第5話 《歩く火種》またの名を……今なんて?
小さな火種は、俺の手元でふわふわと揺れていた。
「ひー!」
火種が、小さく声を出した。
火が息をするような、短い声だった。
「……今、声を出しました?」
乃々さんが目を丸くする。
「たぶん」
「木箱から出た火が、返事をしました……」
『ひー!』
『喋った!?』
『なにこれ声かわいい』
『待て、木箱からアノマリー出ただけでもおかしいんだぞ』
『しかも反応する火!?』
『低級木箱、今日も木箱をやめた』
乃々さんは、両手で頬を押さえた。
「連理さん……これは、かなり珍しいとかではないです」
「そうなんですか?」
「普通はありえません! 低級ダンジョンの木箱からアノマリーが出る時点で、宝箱記録を疑うレベルです!」
「記録を疑うレベル」
「はい! 昨日のニーナちゃんが大事件すぎただけで、これも単独で普通に騒ぎになります!」
『感覚バグってた』
『これ単体でも記事になるやつ』
『木箱からアノマリーは前提崩壊』
『二日連続で木箱の定義が死んだ』
『乃々ちゃんの普通がまた壊れてる』
火が、不思議そうに揺れる。
「悪い意味ではないから、大丈夫だよ」
俺がそう言うと、火種は少し明るくなった。
ニーナは、火種をじっと見ていた。
「ニーナ、アノマリーのことわかるよ」
え?
「ニーナ、これが何かわかるってこと?」
「分かる」
ニーナは短く答えた。
それから、火の前へ小さな手をかざす。
空気の中に、透明な結晶みたいな光が浮かんだ。
「《宝具解放》」
その言葉が落ちた瞬間、火種の周囲に細い光の輪が広がる。
「かっこいい……!」
乃々さんが息を呑んだ。
「今の……ニーナちゃんの能力ですか?」
「宝箱から出たものの性質を見てくれているんだと思います」
「さらっとすごいことを言いましたね……!」
ニーナは、火種を見つめたまま言った。
「これは、《歩く火種》」
小さな火が、ぽっと揺れた。
「小さな火。浮く。簡単な言葉で、少し動く」
「照明や合図に使えそうだね」
「うん」
ニーナはうなずいた。
そして、少しだけ胸を張る。
「またの名を、《ぽわぽわする火》」
「ぽわぽわ……!」
乃々さんが、両手で口元を押さえた。
「せっかくかっこいい感じだったのに……!」
「でも、ニーナがどう見ているかは分かるから、これはこれで助かるよ。正式名は《歩く火種》。ニーナ式の説明名は《ぽわぽわする火》って感じかな」
「レンリは、理解が早い」
「褒められた。たぶん、今ので受け取り方は合ってるんだよね」
火種が、ぽっと明るくなった。
『ぽわぽわする火w』
『真名との差よ』
『命名センスが高位報酬じゃない』
『でも一発で分かる』
『火種も納得してそう』
「火種……火種ちゃんかな」
ニーナがそう言った。
火種ちゃん……確かにそんな感じだ。
「火種ちゃんね、いいかも」
「いいですねー。火種ちゃん。アノマリーですけど」
アノマリーはふわふわ揺れている。
明確な言葉を話すわけではない。
でも、こちらの声にはちゃんと反応しているように見えた。
「試してみてもいいかな」
「はい! ぜひ! というか確認しないと、私の常識が立ち直れません!」
「立ち直る方向でいいんですか?」
「無理かもしれません!」
俺は火種ちゃんに向かって、軽く手を出した。
「前へ」
「ひー!」
火種が、すうっと通路の先へ進んだ。
数メートルほど進んだところで、ゆらゆらと止まる。
暗がりが橙色に照らされた。
『動いた!』
『指示で動いたぞ!?』
『これ普通に探索用アノマリーじゃん』
『低級木箱から出ていい性能じゃない』
『もう木箱じゃなくてガチャだろ』
「上へ」
今度は、火種が天井近くまで浮かんだ。
割れた案内板と、シャッターの上部が見えるようになる。
「戻れ」
火種は、ふわふわ揺れながら俺の近くへ戻ってきた。
「戻るのもできるんだね」
「いい子」
ニーナがそう言うと、火種はぽっと強く燃えた。
「褒められると少し明るくなるみたいですね」
乃々さんが言う。
