第48話 剣を振ってるだけなのに
ゆっくりとした動作で、灰の王は立ち上がった。
乾いた屍の身体。ひび割れた鎧。
それなのに、腕も肩も、生きている巨人みたいに筋肉質だ。
「大きい……」
乃々さんの声が、いつもより小さかった。
灰の王のかたわらには……巨大で無骨な曲刀。
刃先が床から離れる。石が削れる音がした。
「あの大きさで振られたら、避けても風圧だけで飛ばされますよ……」
高精細ホログラムのコメントが流れる。
『Ⅲ式ダンジョンとは思えないのだが』
『曲刀でかすぎ』
『これ近づけるのか?』
『殺意マシマシ』
「来る」
ニーナの声に同調するように、王は曲刀を大きく横に振った。
たったそれだけ。
それなのに、巻き起こった風が玉座の間を走った。
「っ……!」
乃々さんが必死に耐える。
「ひーっ!」
吹き飛ばされないようにする種火ちゃん。
俺は腕で顔をかばいながら、灰の王へと視線を動かす。
一歩も動いていない。
今のは攻撃じゃない。
ただ、武器を振っただけだ。
「今の……届いていませんよね?」
「届いてないね。踏み込んでもいない」
「それで、あの風ですか……」
王を見つめるニーナ。
「次は、来る」
そして。
赤黒い魔力が、巨人の身体を覆った。
灰の屍王が、玉座の前で巨大な曲刀を握り……声を上げた。
「オオオォォォ!!」
隙間風のような音と同時に、魔力が一気に爆発した。
「レンリ」
ニーナが俺を見て、言葉を続ける。
「無理は、だめ」
「分かってるよ。……無理は、しない……予定」
「ひー……」
火種ちゃんも心配している雰囲気。
『魔力爆発した』
『さっきの横振りが攻撃じゃないのやばい』
『連理さんどうするつもりだ』
『火種ちゃんも一緒にいる』
灰の王が膝を沈めた。
直後。
巨体が駆けた。
一歩目で、地面が砕ける。
二歩目で、灰が後ろへ吹き飛ぶ。
三歩目には、もう曲刀の間合いに入っていた。
「速い……!」
乃々さんの声は揺れている。
「グオオ!!」
屍の巨人は吼えた。
曲刀が玉座の間を横へ裂く。
「横から! 来ます!」
そのままなら全員の体が横薙ぎになる。
一発目から本気だ。
「そう来るか!」
すぐに動く。
俺は正面から受けなかった。
刃の腹へ《燻り火の剣》を当てる。
散る火花。曲刀の軌道が、頭上にずれていく。
「連理さん!」
腕がしびれる。
肩が抜けそうになる。
曲刀が俺ごと床を削りながら横へ持っていこうとした。
受けた衝撃で足元の石が割れる。
「みんな大丈夫だね」
「無事です。危なかった……!」
巨大な剣の行先……玉座の間の石柱が砕けた。
『今の受けたの!?』
『受けたというか逃がした』
『腕もげるだろ』
『初撃から重すぎる』
「連理さん、腕は大丈夫ですか!?」
「動くよ。けど、もう一回同じ受け方は無理……かな」
指が震えていた。
剣を握り直すだけで、手首に痛みが走る。
巨人の王は体勢を保っている。
その場から一歩も退かず、曲刀をゆっくり引き戻した。
「オオオオ!!!」
曲刀を頭上へ持ち上げる。
赤黒い魔力が刃に集まり、刀身がひと回り大きく見えた。
「上から来ます!」
乃々さんが叫ぶ。
「威力は高いけど、動きは見える!」
そう言うが、俺はまだ腕のしびれが抜けない。
「ニーナ! いける!?」
「うん」
ニーナが片手を広げ、声に出した。
「《結晶盾》……たくさん」
俺たちの目の前に結晶が形成される。
一枚。
二枚。
まだ厚みを増している。
「ニーナちゃん……すごい! 遠慮なく力を使ってますね!」
「でっかい刀、すごい威力だから」
灰の王が曲刀を振り下ろした。
銀色に輝く刃が、結晶盾へ落ちる。
キイィィィィィィン——。
広間に高い音が響いた。
まるで……鉄と鉄がぶつかったような。
「止まった……止まりました……?」
《結晶盾》は剣の動きを止めた。
確かに止まった。
だが……。
「グゥオオオオオ!!!」
声と同時に灰王の腕がさらに沈む。
赤黒い魔力が、刃から噴き上がっていく。
「つよい」
ニーナが呟く。
結晶盾の表面に、亀裂が走った。
その亀裂は一気に広がっていく。
「……っ」
ニーナは手を下げない。
魔力は供給している。
盾も、まだ消えない……が、それでも、巨人の腕力が上回っていた。
曲刀が、結晶盾へ食い込んでいく。
ニーナが作った盾は弱くない。
むしろ、今までで一番強い。
それを、屍王の腕力と魔力が、正面から壊していく。
「ニーナ!」
「まだいける……はず」
結晶盾が、最後にひときわ強く光る。
刃がずれた。
そして、下がっていく。
つまり、王は曲刀を《引いた》のだ。
次の瞬間。
結晶盾が左右に分かれた。
断ち切られた……!
「《結晶盾》が切られました!」
砕け散っていく盾。
相手は押し切るまでは行かなかった。行けなかった。
しかし、まさしく間一髪。ギリギリだ。足先の石床が砕けて、靴に当たった。
『二撃目止めた!』
『ニーナちゃんの盾やばい』
『切ることも出来んのかよ』
『ギリギリすぎる』
『盾が弱いんじゃなくて王が強すぎる』
ニーナの額に汗が浮かんでいる。
精霊でも汗はかくのか……なんて考えてる場合じゃない!
「……壊された」
「あの盾を壊す方がおかしいよ」
俺は、灰の王を見たまま言った。
敵はまた、やはりゆっくりとした動作で曲刀を構えなおしていく。
「ニーナ、助かったよ。あれがなかったら、俺たちは姿形もなかったかも」
ニーナは、少しだけ息を吐く。
「反撃の糸口……探さなきゃ」
「そうだね。……間合いと時間があれば、幾らでも考えられる、けど」
「この王にとっては狭い空間が、キルゾーンといった形になってますね」
「切るゾーン?」とニーナ。
「…………」
「…………」
あながち間違いじゃないのが微妙だ。
「巨大な相手なら、ニーナの魔法が最適だね」
「しかし、外れれば危険ですよ……?」
「動きを止める」
「動きを……《刻の縫い針》だと詠唱が間に合いませんし……」
そうだ。だけど……組み合わせれば……。
「ニーナ、どうにか相手を守らせたい」
「うん。時間、ということ」
屍の王は、また曲刀を持ち上げていた。
俺はしびれた手で、《燻り火の剣》を握り直す……。
「防戦一方……。なら、攻めないと……だからね」




