第52話 王の最後
火弾……《竜炎》が、灰の王の双剣へ直撃した。
赤い光が弾け、玉座の間が一瞬、静かになる。
「み、皆さん、見てますか? 火種ちゃんが……いや、火竜ちゃんが……!」
『火吹いたーーー!!』
『ファイアボール出た』
『戻った』
『赤すぎて何も見えなかった』
『竜炎やばい』
『火種ちゃん!?』
《竜炎》を放った後、火種ちゃんはだんだんと小さくなり、竜から元の小さな火に戻った。
「ひー!」
「火種、小さいけど、消えてない」
火種ちゃんは心なしか小さくなった気がする。
しかし、俺の足元で消えずに揺れている。
それだけで、何かドキドキした感情が落ち着いた。
「よかった。今の、かなり無茶だったよね」
「ひー?」
「怒ってないよ。助かったって話」
「コメント欄、火種ちゃんの名前で埋まってます。……みんなちゃんと見てましたよ! 今の一発、すごかったです!」
「ひー!」
「火種、少し得意そう」
「良かったよ。でも今は休んでて。もう一回同じのは、さすがに頼まない」
煙が薄れていく。
巨人の王は、まだ立っていた。
秘匿箱の前。
位置を譲らず、仁王立ちのまま……どこか力なく。
鎧は焼けて割れており、冠はボロボロに欠け、交差していた双剣も崩壊し、左右へ大きく開いている。
『まだ立ってる、すげえ』
『でもボロボロだ』
『双剣開いてる』
『信念で立ってるみたいな……』
「王、倒れていません。でも……さっきまでの構えではありませんね……」
「王様、倒れない。まだ、箱の前だから」
守るために立っている。
信念。
確かにその通りだ。
屍者として、意識があるかはわからないが……。
「生前だったらもっと強かったんだろうね」
「うん。すごい」
屍王の右腕が動く。
外へ弾かれた剣を、中央へ戻そうとしている。左の剣も続く。
だが、焼けた腕が遅い。砕けた肩が、剣の重さに負けている。
「双剣が戻ります。戻るんですけど……遅い。火弾で腕ごと弾かれています」
「屍者だから、たぶん、耐久力が高すぎるんだ。さっきので倒れないなんて」
『やっぱり今しかない』
『火弾で開いた隙か』
『近すぎるだろ』
『でも行くしかない』
「ひー!」
「うん。分かってる。火種ちゃんが開いてくれた……道だ」
火種ちゃんが、俺の足元を照らした。
赤く焼けた床。砕けた石。所々火が残っている。
「今しかない。決める……これは意志の戦いだ」
「レンリ、務め」
「そう……最後の務めだ」
巨人がボロボロの状態で俺を見る。
怒りではない。悲哀でもないだろう。
彼を動かしているのは誇りだ。
ここまで来たら、それに答えなくてはならない。
「最後まで仕事してる……王様、まじめ」
「今ので少し泣きそうになったの、私だけですか」
『俺も』
『倒したいのに嫌いになれない』
『箱守ってるだけなんだよな』
『でも開けたいんだよ』
「同接、増えてます。たぶん今、誰もまばたきしてません」
「それは、目にはよくないね」
「でも、止められません」
「ニーナも、見てる」
「じゃあ、ちゃんと答えよう」
俺は《燻り火の剣》を握った。
戦いの終わりを告げる剣。
『頼む』
『最後まで見る』
『泣く』
『連理さん行け』
「行ってくる」
「ひー!」
「レンリ、行って、帰る」
「うん。そこまでで一セットだね」
俺は焼けた床を蹴った。
熱が靴底から上がってくる。
……王の、間合いに入った。
「双剣が閉じます……!」
焼けた腕が、最後の力で刃を引き戻す。
近い。
「レンリ、飛んだ」
跳躍しながら、《燻り火の剣》を振りかぶる。
力を入れて縦に一閃。
刃が仁王立ちの屍王の胸を斬断する。
灰色の鎧が割れ、斬撃が体を裂き白い光があふれた。
「入りました……!」
「終わってく。王様、やっと終われる」
『斬った!』
『連理さん決めた!』
『火種ちゃんから剣の流れ最高』
『最後まで誇りを貫いた』
灰の王は、膝をつかなかった。
双剣を下ろし、欠けた灰冠の下でこちらに顔を向けている。
「王様、怒ってないよ、レンリ」
「そんな顔に見えるね」
眼球のない眼窩に残っていた光。
それが静かに薄れていく。
「ドルーワ・スィデ・ブオ・ズウロ・ザ・ジンチェ・ンカ・フ」
身体が、足元から光になってほどけていく。
鎧が消える。双剣が消える。冠が消えていく。だが……。
「ンワ・ザ・ビ・トイマ・ユ」
最後に、王の言葉だけが残った。
「お疲れさま」
「灰の王、撃破……です」
乃々さんの声は、さっきまでの実況より少しだけ小さかった。
『倒した……』
『灰王戦やばかった』
『火種ちゃんが熱すぎた』
『最後まで箱の前に立ってたの良すぎる』
「最後……王はなんて言ってたんですか?」
「いや……よくわからないな」
日常で使わない言葉が混ざっていた。
変える? とか言ってた気がするが……。
「鍵……出ました!」
「秘匿箱の鍵。あの箱、起きる」
王が消えた後に現れた鍵は俺の身体に吸い込まれて消えた。
「これで、あの箱が開くんだね」
『秘匿箱、ついに開くぞ』
『ボス撃破報酬』
『宝箱ガチャの時間だあああ』
『次、絶対やばいやつ』
《秘匿箱》が光を漏らした……気がした。




