第58話 覚悟と進むべき場所
「ひー!」
火種ちゃんが何かを見つけた。
見ると、ロビーのラウンドテーブルに見知った顔がいた。
「元気?」
俺がそう問うと、彼らは顔を上げる。
青い長髪の女性・御厨冴、眼鏡をかけた痩せ型の男・波多野透、大柄な無骨な男・真壁ソーゴ……企業の回収屋のメンバー。
「元気だ。お前たちも《色彩の檻》を無事クリアしたようだな」
冴は腕を組み、透は端末を操作している。ソーゴはコーヒーを飲んでいた。
「そうだ……言おうとしていたんだが」
冴は言いながら姿勢を正し、こちらを見つめた。
心配なのか、リィンが俺の服を掴む力が強くなった気がした。
「お前たちは注目されすぎている」
冴の声が空気を割いた。
「それは、まあ……木箱のせいで」
「木箱だけじゃないだろう」
「でも、だいたい木箱です」
冴の言葉に乃々さんが応える。
「木箱、主犯」
「ニーナ、否定しにくいのが困るな……」
透がこめかみを押さえ頭を振った。
冴は表情を変えず、リィンに視線を向けた。
「その子がリィンだな」
「……そう、わたしがリィン」
「自分の名前を言えるなら、まずはそれでいい」
ソーゴが言葉を続ける。
「俺たちは忠告に来た。回収に来たわけじゃない」
「回収って言葉は、今は怖く聞こえますね」
「《ハウンド》なら、そう見えても仕方がない」
確かに、今は誰もが気になっているはずだ。企業の回収屋に依頼する可能性もあるが、彼らのことだ。
それは断るだろう。
しかし。
「先に言っておく。リィンのことは、もうお前たちだけの問題じゃない」
透が端末をこちらへ向けた。
画面には、リィンが目を覚ました時の切り抜き動画が幾つも並んでいた。
『木箱から魔王の娘?』
『魔王城から現れた少女』
『管理機構、リィンを把握か』
『ダンジョン異世界由来説再び』
『陰謀説・魔王の現世侵略か』
画面が更新されるたび、再生数が増えていく。
「バズってるレベルじゃない。世界規模の話題だ。魔王城、父上、宝物庫。切り抜く側には、十分すぎる言葉だ」
「でも、まだ何も分かっていませんよ」
「分かっていないから、好き勝手に埋められる。真相よりも、分かりやすい話の方が広がるからな」
リィンが画面から顔を背けた。
「……わたしの知らないところで、わたしは何か危険視されているのね」
「ひー……」
すぐに「違う」とは言えなかった。
まだ目を覚ましたばかりのリィンだが、すでに知らない誰かの言葉で虚飾されている。
「そう見ている人はいると思う。でも、その人たちにリィンのことを決める権利はないよ」
「ニーナには、リィンが悪いものには見えない」
リィンの顔を真正面から見つめて言う精霊の少女。
「……ニーナ」
「あれを書いた人、リィンと話してない。だから、ニーナは信じない」
リィンが袖を掴んだまま、小さくうなずいた。
「少し聞きたい」
冴の声が割って入った。
「日野枝連理、お前はその子を守りたいんだな」
「そうだよ」
続けて、怒涛のように言葉を浴びせてくる冴。
「リィンが実際に危険な力を持っていたら?」
「まず、何ができるのかを調べる。危ない力なら、そのままにはしない。リィンと一緒に、抑える方法を探す。箱から出たことや、覚えていない過去だけでは決めない」
「管理機構が引き渡せと言ったら?」
「理由と根拠を確かめる。正当な理由がないなら、渡さない」
「リィン自身が、お前から離れたいと言ったら?」
「止めない。守ることと、閉じ込めることは違うから」
冴が黙った。
火種ちゃんが不安そうに揺れている。
背後を一人の職員が横切っていく。
その足音が遠ざかるまで、誰も喋らなかった。
「冴さん、連理さんを試していたんですか?」
「必要な確認をしただけだ」と冴。
「回答は三つとも妥当」と透。
「採点されてたんだ」
「不合格なら、冴の忠告はもっと短かった」
ソーゴの言い方で、冴たちが俺たちを排除しようとしているわけではないと分かった。
「言うだけなら、誰でもできる」
それでも、冴の声はまだこちらを値踏みするような色を含んでいる。
「だが、今のお前たちには、その言葉を通す力がない」
青色に輝く長い髪が冴の目にかかり、彼女はそれを指で払った。
「お前たちは話題にはなっているが、記録上はただの新進気鋭の探索者クランだ。リィンの同行も、今は管理機構が認めた暫定措置でしかない」
