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第6話 目指すはお宝祭り


 管理機構の入場施設は、朝から人が多かった。


 行き先ごとに並んだ転送ゲート。


 壁一面の案内モニター。


 その中に、自分の名前が表示されている。


『日野枝連理 Ⅰ級探索者ライセンス発行準備完了』


「……こうして見ると、ちゃんと探索者になった感じがするね」


 隣のニーナが、画面を見上げた。


「レンリ、正式」


「うん。今日から正式に探索者……って感じだ」


 火種ちゃんが、俺の肩の近くに浮かぶ。


 乃々さんは、端末を握ったまま落ち着かない顔をしていた。


「連理さん、Ⅰ級ライセンスですよ……正式発行です!」


「乃々さんの方が緊張してる気がする」


「します! 初回探索で木箱からニーナちゃんが出て、次に《歩く火種》が出て、そのあと正式ライセンス発行ですよ? 普通の初心者探索者の流れではありません!」


「そこは、たしかに普通じゃなかったかも」


 奥のカウンターから、千紘さんが手を振った。


「連理くん、こっちだよ。みんなもどうぞ」


 相談スペースに入ると、千紘さんは薄いカード型のライセンスを差し出す。


「はい、これが正式なⅠ級探索者ライセンス。おめでとう、連理くん」


「ありがとう。これでⅠ式ダンジョンには入れるんだね」


「うん。ニーナちゃんと火種ちゃんの確認は続いているけど、連理くん本人のライセンスは問題なしだよ」


 千紘さんが、やわらかく笑った。


 それから端末を操作し、壁のモニターへ資料を映す。


「今日はもう一つ。《お宝祭り》の話をしておくね」


 お宝祭り……背徳的な響きだ。これは乃々さんの目の色も……。


「《お宝祭り》……!」


 ギラギラしている。


「宝箱配信者なら、一度は記録したい大型フェノメノンです!」


 大型フェノメノン……。フェノメノンがダンジョンが引き起こす異常現象だから、大規模イベントみたいなものかな?


 思っていると、モニターに記録映像が流れ始めた。


 映っていたのは、巨大なショッピングモールのような場所。


 けれど、普通のモールではない。


 吹き抜けの中央には、灰色の炎を灯した巨大な燭台。エスカレーター跡は石造りの階段へ変わり、閉店した店のシャッターには王家の紋章のようなものが浮かんでいる。


「Ⅲ式ダンジョン《灰火モール城》。大型商業施設と城塞が混ざった構造のダンジョンだよ」


 映像の中で、通路のあちこちに宝箱が出現していた。


 木箱。銅箱。銀箱。


 上階の回廊には、金色の光を帯びた箱まで見える。


「宝箱が……こんなに……」


 乃々さんが息を呑んだ。


 直後、映像の中で怒号が飛んだ。


「銅箱だ! 前を押さえろ!」


「スケルトンが出る! 足元!」


 銅箱の周囲の床が割れた。


 骨の手が突き出し、スケルトンがはい出してくる。


 カラカラ、と乾いた骨の音。


 錆びた剣。ひび割れた盾。骨の兵士。


「箱に近づけさせるな!」


「別パーティが横から来るぞ!」


 ギリギリギリィ!


