬌がある』
『でかすぎるけど』
『羽ばたいてないのに浮遊してる』
スライムドラゴンが太い尾を振った。全員がすぐに飛び退く。
尾が柱へとぶつかり、表面を大きく砕いた。
「見た目と威力が合っていません……!」
「尾の届かない場所まで離れよう!」
続けて、スライムドラゴンの口から、透明な粘体のブレスが吐き出された。
粘体は広場の床を覆い、俺たちの足元まで広がってくる。
「ぬめぬめが広がって来ますよ! 足をとられないようにしてください!」
「……きゃっ!」
「リィン、俺の手を!」
滑りかけたリィンが俺の手をつかむ。
「ヴルァァァ!!」
直後、飛来したスライムドラゴンの前脚がこちらを襲った。
「《結晶盾》!」
ニーナのとっさの判断で盾魔法が展開される。
ギリギリギリ、という音が響いた。
「っ……これ、ずっとは支えられない」
魔力盾にヒビが入る。かなり重い攻撃だ。見た目よりも危険度は高そうに見える。
「結晶の光の名の下に。答えよ。其は波動。其は凪。其は放たれる。ちょっと弱く」
ニーナが詠唱をはじめると、魔力が彼女の周囲を包み出した。
「《閃光》」
放たれる光線。スライムドラゴンの半身を削いだ……が。
「……魔法への耐性があるみたいね。貫通はできなかったわ」
しかし、巨体が傾いた。それでも、床に広がった粘体は止まらない。
「ひー!」
小さな炎が足元の粘体に触れた。熱せられた部分だけが縮み、それ以上進まなくなる。
アノマリーの炎でも反応した……火が弱点なのか?
「!! ありがとう、火種ちゃん。何か掴めた気がする」
『見た目だけじゃなかった』
『石柱砕いたぞ』
『ニーナさんの盾を押してる』
『ワイなら即死してる』
スライムドラゴンは体勢を整えて飛び退いた。
「あ! 胸の奥に魔法石があります! でも魔法耐性があるとなるとニーナちゃんの魔法では難しいですね」
「全力で全部消滅させることもできるけど」
「それ、魔法の衝撃でこの辺一帯が消滅する可能性はある?」
「うん。消滅するよ」
「私たちまで消し飛びます!」
『ヤバすぎる打開策』
『消滅するんかい』
『魔法石まで届かなくね』
『これどうやって割るんだ』
その時、スライムドラゴンの翼が大きく膨らんだ。
飛んだ。
「ヴォオオオオ!!!」
咆哮と同時に翼の先が細く分かれ、そこに広場中の粘体が集まっていく。
削れた半身が再生していく。
「……召喚陣の光、ねばねばが戻るたびに強くなっているわ」
「召喚陣が再生させてるってこと?」
「……ええ。魔力の流れが、胸の魔法石へつながっている。あそこを閉じれば、回復の速度を落とせるはずよ」
「閉じるって……リィン、できるの?」
「……全部は無理だけれど、少しだけなら。わたしが押さえている間に、攻撃してみて」
リィンが儀仗杖を持ち、祈るような体勢をとる。
突如、金色の光が彼女から放たれた。
すると、スライムドラゴンの首がリィンへ向いた……気がした。
気づいた?
「ヴォオオオオオオオオ!!」
粘体のブレス。
床に広がった青色のスライム状物質が盛り上がり、波となってリィンへ押し寄せる。
「……今回避してしまったら、やり直しになってしまうわ」
ニーナがリィンの前に立ち、魔法盾を発動させた。
「リィンはそのままでいい。今度は、リィンまで通さない」
粘体の波が結晶盾へぶつかり、横へ流れていく。
「……閉じきれないわ。このまま抑えているから、レンリは魔法石を狙って」
「分かった。やってみよう」
スライムドラゴンへと駆けた。
跳躍し、胸元の魔法石へと《燻り火の剣》を振る。
裂け目が残り、胸の奥で魔法石が光った。
しかし。
剣先が届かない。
横から盛り上がった粘体が刃を押し返し、魔法石を奥へ逃がしてしまう。
「……届かなかった……一度弱めるわ」
「だめだ。やはり真正面からやっても、攻撃が届かないね」
直後、スライムドラゴンの頭が崩れ、巨大な口に変わった。
歯はない。噛みつくのではなく、体内へ俺を飲み込もうとしている。
「レンリ!」
「連理さん! 連理さん!」
「ひー!」
火種ちゃんが後ろから飛び出し、粘体の口へ飛び込んだ。
口の内側で火が広がる。炎に触れた粘体が縮み、閉じかけた口が大きく崩れた。
俺は後ろへ転がり、スライムドラゴンの口元から抜け出す。
「ひー!」
火種ちゃんも間一髪、俺の元へと戻ってきた。
「やはり……火だね。火種ちゃん、ありがとう。今のは本当に助かった」
「火が当たった場所だけ、元に戻っていません!」
「……召喚陣も揺れたわ。炎が触れた瞬間、青い線が乱れていた」
『火種ちゃん!』
『食われるかと思った』
『火が効いてる!』
剣で開けた裂け目は、また閉じている。
火種ちゃんが近づいた口だけは、まだ崩れたままだった。
「剣だけじゃ、再生に追いつかれる。火種ちゃんの火をもっと広く当てられれば、魔法石まで攻撃が届くかも」
俺は火種ちゃんを見たあと、《竜化の手》へ手を伸ばす。
「連理さん、大技ですね」
火種ちゃんは俺の顔の横に並んだ。
「火種ちゃん。俺の言葉、分かる?」
「ひー!」
「もっと強い火になって、力を貸してくれる?」
「ひー!」
俺の指先へ近づく火種ちゃん。
「ありがとう。無理しないでね」
俺は《竜化の手》を装着し、火種ちゃんへ視線を動かした。
手袋がオーラのような魔力を纏う。
しかし、瞬時にスライムドラゴンも動いた。




