第4話 二回目の木箱も、おかしい
翌日。
俺たちはもう一度、管理機構の入場施設に来ていた。
白いロビーに、行き先ごとに並んだゲート。
昨日と同じ場所のはずなのに、空気はまるで違っている。
乃々さんのフライが、俺たちの周りを静かに浮いていた。
ニーナは俺の隣で、半透明の門を見上げている。
「ここから、また地下街にいく?」
「うん。《終点地下街》へ行く」
「次の箱」
ニーナは小さくうなずいた。
乃々さんは、端末を見ながら深呼吸している。
「乃々さん、大丈夫?」
「大丈夫です。大丈夫ではないです。でも大丈夫です」
「やっぱりそれなんだ」
配信待機画面には、昨日とは比べものにならない数のコメントが流れていた。
『待機』
『本当にやるんだ』
『さすがに次は普通だろ』
『前回は奇跡』
『今日は白演出で現実に戻ろう』
『木箱は白い光を出すもの』
『紫はもう出ない。出たら木箱協会が泣く』
「木箱協会というのは?」
「たぶん存在しません」
「あったら所属しているはずだしね」
乃々さんはフライへ向き直った。
「よーし、では……二回目の宝箱配信、始めます!」
その声と一緒に、俺たちは《終点地下街》の門をくぐった。
◇
ひび割れた床。異世界っぽい石柱。錆びた案内板。シャッターの下りた店の跡。
昨日と同じ景色なのに、今日は妙に見られている感じがする。
フライの横を、コメントが次々と流れていた。
『来た』
『現場だ』
『伝説の木箱跡地』
『今日は普通で頼む』
『いや、ちょっとだけ期待してる』
『普通祈願』
乃々さんは胸に手を当て、真剣な顔で言った。
「今日は、普通の木箱で大丈夫です。普通の木箱を見ましょう。普通の木箱を愛しましょう」
「乃々さんの中で、普通の木箱が守るべき存在になってるね」
「昨日、普通の木箱という概念がかなり揺らいだので」
「乃々さんが記録してきたものがあるから、昨日の出来事がどれだけハズれているのか見えるんだね」
「はい。……でも、残り半分くらいは、またすごいものを見たい気持ちもあります」
ニーナが俺を見上げる。
「レンリも、期待?」
「少ししてる」
「ニーナも」
「そうなんだ」
「次の箱、気になる」
ニーナの言葉は短い。
けれど、自分が箱から出てきたからこそ、次の箱が気になるのかもしれない。
しばらく進むと、通路の右側に、昨日はなかった古い看板が立っていた。
色あせた板に、太い文字が浮かんでいる。
『この先、普通の木箱あります』
乃々さんが止まった。
「普通の木箱を自称する看板、初めて見ました」
「うん。普通って、自分で言うと少し不安になるんだね」
ニーナが看板を見つめる。
「普通?」
「普通、と書いてあるね」
「でも、少し変」
「俺もそう思う」
『絶対普通じゃない』
『普通って書いてあるやつほど普通じゃない』
『ダンジョンが前フリしてる』
『普通です看板、信用できない』
『木箱協会、泣く準備しろ』
乃々さんは、看板とコメント欄を交互に見た。
「皆さん、落ち着いてください。これはまだ看板です。看板だけで宝箱を判断してはいけません」
「昨日、案内板が目玉商品って言ってましたしね」
「それを思い出させないでくださーい!」
そう言いながらも、乃々さんの目は完全に宝箱探索者のものになっていた。
壁際。
倒れた看板の裏。
シャッター下の暗がり。
乃々さんが記録を確認している間に、俺の足は自然とそちらへ向いていた。
理由はうまく言えない。
ただ、あの影の奥に何かある気がした。
「連理さん? そこは昨日も見た場所で、記録上は……」
乃々さんの声が止まる。
シャッターの下、古い広告パネルの陰に、小さな木箱があった。
板は古びていて、金具もくすんでいる。
見た目だけなら、昨日と同じ普通の木箱だった。
「この場所……私、何度も記録していますけど、見たことありません」
「じゃあ、乃々さんの記録が今日、ひとつ増えるんだね」