「そう見えるね。火種ちゃん、ありがとう。助かったよ」
火種は、また少しだけ明るくなった。
『褒めたら光った』
『火種ちゃん、素直』
『探索補助が加入した』
『指示を聞く火、便利すぎる』
『木箱から仲間が増えていくの何?』
乃々さんは、火種をじっと見つめていた。
「これ、本当におかしいです。暗所確認、曲がり角の先、隙間の奥。全部できます。しかも壊れない」
「戦うためというより、先に危ないものを見る道具だね」
「はい。初心者向けダンジョンでも、暗がりや死角はあります。そこを安全に確認できるだけで、価値がまったく違います」
「低級木箱から出る性能ではない?」
「出る性能ではありません! 木箱がそんな顔をしてはいけません!」
火種が、少しだけ不安そうに揺れた。
「火種ちゃんは悪くないですよ!」
乃々さんが慌てて言うと、火種は安心したように明るさを戻した。
そのまま、火種が俺の肩の近くへ移動する。
ちょうど横から照らすような位置で止まった。
「なんだか、いい位置に来てくれたね」
火種は小さく揺れる。
ニーナが言った。
「またの名を、《勝手に照らす火》」
「さっきより役割が増えたね」
「照らしてる」
「うん。かなり助かる」
「火種ちゃん、正式加入です!」
乃々さんが勢いよく言う。
「本人の同意が分からないけど……」
火種が、ぽっと明るくなった。
「今のは、いいよって意味かな」
「たぶん、そうです!」
『勝手に照らす火w』
『命名センスがSランクじゃない』
『でも仕事内容は優秀』
『火種ちゃん、探索補助として強い』
『木箱から出た配信スタッフ』
ニーナは、火種を見ながら短く言った。
「レンリ」
「うん?」
「この子、レンリの言葉を聞く」
「そうみたいだね」
「でも、難しい言葉はまだ無理」
「じゃあ、短く分かりやすく言えばいいかな」
「うん。前。上。止まれ。戻れ」
「かなり実用的だ」
派手な武器ではない。
けれど、暗い場所を照らし、先を確認し、合図にも使える。
何より、木箱から出て終わりではなく、その場で使える。
そこが大きい。
「連理さん」
乃々さんが、かなり真剣な声で言った。
「これ、宝箱配信として相当強いです」
「珍しいものが出たから?」
「それもあります。でも、それだけじゃありません。引いたものを、その場で使って、探索が変わっていくんです。次は何が出るのかだけじゃなく、出たものをどう使うのかまで見たくなります」
「ただ開けるだけじゃなくなるんですね」
「はい。連理さんは、開ける方で、使う方です。もう完全に配信の中心です!」
「俺はまだ、開ける方のつもりだったんだけど」
「もう戻れません! 木箱が連理さんを放してくれません!」
『戻れません草』
『引いて使うの強い』
『宝箱で手札が増えるタイプ』
『もっと木箱開けてほしい』
『木箱開封おかわり!』
『次は何が出るんだよ』
ニーナが、火種を呼ぶ。
「火種ちゃん」
火種が、嬉しそうに揺れた。
「火種ちゃんでいいんだ」
「みんな、そう呼んでいる」
「確かに、もうコメント欄では定着してるね」
『火種ちゃん採用』
『本人も反応してる』
『照明係兼マスコット』
『火種ちゃん連れて次行こう』
『木箱もっと開けろ』
乃々さんが、流れていくコメントを見て固まった。
「連理さん……視聴者さんが、次の箱を待っています」
「次の箱、か」
ニーナも、静かに俺を見上げる。
「レンリ。次も、開ける?」
「うん。また開けにいこう」
火種が、ぽっと明るくなった。
『言った!』
『次回確定!』
『待ってる』
『木箱もっと開けろ!』
『宝箱ガチャ配信、始まったな』
昨日まで、木箱は地味な報酬箱だったらしい。
でも今、コメント欄はその木箱を待っている。
「じゃあ、火種ちゃん。次の箱を探す時も、手伝ってくれるかな」
「ひー!」
火種が、明るく揺れた。
それだけで、コメント欄がまた一段速くなる。
木箱を開けるたびに、何かが増えていく。
その期待が、配信画面いっぱいにあふれていた。




