第61話 また宝箱ガチャで、なんか出たーーー!!!!
祭壇の前に現れた銅箱。
乃々さんが《フライ》を銅箱の上へ移動させた。
リィンは射的でもらった星の髪飾りを触りながら、微笑みを浮かべた。
「……また、わたしみたいな娘が出るのかしら?」
「流石にそれはないと思うな……」
乃々さんは宝箱の前で《フライ》に手を振った。
「皆さん、銅箱です! 楽しみですね!」
『木箱きた!』
『祭りの報酬だ』
『射的ゴブリンの全景品より期待できる』
『今度は何が出るんだ』
「ニーナも、楽しみ」
「……何かドキドキするわ」
「開けるよ」
蓋へ手をかけると、古い金具が小さく鳴った。
どんな光が宝箱からあふれるか……。
期待の中、祭祀場の階段踊り場で宝箱を開ける。
隙間から漏れたのは、深い紫の光だった。
「紫です! Sランク、来ました!」
『紫w』
『何気に前のダンジョンは紫はなかったからな』
『紫は、なw』
『Sランクとか初めて見た』
『紫きたあああ!』
『銅箱からS!?』
『宝箱王またやった』
「中、確認!」
そう言いながらニーナは宝箱に顔をつっこもうとする。が。
「ひー!」
火種ちゃんが驚く。宝箱から何かが出てきた。
光の中から、背もたれ、肘掛け、座面が現れる。
最後に出てきたのは四本の脚。
紫の光が消えたあとそこにあったのは、一脚のイスだった。
「……イスだね」
「どこから見ても、イスですね」
「レンリ、座ってみたい」
「だよね。でも何かわかってからかな」
到底銅箱には収まらないサイズ。どうなってるんだ……? いや今更なんだけど。
ニーナはイスの周りを歩き、楽しそうに座面をのぞき込んだ。
「でも、イスは座るために出てきたもの」
「でもニーナちゃん、これ既存アノマリーじゃないですよ。イス・アノマリーで調べても出てきませんし!」
「やっぱりよくわからないんだね」
「Sランクの不明なアノマリーです。座ったあとどうなるか……ちょっとわかりませんよ」
「乃々さんの言い方を聞いたら、普通のイスまで少し怖くなってきたよ」
「……でも、見ていると、背中を預けたくなるわ」
なんの変哲もない、ただの木イスに思える。
居酒屋やカフェにあっても違和感はない。
「視聴者のみなさんは『座れ』と『絶対に座るな』で割れています」
「絶対に押すなよ! みたいだね」
『紫演出からイスw』
『ニーナちゃん座る気満々』
『未鑑定Sに座るのは怖い』
『でもちょっと座りたい』
『俺は座れって言ってないぞ』
木で作られた、肘掛けつきの白いイスだ。
背もたれは緩やかに傾き、座れば肩まで支えてくれそうだった。
「ニーナちゃん、お願いします!」
「うん。仕方ないから見る」
ニーナがイスの前に立ち、片手をかざした。魔力が集まり、輝きを増していく。
「《宝具解放》」
淡い光が指先から広がり、イスの脚から背もたれまでを包む。
「分かった。真名は……《休むことを許すイス》」
「休むことを、許す……ですか?」
「傷を治すイスじゃない。でもこれに座ったら心から休んだ気持ちになる。イスがもたらすことのできる最高の休息を与える」
なるほど。
回復や傷が治るなど、ダンジョン的に使えるものではないが、日常生活でこれを超えるものはないということだ。
「疲れていても休めない人のために出てきたんだね」
「またの名を《ヤスメールZ》」
してやったり、と謎の微笑みを浮かべるニーナ。
基準がわからない……。
「急に栄養補助ドリンクみたいになりました……」
「乃々さんも、座る順番にいれておくね」
「ありがとうございます」
『ちゃんと休めるイス、欲しい』
『回復じゃなくて休息なのか』
『名前だけで刺さる』
『最強の休憩イス』
剣でも、魔法具でもない。
でも、真名を聞いたあとのイスは、さっきまでとは違って見えた。
「まずはレンリだね」
「え、俺?」
「……そう。疲れてるでしょ。座った方が良いわ」
意外だ。そんなに疲れて見えるのだろうか? 確かにここ最近色んなことがありすぎて、考える暇がなかったのは事実だけど。
「じゃ、座ってみようかな。何かあったら教えて欲しい」
「……わかったわ」
俺は肘掛けに触れ、ゆっくり腰を下ろした。
