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第56話 新しい朝が来た(木箱から)


 目の前には謎の木箱。


 そのフタはもう開いている。


 中には黒ベースに紫の装飾のドレスをまとった金髪の少女が眠っていた。


 長い髪を二つに縛っており、それらがドレスによく映えていた。


「皆さん、見えているでしょうか。木箱の……木箱の中には、女の子がいます!」


「言葉にすると、すごく変だね」


「変なの……変箱」


「箱の等級が増えちゃったね」


『変箱w』

『いや笑えない』

『銅箱どこいった』

『木箱になった報酬って何?』

『中身が女の子ってどういうこと?』


 笑っていいのか、驚けばいいのか。


 コメント欄も判断に迷っている。


 その時、少女の指がぴくりと動いた。


「起きる」


 少女のまぶたがゆっくり開いた。


 透き通るような紫の瞳。


 目を覚ましたばかりの子どもみたいに、ぼんやりとこちらを見つめ……呟いた。


「……おはよう」


「おはよう。えーっと新しい朝だね」


「起きたらおはよう。素晴らしい習慣ですね」


「木箱の中は朝……朝箱」


「ニーナも混乱してるね」


 ニーナの気持ちもわかる。


 俺も変なテンションになっている気がする。


『朝箱www』

『第一声が普通すぎる』

『木箱からおはようは草』

『緊張返して』

『でも可愛い』

『いや状況は怖いぞ』


 少女は木箱の縁に手を置き、ゆっくり上体を起こした。


「……ここは、朝ではないの?」


「うん。たぶん……朝ではないと思う……。ここはダンジョンの中だよ」


「……だん、じょん……?」


「聞き覚えはない?」


「……分からないわ。でも、暗い場所は知っている気がする」


「暗い場所?」


「……静かで、冷たくて、鍵の音がする場所」


 乃々さんが言葉を選ぶように息を整えた。


「えーっと、まず……なんて呼べば良いんでしょう?」


「……リィン」


「リィン……それが君の名前、かな」


 少女は少し考え込んだ。


 自分の名前を、遠い場所から探すみたいに、木箱の内側を見つめる。


「……リィン。わたしは、リィン」


「リィン。俺は連理。こっちは乃々さん。あっちはニーナ」


「……レンリ。のの。ニーナ」


「うん。いきなり覚えるの、すごいね」


 リィンは自分でも不思議そうに、胸元のリボンを握った。


「……名前……わたし、大切な何かを忘れている気がするわ」


 言いながら、遠くを見つめるように目を一点へ向ける。


「……思い出せない。記憶……という意味はわかるのに、その記憶がないの」


「無理に思い出さなくていい。でも、覚えている言葉はあるみたいだね」


「……ことば」


 リィンは口に手を当てた。そうした後で、自分でそうした理由がわからないように驚く。


 そしてポツリポツリと言葉を続けた。


「……封印。巫女……世界……」


「封印……?」乃々さんが呟く。


「……宝物庫」


「うん」


 俺の頷きを見て、リィンは少し考える。


 やや間を置いて、深く息を吸って応えた。


「……魔王城」


 乃々さんの手が端末の上で止まった。


 ニーナもリィンをじっと見ている。


「今……魔王城、というワードが出ました」


『魔王城!?』

『今なんて?』

『ただの迷子じゃない』

『木箱から出た少女なのに?』

『管理機構に連絡では?』


「連理さん、これ、配信してても良いんですかね」


「わからない……でも木箱から出した時点で……戻れないような、そんな気がする」


「出た言葉は戻らない」


「そういうことだね。覆水盆に返らず、だ」


 俺の言葉にニーナは「???」を浮かべていた。後で説明してあげよう。


「……魔王城……ここは魔王城ではない、のね」


「そうだね。俺たちは何だっけ……ダンジョン管理機構第三管理特区から来たけど……」


「……かんりとっく」


「聞き覚えは?」


「……ないわ」


 魔王城……俺は自分の記憶に引っかかるものがあった。


「魔王城には……誰かいた?」


 リィンの紫の瞳が揺れた。


「……父上」


 乃々さんが息を呑む。


「父上……?」


「……父上……姿形は思い出せないけど……」


 リィンの指が、木箱の縁を強く握る。


 細い指先に力が入り、古い木がかすかに鳴った。


「……わたし、何故ここにいるのかしら。島流し、なの?」


「まだ何も分からないね……」


「……おはよう、も間違っていたのね……」


「いや、それは違うかな」


「おはよう、合ってる。ニーナも言う」


「……それなら良かったわ」


 ぎこちなく笑顔を見せるリィン。何もかもが不安なように見える。それはそうだろう。


 察したのか、配信コメントもふざけてはいない。


『朝の挨拶を確認するリィンちゃん』

『木箱からおはようは間違ってないよ』

『でも父上って誰だ?』

『笑っていいのか怖がればいいのか分からん』

『管理機構の特殊部隊が来てもおかしくない』


 乃々さんは笑おうとして、うまく笑えなかった。


「連理さん……リィンさんは……どう扱えばいいんでしょう。報酬ではないですよね」


「うん。少なくとも、物ととらえるのは間違ってるね」


「管理機構に連絡する必要、ありますよね」


「あると思う。でも、その前に確認したい。リィンが怖がってないかどうか」


「……どういうことか、わからないわ」


 リィンが、俺を見つめる。


「……わたしは、もう一度、箱に戻るの?」


「戻さない。少なくとも、今すぐには」


「……本当?」


「本当。寒くない? 痛いところは?」


「……寒くはないわ。痛くもない。でも……」


「でも?」


 リィンは木箱の外を見回した。


 ダンジョンの床、白い壁、浮かぶ《フライ》、そして俺たち。


「……父上の宝物庫と言う場所には戻れなさそうね」


 一気に流れていく……《フライ》が映すコメント。


『父上の宝物庫』

『ん……?』

『いやいやいや』

『リィンちゃん何者?』

『戻りたい場所なのかな』


「リィン。嫌なら言わなくていい。君の父上って、誰?」


 リィンは小さく首を傾けた。


「……思い出せない……でも」


 それから、もっと小さな声で続けた。


「……でも、みんなは父上を魔王と呼んでいた気がする」


 誰も、すぐには声を出せなかった。


 木箱の中から来た朝は、ただの目覚めでは終わらなかった。


 リィンの言葉は深く……俺の心の内に響いた。



第二部、はじめました! 冷やし中華もはじまってると思います!


冷やし中華並によろしくお願いします!

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