「正式な根拠を持った誰かや、強力な力を持ったレイダー集団が、リィンちゃんを奪いにきたら……」
乃々さんが言いながら、深く息を吐く。
「今のままでは、拒む方法がないな」
リィンの指が、また袖を掴む。
「だから、引き渡しを止められるだけの立場を作れ」
俺は冴の言葉を飲み込んで、思考して応えた。
「Ⅳ級昇格」
「そう。それが最低ライン。そのためにはあと二つ、Ⅲ式ダンジョンを正式クリアする必要があるな」
今はⅢ級探索者ライセンス。
Ⅳ級にあがるにはⅢ式ダンジョンを合計四つクリアしなくてはならない。
「Ⅳ級に上がったあとは?」
「公式特例任務の候補に入れ」
「公式特例任務?」
今度は、透が別の画面を出した。
《公式特例任務》
画面には、通常の等級やクランの範囲では扱えない異常案件に、管理機構が特例で出す任務だと表示されていた。
「実績を積めば、異常案件を扱えるクランとして認められる。管理機構特認クラン相当になれば、リィンをお前たちの責任で同行させる根拠ができる」
「あと二つ正式クリアしてⅣ級。そのあと特例任務で実績を作って、特認クランまでですか……」
乃々さんが、順番を確かめるように言った。
「Ⅳ級昇格が、ゴールではないんですね」
「まず二つ正式クリアする。先のことは、Ⅳ級に上がってから考えよう」
たしか、Ⅳ級は上級と言っても良いほどのレベルだ。
それに加えて公式特認クラン……。
「特認クラン相当になっても、引き離されない保証まではできない。だが管理機構の特認クランとなれば、それは大きな後ろ盾になるだろう」
「……なら、わたしも行くわ」
後ろへ下がるのではなく、俺の隣に並ぶ。
その目には強い意志が宿っていた。
「……わたしのことを決めるのに、わたしがいないのは嫌だもの」
「分かった。一緒に行こう」
「ニーナも行く。リィンのこと、もっと知りたい」
ニーナがリィンの反対側に並ぶ。
「だが……道のりは簡単じゃない」
透の端末に新しい情報が映し出される。その一番上に、見慣れないクラン名があった。
《オブリージュ》。
「《オブリージュ》。今、特例任務に最も近いと言われているルーキークランだ」
「親は元有名探索者。かなりの訓練を受けた二世探索者で固められている。実績も後ろ盾も、お前たちとは比べものにならない」
「実績に加えて、最初から信用もあるんですね」
「ああ。お前たちが運だけの珍しい配信者なのか、異常案件を任せられる側なのか。これからは、そういう連中と比べられる」
口角を上げて、身を乗り出す冴。
「次に見るのは、お前たちがⅣ級へ届くかどうかだ」
「やるよ。リィンを置いていくつもりもない」
「その答えなら、忘れるな」
ソーゴがわずかに笑い、言葉を残す。そうして言葉少なく《ハウンド》は去っていった。
忙しく過ぎていく人々の中に、俺たちは取り残された。
「乃々さん、Ⅲ式ダンジョン……候補は?」
「もう調べています」
返事が早かった。
乃々さんは自分の端末を取り出し、ラウンドテーブルの上に置いた。
「はっきり言って全部《灰火モール城》と同じくらい大変ですね。さらに難易度的に人気の場所となると、他のクランとの衝突も増えます。それでいうと……ここでしょうか」
「ひー?」
端末に映し出される《星降りの祭祀場》の文字。
「異常現象が多く、クリア者がほとんどいません。ボスもランダムですが、どれも強力です。ただ……他のクランとの遭遇は少ないと思います」
「今はその方が良いかもしれないね」
「……祭祀場。神に祈りを捧げる場所なのね」
「管理機構の記録では、神殿の形をしたダンジョンです」
懐かしそうな目をしてリィンはどこかを見つめた。
「また新しいところ。楽しそう」
「……これに映ってるのを見ると……わたしの記憶にある祭祀とは、違うみたいね」
「たぶん、かなり違うと思う」
「ここをクリアすれば、あと一つです」
昇格に必要な二つの正式クリア。その最初の一つが決まった。
「色んな危険性はあるけど、配信は続けるべきだと思うよ。視聴者さんは強い味方だし、何かあった時の証拠にもなるから」
「良かったです。せっかく宝箱研究部になったんですからね!」
「ニーナも、やる気出てきた」
「……わたしも、頑張るわ」
「ひー!」
Ⅳ級ライセンスを取得して、公式特例任務をクリアする。
全員の思いが一つに重なった。