座面が体重を受け止める。
背もたれへ体を預けた途端、胸の奥に詰まっていた息が、勝手にこぼれた。
そのまま、しばらく何も言わずにいた。
「連理さん?」
「大丈夫だよ」
「完全に機能停止していたので、ちょっと心配しましたよ!」
「ごめん。返事を急がなくていいと思ってた」
「静止画か配信事故かと思われてしまいます……」
「大丈夫。眠くもないし、体が動かないわけでもない」
肘掛けを握っていた指が開き、肩が背もたれへ沈んでいた。
Ⅳ級への昇格。公式特認クラン。
考えなくちゃいけないことは、何一つ消えていない。
「俺、休んでるつもりで、ずっと次のことを考えてたみたいだ」
なのに今だけは、全部を同時に背負わなくてもいいと思えた。
「何もしていない時間を、無駄だと思わなくなる。たぶん、それが一番近いかな」
「休むことにまで理由を探さなくてよくなるんですね」
「レンリの顔、いつもよりやわらかい」
「……良い表情ね」
「ひー!」
みんなが優しくなったように感じる。
いや、違う。
みんなは元々優しくて、その優しさを百%受け取ってなかっただけだ。
「立ち上がろうと思えば立てる。座らせ続ける力もなさそうだよ」
「よかったです。立てないほど快適だったり、時間泥棒になるわけではないんですね」
『あれ……目からお味噌汁が……』
『↑お前も座った方がいい』
『休むってそういうことか』
『探索者全員に必要だろ』
『Sランクなの納得した』
立ち上がると、さっきより楽に背中を伸ばせた。
疲れが消えたわけではない。けれど、自分が疲れていたことを、ようやく認識できた気がする。
リィンがイスの前へ進んだ。
「……次は、わたしが座るわ」
「怖くない?」
「……レンリが自分で立ち上がれたもの。怖くはないわ」
浴衣を整え、リィンがそっと腰を下ろす。
背もたれに触れた瞬間、肘掛けを握っていた細い指から力が抜けた。
「……あ」
リィンの瞳が、驚いたように揺れた。
「……眠ることと、休むことは、違うのね」
木箱の中で眠っていた少女の言葉に、誰もすぐには返せなかった。
「……目を閉じていても、ずっと何かを待っていた気がするわ。だから、眠っていても力を抜けなかったのね」
「今はもう、箱の外だよ。ここには俺たちがいる。リィン一人で待たなくていい」
リィンは背もたれに身を預け、ゆっくり息を吐いた。
「……それなら、あと少しだけ座っているわ」
そして、遠くを見つめながら呟いた。
「……ここは、箱の中よりあたたかいわ」
『リィンちゃん……』
『眠るのと休むのは違うのか』
『目から塩ラーメンが……』
『まわりも休めそう』
「配信を見ている皆さんも、今は誰も急かしていません」
「……顔も知らない人たちなのに、やさしいのね」
配信は続いている。
けれど、その短い時間だけは、誰もリィンの休息を急かさなかった。
「レンリ。次は、わたしも座ってみたい」
「順番は守るんだね」
「えらい精霊だから」
その時。
階段に、硬い靴音が混じった。
一人ではない。装備の金具が触れ合う音も、こちらへ近づいてくる。
「乃々さん、聞こえた?」
「《フライ》で見てみます。あ……茂みの奥から、探索者が来ますね」
祭壇へ続く階段に、そろいの装備を着た探索者たちが現れた。
胸元には、見覚えのないクランマークがある。
先頭の男は、こちらへ笑みを向けていた。
けれど、後ろの二人は俺たちではなく、イスだけを見ている。
「配信を見て来たんでしょうか」
「それなら、ずいぶん早いね」
リィンがイスから立とうとする。
「急がなくていい。俺が前を見るよ」
「……もう休めたわ。大丈夫よ」
リィンは俺の隣へ来た。
「ニーナ、イスをお願い」
「うん。勝手には触らせない。なぜならニーナがまだだから。ニーナは思い切り座って暴れて強度を試す」
「それはやめて」
俺たちはイスと探索者の間に立った。
『誰か来た』
『Sランクが出た直後だぞ』
『あのクラン章……?』
『このタイミングは怖い』
探索者たちは俺たちの前で足を止めた。
「配信中でしたか。ちょうどいい」
男がイスへ向けて手を差し出す。
「そのSランクアノマリーは、危険性を確認するまで、こちらで一時保全します」