 剣撃の音が響く。


 銅箱の前で、二つのパーティがぶつかった。


 片方はスケルトンを盾で押し返している。


 もう片方は、箱へ向かう進路を正面からこじ開けようとしていた。


「そこをどけ!!」


「お前らもスケルトンのエジキになりたいのかよ!」


「関係ねーな!」


 探索者同士の剣がぶつかる。


 一方では盾が盾を押し、剣がスケルトンの腕を弾く。


 その隙間を抜けようとした探索者に、別のスケルトンが斬りかかった。


「後ろ!」


 短い銃声が一発。


 弾丸がスケルトンの肩を砕く。


 だが、止まらない。


 スケルトンは割れた肩のまま剣を振り上げ、探索者は転がるように避けた。


 宝箱は目の前にある。


 けれど、誰も開けられない。


 箱の前は、スケルトンと探索者同士が押し合う戦場になっていた。


「……箱があるだけじゃ、開けられないんだね」


「そうだね。あそこでは、箱の前まで行ってからが本番だよ」


 映像が切り替わる。


 二階の回廊。


 銀箱が、崩れた店の前に出現している。


「銀箱確認!」


「前衛、抑えろ! 開封役を通せ!」


 三人組の探索者が走る。


 だが、天井から鎖つきのスケルトンナイトが落ちてきた。


 重い鎧の骨が、銀箱の前に着地する。


 床が割れ、灰色の火花が散った。


「ガァァ……」


 喉のない口から、風が抜けるような音がした。


「盾、前!」


「抜けるな! 斬られる!」


 スケルトンナイトの剣が、探索者の盾に叩きつけられる。


 金属音。


 その後ろから、別パーティが階段側から突っ込んできた。


「銀箱はいただくぜ!」


「ふざけるな!」


 探索者同士が正面からぶつかった。


 盾。剣。肘。肩。


 銀箱の前で、人と魔物の距離が詰まりすぎている。


 その時、階段側の女探索者が黒いコインを握り潰した。


「アノマリーを使うわ」


 床に落ちた影が、ぐにゃりと盛り上がる。


 影は一瞬だけ壁のように立ち上がり、スケルトンナイトの剣を受け止めた。


「今だ、押せ!」


「影盾が抑えてる間に正面を割る!」


 影の壁が剣を受けて震える。


 その隙に、女探索者が銀箱へ踏み込む。


 だが、反対側のパーティの前衛が体ごとぶつかって止めた。


「触らせるか!」


「どいて!」


 二人が銀箱の前で武器を押し付け合う。


 背後……スケルトンナイトの二撃目で、影の壁が裂けた。


 黒い破片が空中へ散り、すぐに消える。


 乃々さんの顔が強張っていた。


「アノマリーを使っても、簡単には開けられないんですね……」


「うん。結局、箱の前に立つ相手をどかさないといけない」


 映像の奥で、かすれた館内放送が流れた。


『本日、王鍵箱フェア開催中……なくなり次第、終了いたします……』


「フェアなんですか!?」


 乃々さんが思わず声を上げた。


「公式名称ではないよ。ダンジョン内のフェノメノン音声。売り場みたいな言い方だけど、あれを聞くと探索者は……焦るよね」


 千紘は落ち着いて返す。


 映像は中央アトリウムへ切り替わった。


「ボスエリアに向かう……鍵……一定時間で消えちゃうの」


 ひときわ大きな箱が現れる。


「《お宝祭り》だけ現れる特別ボス……そこへ向かう鍵の入った箱。それが王鍵箱」


 赤黒い装飾。王冠のような金具。周囲に浮かぶ鍵穴の光。


「王鍵箱……」


 ニーナが小さく言った。


 箱が現れた瞬間、複数のパーティが一斉に動く。


「王鍵箱だ!」


「走れ!」


「上から来るぞ! 気をつけろ!」


 正面から走る者。


 上階から飛び降りる者。


 柱の裏を回り込む者。


 だが、箱の周囲にいたスケルトンたちも動いた。


 盾を持ったスケルトンが列を作り、スケルトンナイトが剣を構える。


 カラカラカラ、と骨のぶつかる音が重なった。


「正面、突破する!」


「横を押さえろ!」


「箱から離れるな!」


 探索者の盾列が、スケルトンの列とぶつかる。


 その横から別パーティが突っ込み、さらに別のパーティが上階から降りてくる。


「殺れ!」


「こっちに寄せるな!」


「スケルトンごと殴れ!」


 宝箱の前に、三つのパーティとスケルトンの群れが集まった。


 剣が盾に当たる。


 スケルトンの腕が砕ける。


 探索者が肩からぶつかり、別の探索者が押し返す。


 王鍵箱に手を伸ばした男の腕を、別パーティの女がつかんだ。


「まだ開けるな!」


「離せ!」


「先にこっちが押さえた!」


 叫び声。


 衝突。


 骨の音。


 すべてが、王鍵箱の前で重なっていた。


 俺は、無意識に息を止めていた。そしてやっとの思いで言葉を吐く。


「思っていたより、ずっと荒いね」


 千紘さんは映像を止めた。


 画面には、王鍵箱へ殺到する探索者たちと、その前に立つスケルトンナイトの姿が残っている。


「宝箱が多すぎると、判断が乱れる。目の前の箱だけを見て、足元も横の人間も見なくなる。そこが一番危ないんだよ」


「なくなり次第終了って言われたら、焦る。焦ったところに、スケルトンと他の探索者がいる。……かなり危ないね」


「うん。そこは忘れないで」


 乃々さんは、憧れと緊張が混ざった顔で画面を見ていた。


「怖いです。でも……見たいです」


 千紘さんは資料を切り替える。


『《灰火モール城》大型フェノメノン参加条件』

『Ⅲ級探索者ライセンス所持』

『指定Ⅱ式ダンジョン正式クリア』

『昇格審査用ゴールド納付:三百万ゴールド』


 乃々さんが止まった。


「……三百万ゴールド」


 ひと呼吸いれて続ける。


「これは、何人分の人生ですか?」


「乃々さんがそう言うなら、相当大きいんだね」


「大きいです! 木箱観測配信者が、ちょっと頑張って届く額ではありません!」


 千紘さんが、苦笑する。


「最初に見ると固まる額だよねぇ。わたしも初めて見た時、お茶を持った手が止まったから」


「千紘さんでも止まるんだ」


「止まるよ。お姉さんだって桁には負けるの」


 乃々さんは、まだ画面を見ていた。


「Ⅲ級……Ⅱ式正式クリア……三百万ゴールド……」


「遠いね」


「遠いです」


「でも、何が必要かは分かった。実績とゴールド。分からないまま悩むよりは、動きやすいと思う」


 乃々さんがこちらを見る。


「連理さんの受け止め方、すごいです……」


「俺も驚いてるよ。ただ、条件が見えているなら分けて考えられる。今の目標は、Ⅱ式ダンジョン」


 ニーナが俺を見上げる。


「レンリは、行きたい?」


「うん。準備してからだけど、行ってみたい」


「ののも?」


「行きたいです」


 乃々さんは、はっきり答えた。


「怖いです。でも、見たいです」


 火種ちゃんが、俺の肩の近くでぽっと明るくなった。


「ひー!」


「火種ちゃんも行く気みたいだね」


 千紘さんは、モニターの《灰火モール城》を見た。


「なら、目標は決まりだね。《お宝祭り》へ行く。そのために、Ⅲ級を目指す」


「うん」


「必要なのは二つ。指定Ⅱ式ダンジョンの正式クリアと、三百万ゴールド」


「まずは、そこだね」


 モニターには、停止した映像がまだ残っていた。


 王鍵箱へ殺到する探索者たち。


 立ちふさがるスケルトンナイト。


 その背後に並ぶ、いくつもの宝箱。


 あそこへ行くには、まだ足りないものが二つある。


 実績と、三百万ゴールドだ。



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