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第57話 君の名前(レゾンデートル)は


 ダンジョンの帰還ポイントを出た先……見慣れてしまった管理機構のホーム施設だ。


 危険な場所ではないはずなのに、リィンは俺の袖を握っていた。


「連理くん、乃々ちゃん、ニーナちゃん。こっちだよ。えーっと、リィンちゃんも、よく来られたね」


 千紘さんが、部屋の入口で手を振った。


 声はいつも通り柔らかい。けれど、目だけはリィンをきちんと見ている。


「……ここは、なんというか整ったところね」


「リィンは……見慣れてないかもしれないけど……怖いことはしないから、嫌だったらすぐ言ってね」


「……うん」


  白い壁。机の上に並んだ鑑定端末。並んだイスに座る。


「千紘さん、迎えに来てくれて助かった」


「うん。映像は見たよ。木箱から女の子が出てきたんだよね。管理機構の書類が凄い顔してたよ」


「書類にも表情があるんですね」


「そう。こういう時は、だいたい青ざめてる」


「書類、大変」


 ニーナがポツリと言った。


 千紘さんは机の上から薄い鑑定用の端末を取り、リィンの目線より低い位置で見せた。


「じゃあ、端末を当てるね。リィンちゃん、光が出るけど、痛くないからね」


「……わたしは確認されるのね」


「大丈夫。リィンちゃんが何なのかを勝手に決めるためじゃなくて、勝手に決めないための確認だよ」


「……それなら、いいわ」


 すでに待機していた職員が端末を起動する。


 千紘さんの部下だろうか。緊張した面持ちで操作をはじめる。


「鑑定って……こんな感じなんですね。緊張します」


 乃々さんの言う通り……独特の雰囲気だ。


 画面に文字が出る。


 そして、職員の眉が動いた。


「表示、出ました。……報酬」


「報酬ですか?」


 乃々さんが疑問の表情を浮かべる。


「再読します。精霊」


「精霊じゃない。それはわかる」


 ニーナも反応する。鑑定端末も混乱しているようだ。


「もう一度、読みます。……木箱」


「木箱?」


 思わず呟く。続いて千紘さんも疑問を述べた。


「リィンちゃん本人に当てて、木箱って出てるの?」


「出ています」


「うーん。端末、大丈夫かなあ?」


「今朝、点検済みです」


 端末の表示は、読み取りのたびに切り替わる。


 報酬。精霊。木箱。


「報酬、精霊、木箱。読み取りのたびに表示が切り替わっています」


「報酬品ではない、魔物でもない、木箱でもない、精霊でもない……」


 千紘さんと部下の職員は、二人で端末を見て悩んでいる。


 俺は思わず待ちきれずに問いかけた。


「分類あるのかな?」


「今、作っています」


「項目名は何になる?」


「未分類異常報酬対象、という仮名なら処理できます」


 報酬……それは良くないな。そう思っていると、千紘さんが応えた。


「その言い方だと、リィンちゃんが物みたいに聞こえるかな」


「しかし、出現経路は正式クリア報酬枠です」


「経路はそうかもね。でも本人は確実に人間だよね」


 千紘さんの声は柔らかいままだった。


 リィンは自分の手を見下ろした。


「……わたしは……」


 報酬でも、箱でもない。そう言われても、まだ自分で確かめているようだった。


「すみません。端末表示が安定しません。所有権欄、保管責任欄、同行可否欄のどこにも入りません」


「所有権って言葉は使わないでほしい。リィンは物じゃない」


「うん、連理くんの言う通り。リィンちゃんは誰かの所有物じゃない」


「では、管理機構預かりとして一時収容を」


 その言葉に、リィンの指がまた俺の袖へ戻った。


「待って。預かりって、リィンはどうなるの?」


 職員はまだ若い。はじめての事態に直面すれば、規定のルールや規律に従うのがセオリーだ。


「規定では、未分類対象は確認室または専用保管区画に」


 その対応は正しい。正しいのだが。


「専用保管区画。ちょっと納得がいかないな」


「……わたしは、もう……暗くて狭い場所は、いや」


 リィンはさらに表情を曇らせる。


 木箱の中で目を覚ました時よりも、今の方が不安そうだった。


「ニーナも大丈夫だった。未分類でも気にしないで」


「リィンさんは……生きて動いてますよ」


「……わたしはこうしてここにいる」


 みんなが思いを呟いた。一瞬の静寂。


 冷えた空調がさらに強くなったような……そんな気がした。


 俺も意を決して声に出す。


「リィンを物として登録しないでほしい」


「しかし……」


「端末が報酬って出しても、木箱って出しても、この子には名前がある」


 リィンもまた同じ思いのようだ。俺は彼女を見る。


 幼い雰囲気もあるが、彼女の底から……あふれ出る何か信念のようなものを感じる。


「……リィン」


 それは金属がぶつかったような……金打音ともいえる声音だった。


「職員さん、仮登録なら名前を先に登録できる?」


「ぶ、分類欄より先に、個体名欄を使う形なら可能ですね……」


 職員が入力欄を切り替える。


 画面の一番上に、分類ではなく名前の欄が表示された。


「仮登録名、リィン。分類、判断保留。出現経路、正式クリア報酬枠。現状、同行扱い未確定」


「同行扱い未確定って、結局一緒にいていいの?」


「制度上は、かなり弱いです。正式な後ろ盾にはなりません」


 つまり、正式に同行者扱いにはならない……ということだ。


 リィンは物ではないが、ダンジョン内で誘拐されても、管理機構の助けは期待できない。


「とりあえず……暫定で連理くんたちと一緒にいてもらおう。管理機構は継続確認。リィンちゃんが怖がることはしない。ここは私が記録に残すね」


「千紘さん、いいの?」


「よくはないよ。このあと色んな人に説明しなきゃいけない。でも、リィンちゃんを箱に戻すよりはずっといいよね」


「……わたしはレンリたちといていいの?」


「いいよ。安心して」


 とは言ったが、安心できる状況とは言えない。


 リィンがドレスの胸元を握った。


 さっきまで不安そうだった紫の瞳が、少しだけ落ち着いている……そんな気がした。


「……わたしの存在理由は、わたしが決めたい」


 職員が深くうなずく。


「仮登録名、リィン。分類、保留。同行、暫定。継続審査……確かにそうですよね。箱から出てきたからって、ものとして扱うべきではないと思います」


「ありがとう」


「千紘さんが彼らを応援する理由……わかった気がします。彼らなら何かを変えられる」


「そうでしょ。わかってくれて嬉しいよ」


 リィンは、登録画面に表示された自分の名前をじっと見ていた。


「……わたしの名前……これをリィンと読むのね」


 確認室の空気が、少しだけ緩む。


 それでも、解決したわけじゃない。分類は保留。同行は暫定。継続審査。


 リィンの立場はこの世界では弱い。


 彼女を守るために何ができるか……。


 白い壁に囲まれながら、俺は深く息を吐いた。


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