第59話 基本的には大盛りです
「ここが《星降りの祭祀場》か……。なんというか見た目は神殿だね」
独特な……異世界の神殿といった感じだ。
けれど柱と柱の間には、赤い和風の提灯がいくつか吊られている。
そして、祭壇へ続く道の横に、一軒だけ焼きそば屋台があった。
リィンは提灯を見上げ、ニーナは屋台の足元を見ていた。
「配信、開始しました。こちらはⅢ式ダンジョン《星降りの祭祀場》です。事前資料では、秘匿型フェノメノンあり。条件を満たすまで、本来のルートが隠れているタイプ……だと思います」
《フライ》の映すコメントが高精細ホログラムで流れていく。
『星の神殿って感じ』
『なんか霧が出てて見えない』
『焼きそば屋台だけ見えてるの草』
『秘匿型って、まだ何か隠れてるのか』
「……この灯りは祈りのためのもの?」
リィンの視線は提灯に釘付けだ。
彼女には、屋台よりも先に灯りの意味が気になったらしい。
「提灯に見えるけど……確かに提灯はお盆とかにも関わってくるよね」
「はい。確かに祈りのためといえばそうですね」
乃々さんは画面を見ながらも、辺りを見回している。
配信者としてだけでなく、どこか研究者のような目つきも混ざっていた。
「……あれは?」
リィンが指差す。
「焼きそば屋台、だと思う。見た目は、だけど」
「祭祀場に一軒だけ屋台。しかも、他のものはほとんど見えていません。ここが起点候補と見ていいと思います」
「この屋台、誰かが来るのを待ってる感じがある。宝箱の前に立った時と、少し似てる」
ニーナは色んな角度から顔を傾けて屋台を見ている。
ニーナも初めて見たのだろう。珍しそうだ。
「なら、偶然置かれたものではなさそうだね。近づいて確認しよう」
「ひー」
俺の近くで声を出す火種ちゃん。
みんな興味津々だ。しかし、焼きそば屋台には誰もいない。購入できないのが残念だ。
『宝箱の前に立った時と似てる、気になる』
『屋台だけ見えてるのが手がかり?』
『乃々ちゃん、もう見方が研究者』
『リィンちゃんもすごい見てる』
屋台の看板だけがうっすら光っている。
何となく良い匂いがしてきそうな……そんな雰囲気だ。
「屋台の看板には、焼きそばとだけ書かれています! ただ、文字の下に別の紋様が隠れているように見えますね」
「……食べ物を供えて、返事を待つ場所なのではないかしら?」
「なるほどね。祭壇か」
「私も同じ見方です。ここは祭祀場ですから、屋台をただのお店として扱うより、何かを願う場所として扱った方が反応する可能性があります」
「試すなら、触らない方がいい?」
乃々さんは少し考えて答えた。
「はい。まずは言葉だけで確認したいです。反応が出ても、踏み込まずに止まれる距離でいってみましょう!」
「分かった。反応だけ見る」
「別に魔力の流れは感じない。レンリ、罠じゃない」
「ひー……」
火種ちゃんが肩のそばでぴたりと止まった。
『ちゃんと検証してる』
『突然爆発したら嫌だもんな』
『焼きそば屋台がフェノメノンって』
『最近屋台見てないな……』
俺は屋台の前で足を止めた。確かに悪い気配はない。
ただ、こちらの言葉を待っているような静けさがある……誰もいない屋台の奥に、見えない店主が耳を澄ませているみたいに。
「焼きそばを一つ、お願いします。できれば、大盛りで」
「……今の言葉……届いてるわ」
リィンが言った直後、屋台の看板に書かれた文字が裏返った。
表にあったはずの焼きそばの文字が消え、裏側に書かれていたような星形の紋様だけが浮かぶ。
冷えていた鉄板の下に、赤い火が入った。
何もない鉄板の上に湯気だけが立つ。焼ける音はないのに、祭りの匂いを思い出しそうになる。
「ひー!」
「今の、返事みたい。呼んだら屋台が起きた感じ」
ニーナが宝箱を前にした時のように表情を明るくした。
近づいて興味深そうに見つめている。
「何か反応したのかな?」
「……お願いします。という言葉に反応があったみたいね」
『反応!?』
『焼きそば屋台が返事した』
『大盛りで秘匿解除』
『リィンちゃんの何か見えてる?』
『焼きそばは出てこないんかい!』
屋台から発せられた光が地面に走っていく。
「お、秘匿破られた、ぽい」
ニーナの呟きと同時に一気に点灯する提灯。
祭りが始まったかのように、祭祀場全体が明るく輝いていく。
「遠景に出ていた霧が晴れて、ぼんやりとしていて見えなかった広場の輪郭がはっきりしてきましたよ!」
突然、《星降りの祭祀場》には長い階段と広場が現れた。
柱の根元に刻まれていた紋様が順番に光り、広場の奥に沈んでいた暗がりがかき消えていく。
辺りに魔力のような光が輝き、夏祭りさながらの煌びやかさを放ちはじめた。
そして。
「うわー! たくさんの屋台が現れましたよ!」
おみくじ、わたあめ、射的、水風船すくい、金魚すくい、カラフルなひよこ……。
柱の間に、赤い提灯が増える。
石畳の端には屋台の影が並び、それぞれの屋台の脇には、まだ火の入っていない小さな灯籠が置かれていた。
さっきまで神殿だった広場が、夏祭りの姿に変わっていく。
「おみくじ、わたあめ、射的……隠されていた屋台が出ています。焼きそば屋台は、夏祭りフェノメノンを開くための最初の鍵だったんです!」
「最初からなかったんじゃなくて、見えないようにされていたんだね」
「感覚遮断系ですね。やりました!」
「……一気に明るくなったわ」
その光景を見て、乃々さんは腕を振り上げた。
「これで《星降りの祭祀場》の本来の攻略に入れます! でも、皆さん、ここから先は祭りに見えても全部がフェノメノンです」
「……本来の姿を見せたのね」
「のの、今の顔、宝箱を見つけた時と同じ。すごくうれしそう」
「うれしいです。だって、隠されたダンジョンの秘匿が暴かれたんですよ! 夏祭りバージョンのフェノメノンなんて報告にありませんでしたから、私たちがはじめてかも!」
『秘匿解除きた』
『祭りが出てきた』
『おみくじと射的見えたぞ』
『宝箱じゃないのに当たり演出みたい』
『このダンジョン、面白いな』
「ひー!」
「大盛り、ちゃんと残ってるといいね。レンリ、言ったから」
「……焼きそば、一体どんな食べ物なのかしら」
ダンジョン相手に大盛りを頼む日が来るとは……。
そしてそれが秘匿をやぶることになるとは……。
「では、ここから本番です。《星降りの祭祀場》、夏祭りフェノメノン攻略です!」
『本番きた』
『焼きそばからわたあめまで』
『秘匿解除の流れいいね』
『次の屋台も見たい』
『宝箱までの道がもう楽しい』
乃々さんの声に合わせるように、奥のおみくじ屋台で火が灯った。
わたあめ屋台の白い塊が、風もないのにふくらむ。
射的屋台の棚では、ゴブリン店主がこちらを待っている。
祭りは開いた。
歓迎されているのかは……わからないけど。