「いい言い方をされると、混乱しているのに少し嬉しくなります……!」
『見つけた!?』
『また木箱』
『位置がおかしい』
『記録勢の乃々ちゃんが知らない場所』
『連理さん、自然に当たりへ行くの怖い』
乃々さんがフライを箱の前へ移動させる。
ニーナは俺の袖をつまみながら、木箱を見ていた。
「レンリ」
「うん?」
「昨日と、似てる」
「そう見えるね」
「でも、違うかもしれない」
「俺も、そんな気がする」
乃々さんが、ごくりと喉を鳴らした。
「本日の木箱、二つ目です。見た目は通常の木箱。低級素材、低級ポーション、壊れた小物などが主な候補ですよ……! お願いしますよー!」
『普通で頼む』
『白光祈願』
『宝箱王、落ち着いて』
『でも何か出てほしい』
『心が二つある』
「乃々さん」
「はい」
「みんな、かなり正直ですね」
「宝箱の前では、人は正直になります」
「それも礼儀ですか?」
「たぶん、礼儀です」
俺は木箱の前にしゃがんだ。
昨日と同じように、留め金へ指をかける。
紫が出るのか。
普通で終わるのか。
俺には分からない。
ただ、分からないからこそ、面白いのだと思う。
「開けます」
「お願いします……!」
蓋を持ち上げた。
その瞬間、木箱の隙間から紫の光が漏れた。
あっ……。
乃々さんが、息を止めた。
コメント欄も一瞬だけ静かになる。
俺はまだ、その色の意味を詳しく知らない。
けれど、昨日と同じ反応が周りに出ている時点で、普通ではないことだけは分かった。
『紫!?』
『また!?』
『木箱協会、泣いた』
『白光祈願とは』
『普通です看板?』
『おい看板』
『木箱から紫はもう事件なんよ』
「……普通ではありませんでしたー!」
乃々さんが叫んだ。
紫の光の中心から、ぽう、と小さな橙色の灯りが浮かび上がる。
火だった。
指先ほどの、小さな火種。
けれど、ただ燃えているだけではない。
ふわりと浮かび、こちらを見ているように揺れている。
『火?』
『アノマリーっぽくない?』
『待って、木箱からアノマリー?』
『アノマリー排出だけでやばい事件だぞ』
『低級木箱から出るものじゃない』
『昨日がデカすぎて感覚バグってた』
『これ単体でも十分おかしい』
乃々さんが、フライの映像を食い入るように見つめる。
「……小型のアイテム? いえ、道具というより、反応しています。これ、アノマリーですね」
「アノマリー?」
「ダンジョンが作り出したアイテムです! 普通じゃ無いです! 低級ダンジョンの木箱からなら、レアすぎです! 昨日のニーナちゃんが規格外すぎただけで、これも普通に大事件寄りです!」
「じゃあ、普通です看板には、あとで一緒に確認してもらおう」
「看板に責任を取らせるんですか!?」
『看板、嘘つき』
『普通とは』
『宝箱王、またやった』
『紫から火種アノマリー』
『生きてない?』
『火?』
小さな火は、箱の底からゆっくり浮かび上がった。
そして、俺の方へふわりと寄ってくる。
熱さは感じない。
ただ、近くに来ると、手のひらの上がほんのり温かくなった。
ニーナが火を見つめる。
「火。少しだけ、動ける」
火種が、ぽっと揺れた。
返事をしたように見えた。
「レンリ」
「うん」
「この子も、箱から来た」
「そうだね」
「なら、一緒?」
「……そうかもしれない」
火種は、俺の手の近くで、もう一度ふわり浮かんだ。
まるで生きているみたいに。
乃々さんが、震える声で言う。
「普通の木箱は、今日も普通ではありませんでした」
「うん。普通です看板には、かなり厳しい結果になったね」
通路の奥で、例の看板がじじ、と音を立てる。
文字が変わった。
『この先、だいたい普通の木箱ありました』
「弱まりました!」
『看板、日和ったw』
『だいたい普通』
『責任逃れしてる』
『木箱協会、半泣き』
『火ーちゃんかわいい』
その時、ニーナがソデを引いた。
「ニーナ、アノマリーのことわかるよ。見てみようか」
え?




