第47話 玉座と王
中央アトリウムのざわめきは、すぐには戻らない。
笑顔の王様イラストが描かれたポップだけが、場違いなくらい明るく残っていた。
最後の《鍵箱》。
誰も近づかなかった。
探索者たちは距離を取り、箱と俺たちと、さらに奥の巨大な扉を見比べている。
「最後の《鍵箱》です。連理さん、ここまで来ました……!」
乃々さんの声が少し震えていた。
けれど、《フライ》は箱をまっすぐ映している。
「三つ目の鍵、手に入れたらどうなる?」とニーナ。
「どうなるんだろう……」
俺が箱へ向かうと、冴が魔銃を下げたまま言った。
「他の探索者も止まった。距離を取って、門の反応待ちだ」
探索者たちのざわめきが聞こえる。
「誰も近づくな。まずは起動を見ろ」
「分かってる。今の三人から鍵を奪いに行く理由がない」
「よく考えたら特別なフェアが良いことなんて誰もわかんねーしな」
その声に、反論は出なかった。
まだ全員が納得したわけじゃない。
でも、今ここで手を出す危なさは分かっているらしい。
「みなさん、警戒していますね」
「うん。こっちも集中を切らさないようにしないと」
俺は《鍵箱》の前にしゃがみ、フタに手をかけた。
箱の縁に光が走る。
内側で金具が外れ、フタが開いた。
「開きました!」
中に入っていたのは、三本目の《灰火の鍵》。
武具もない。ポーションもない。アノマリーでもない。
でも、今はこれが一番ほしいものだった。
「三本目です……!」
「そろった」
「これで、特別フェアへ行ける」
《フライ》の画面端に、視聴者の文字が次々と重なる。
『鍵三本コンプリートきた!』
『鍵だけなの逆に熱い』
『報酬じゃなくて入場資格か』
『ここからなんだろうな』
三本の《灰火の鍵》が、再度目の前に現れた、同時に震えた。
びり、と指先に力が伝わる感じがする。
鍵の先端が、アトリウムの奥へ向いた。
「鍵が全部、反応しています!」
「門。すごい魔力構造」
中央アトリウムの最奥。
王様フェアの垂れ幕の向こうで、巨大な扉が鳴動した。
「《門》が……震えてます……!」
轟音と共に巨大な扉は開かれた。
目の前に広がるのは……金色の霧。
『ピンポンパンポン。本日の特別フェア対象者が確定いたしました。《王座門》へお越しください』
フェノメノン……館内放送が流れた。
『《灰火の鍵》を三本……お持ちのお客様を特別フロアへご案内いたします』
明るい声だが……。
『対象外のお客様は、金色の霧に触れないでください』
どんどんと口調が強くなっていく。
『強い反発、装備破損、身体損傷の恐れがあります』
普通に警告じゃないか……。
「鍵を奪えば通れる」
「今からか? 《ハウンド》とやり合った相手に?」
「無理だな。霧も起動してる。門前で乱戦になったら、こっちが先に終わる」
「判断は妥当だ。鍵を奪えば通れるとしても、今この場で奪うにはリスクが高すぎる」
「触るな。警告は本物だ」
冴の声で、霧に近づきかけていた探索者が止まった。
扉の装飾に、文字が浮かぶ。
『鍵不足。近づけば重大ペナルティ有り』
「不足、という言い方なんですね……」
「三本そろえて、ようやく足りるんだと思う」
「足りない人は、通れない」
一息ついてから足を進める。
「じゃ……行こうか」
チャットの文字を横目で見ると、やはり警戒に対する言葉が多かった。
『鍵不足って表示されるのか』
『霧に触ったら装備破損は怖い』
『三人だけ招待された感すごい』
『特別フェア対象者って言い方よ』
「ひー?」
足元で、火種ちゃんが不思議そうに揺れた。
金色の霧の近くに寄っても、弾かれない。
「火種ちゃんは通れます! 《歩く火種》は連理さんのアノマリーですからね」
「よかった。一緒に来てくれる?」
「ひー!」
火種ちゃんが元気よく身体を揺らした。
「日野枝連理」
振り返ると、冴が俺を見ていた。
「うん」
「《祭り》の特別フェアは毎回変わる……気をつけなさい」
その言葉に、冴らしくない甘さはない。
でも、突き放す声でもなかった。
「ありがとう。戻ったら、また話そう」
「ああ。チャンネル登録しておく」
「はは、ありがとう」
彼女としては最大の褒め言葉だろう。
「連理さん、金色の霧が濃くなっています!」
「門、通れそう」
金色の霧の奥に何が待っているのだろうか。
そう思いながら霧を抜ける。
「どうなるかな」
ニーナの呟き。
魔力が渦巻いた……。
一瞬で静寂が訪れる。
通り抜けた先……景色が変わった。
「ここは……」
門の先は……先ほどとは全く違う……美しい玉座。
「王の間……と言ったところでしょうか」
玉座の影に、赤黒い箱が置かれている。
「あ……奥に、箱があります……! あれ、普通の宝箱じゃありません! 《宝箱祭り》の……秘匿箱というやつでしょうか」
「秘匿箱! 早く開けよう」
ニーナが嬉しそうに声を上げた。
《フライ》が玉座の奥を映す。
画面のコメントが、一気に増えた。
『秘匿箱きた!?』
『玉座の奥に箱あるのやばい』
『完全にボス部屋じゃん』
『火種ちゃん同行許可なのかわいい』
「配信、続けます。というか映るんですね」
俺たちだけが行く場所を、画面の向こうの誰かも見ている。
玉座は……空だが……。
「行こう」
「はい」
「秘匿箱、見に行く」
一歩進んだ瞬間——。
ズゥン。
凄まじい音ともに目の前が煙で包まれた。
なんだ……!?
目を開ける。
「あ、あれは……?」
巨大な玉座に座っている……巨人。
いや、人ではないのだろう。
生者では……ない。
「グオォォ……」
「屍者……生ける屍です」
巨人の屍者は渇いていて……ミイラとも言えそうだが、その実、肉体は筋肉の塊というふうに見えた。
冠と豪奢な武装は……武装した王、という感じ。
「灰の王……って感じかな」
ゆっくりとした動作で灰の王は立ち上がった。
「大きい……」
そしてかたわらにあった……やはり巨大で無骨な曲刀を手に取る。
「来る」
ニーナの声に同調するように、王は曲刀を大きく横に振った。
巻き起こる風。
そして。
全身を赤黒い魔力がオーラのように覆った。
「オオオォォォ!!!!」
低い唸り声と共に魔力が一気に爆発した。




