第62話 三人は元芸人
「……足音。下駄でも、ゴブリンでもないわ」
「祭りの音じゃない。人が来る」
乃々さんがフライを通路側へ向ける。茂みの影で金具が鳴り、三つの人影が止まった。
「《フライ》に映りました。通路側から三人……武器を持っています」
先頭は剣を抜いた男。
後ろの魔銃使いと魔法使いも、それぞれ銃口と杖をこちらへ向けている。
三人とも、俺たちの顔ではなくイスを見ていた。
「そのSランクアノマリーを渡してもらいます。危険アノマリーは、経験あるクランが保全すべきだ」
「保全って、返す前提の言葉だよね」
「返すかどうかは、こちらが判断します」
逃げも隠れもしない顔と武器が、そのまま配信に映っている。
どういうつもりだ……?
「言葉だけ聞くと、とても公的ですね」
ニーナが剣士から魔銃使いへ視線を移した。
「顔は私的」
「ひー?」
「顔は関係ないと思うけど……。リィン、大丈夫? 気をつけて」
リィンは立ち上がった。イスを前にして、三人から目をそらさない。
「……このイスはニーナの順番を待っている。触らせたくないわ」
「ふん。黙って渡せば良いものを」
短く声を出して、剣士の男が階段を蹴った。
「遅いな」
答えを返すより先に、刃が俺の肩口へ走る。
《燻り火の剣》を抜き、刃の腹で受けた。
金属音が踊り場に響いて、キィンという耳鳴りが頭に届いた。
「返事を待つ気はないんだね」
「拾っただけの配信者が、Sランクを持つな!」
『斬った!?』
『会話終わってない』
『保全って言ってたよな?』
『イス狙いじゃん』
剣を押し返す間に、魔銃使いが踊り場の左へ回り込む。
銃口の先にいるのは俺ではない。イスのそばに立つニーナだ。
「そこをどけ」
「どかない。まだ、ニーナの順番が終わってない。ニーナは楽しみにしてたのに」
収束した魔力が集まった弾丸が発射された。
「《結晶盾》」
ニーナの前に《結晶盾》が生成される。
弾は透明な盾の上部に当たり、斜め上へそれて立ち並ぶ石柱を削った。
「ニーナちゃん、盾が削れています!」
「平気。イスには当てさせない」
石柱の破片が浴衣のすぐ横へ落ちても、リィンはイスの背もたれをつかんでいた。
「……ニーナが受けるなら、わたしは動かないわ」
「リィンはイスのそば。ここはニーナが受ける」
魔法使いが杖の先を地面へ向けた。
「深遠なる隠の者の名の下に。奪えよ。崩れゆく魂。其は限定、命令、喘鳴……」
魔力が走り、足元を抜けてリィンへ迫る。
輪は踊り場の継ぎ目……目地を伝い、イスを掴むリィンの足元へ迫った。
「……魔法!」
「ひー!」
「リィン、そのまま」
剣士の刃を外側へ流し、空いた左手で《刻の縫い針》を抜く。
針を青い魔力へと突き刺すと、その広がりが止まった。
「止めた? 魔法を!?」
危なかった。リィンの足元の寸前で停止している。しかし、余裕はない。
「リィン、方向を変えるんだ。魔力は行き場を失う!」
「……ええ」
リィンはイスの後ろへ下がる。
足元を流れた青い光は、その場に縫い留められていた。
「よそ見するな」
剣士が上段、横薙ぎ、胴へと連続で斬り込んでくる。
強い。
Ⅲ級ライセンスを持つだけはある。
俺は刃で弾き、避け、また弾いた。
さらに後方へ跳躍し、《燻り火の剣》を石畳へと打ちつける。
「《残火》!」
赤い炎が床を一直線に走った。
剣士の靴先の直前を横切り、後ろの二人との間に燃え上がり、火を残す。
剣士は踏み込めず、体勢を整え直す。
「ちっ」
魔銃使いが駆け、ニーナへ魔弾を放った。
「なら、あの小さいのをどかす!」
ニーナは《結晶盾》を再度展開し、魔弾を防いだ。
なおも近づく魔銃使いに向けて、冷たい目を向ける。
「撃つ場所、間違えてる」
「何だと」
「ニーナじゃなくて、欲しいものを見てる。だから当たらない」
『ニーナちゃん戦ってる』
『盾で弾そらした』
『イスを守ってるの強い』
『横取りレイダーじゃん』
《残火》によって生まれたこう着状態をやぶるように、魔法使いが叫んだ。
「もういい。まとめて止める」
杖を頭上へ持ち上げていく。
剣士は赤い炎を避けて、魔法使い側へ寄る。
チャンスだ。
三人の距離が縮まり、魔銃使いも魔法使いと同じ場所に集まった。
「そこだ……《刹那の種》!」
俺は三人の足元へ、小さな種を落とした。
殻が割れ、花とツルが吹き出す。
「ナイスです! 連理さん! ツルが伸びていきます!」
ツルが三人の周囲を囲うように伸びていく。
レイダー?たちは花とツルの檻に閉じ込められた。
「何だ、これは!」
「出せ!」
「くそっ、足元が……!」
俺は最後に《刻の縫い針》を指す。
リィンは再度イスの背に手を添え、閉じ込めた花の檻を見た。
「……美しいけど、恐ろしいわね」
「三人とも制圧されています。《休むことを許すイス》、無事です」
「ふざけるな! こっちは保全だと言っただろ!」
「何を保全するって言ったんでしたっけ?」
乃々さんの言葉の直後、ニーナの元に魔力が集まりはじめた。
「よし。結晶の光の名の下に……」
「やめろやめろやめろ!」
「詠唱するな!!」
「放送事故になるぞ!!!」
「ニーナ、それはまた襲ってきたらで良いよ。みんな無事だから、それでいい」
乃々さんは一息ついて、思い出すように呟いた。
「でも……冴さんたちの忠告、これだったんですね。私たちは、もう狙われています」
『花の檻すご』
『イス守った』
『保全じゃなくて横取りだろアイツら』
『レイダー消し炭にされる』
これからダンジョンのレベルが上がるにつれて危険度はあがっていくだろう。
対クランの戦いも、激化していく。
確かに、これまで通りとはいかないかも知れない。
「あ、イスは私が背負って帰りますね。このものすごいカバン(市販品)がありますから」
乃々さんは背中から大容量の運搬カバンを下ろし、その場で広げた。
イスが入るほど大きく口が開く。
「のののカバン、アノマリー」
確かに、どうなってるんだ……?
「よし! じゃ、ニーナが耐久性をチェックする」
「やめた方がいいと思う」




