第42話 出ました謎のアノマリー
《鍵箱》の前に、他クランの探索者たちが立ちはだかっていた。
「来るかァーー!」
箱までは数歩。
けれど、その数歩の間に三人が入っている。
探索者だけではない。床を走り回るセールラットの群れ。どこから出てきたのか分からない値札インプまでいる。
「ここは通さねェ。鍵はこっちがもらう」
「目の前にあるのに、そう言われても困る」
値札インプが探索者の横を走った。
「キキッ!」
「なんだ、このインプ——うわっ、背中に何か貼られた!」
インプが探索者へ飛びつき、背中へ赤いものを叩きつける。
『特別セール商品』と書いてあったように思えた。
「値下げシールです! 探索者さんの背中に貼りつきました!」
「剥がせ! 早く剥がせ!」
探索者が手を背中へ回すより早く、床のあちこちから赤いネズミが動いた。
「キキキキキキッ!」
セールラットが探索者へ向かって殺到する。
足元から登り、腰、背中、肩へと群がっていく。
一瞬でセールラットの群れに隠れた探索者たちの姿。
「うわっ、来るな! 俺は商品じゃねえ!」
「おい、押すな! 前が見えねえ!」
「足元が全部ネズミだ! 埋まる、埋まる!」
あ、埋もれてる……。
「セールラットが値札に殺到しています! 探索者さんたちが見えなくなりました!」
「埋まった」
「本当に埋まったね……」
「ひー!」
なんかモゴモゴ聞こえる。
生きている……のか?
しかし。
さっきまで人でふさがっていた宝箱の前が……急に空いた。
理由はちょっとアレだけど、好機だ。
「箱の前、空きました!」
「うん。今なら開けられるね」
「むがもがもがー!」
「よし。開けるよ」
《鍵箱》に手をかけた。
箱の表面は冷たい。
「お願いします!」
フタの隙間から、光が漏れていく……。
光の中心で、鍵の形がはっきりしていく。
「《灰火の鍵》! 鍵! 入ってる!」
「二本目です!」
「あと一本」
鍵は手に取ると消えていく。
背後では、まだセールラットが騒いでいた。
あ、探索者がなんとか這い出てきている。何度も背中へ手を伸ばしていた。
「キキキッ!」
「くそっ、あいつらに鍵を取られた! って痛たたたたたた!」
「どけ! まだ近くに箱があるかもしれねえ!」
「ひー」
「火種ちゃん?」
《鍵箱》の先のガレキをのぞきこむ火種ちゃん。
「なんかある! 箱! 箱!」
ニーナが声を上げた。
「ガレキの下に箱がありましたー!」
「こんなところに……開いてないね」
「火種ちゃん、見つけた」
「ひー!」
「うん。えらいね」
俺が近づくと、他クランの探索者たちも反応した。
セールラットを払いのけながら、いや、足をもつれさせながら。
まだ体勢は整っていない。
「おい、待て。今度は銅箱か?」
「止めろ! また何か引かれるぞ!」
「別のクランの方たちも見ています!」
「それなら、先に開けよう」
「開けさせるな!」
「もう遅い……というかもう届かないよ」
俺は銅箱のフタに手をかけた。
輝く紫の光。
「紫ー! 銅箱からSランクですー!」
「は? 銅箱だぞ!?」
「鍵の横で、またSランク引いたのかよ!」
「変なのが入ってる」
顔を突っ込んで叫ぶニーナ。
見ると……。
手袋だ。
黒い革に、赤い鱗のような模様が入っている。
指先は硬く、爪の形に近い。
「は?」
「何が出たんだよ」
「なんだあれ」
周囲のざわめきが静かになっていく。
今までこちらへ迫っていた探索者たちが、手袋を見たまま足を止める。
「既存アノマリーでは……無いと思います。ニーナさん!」
「わかった」
頷いて、手をかざす。
「《宝具解放》」
ニーナの手からあふれた魔力の光が、ガレキを照らしていた。
「真名は……《竜化の手》」
「竜化……?」
「またの名を……ふっ……《なんでもドラゴンハンド》」
「あれ……? 何にもかかってないな」
「そう。何にも思いつかなかった」
「オモチャみたいな名前なのに、なんか危ない気配を感じます……!」
だが、アノマリーを出すと……魔物たちが反応した。
「キ、キキ……」
「チ……」
セールラットが後ろへ下がった。
値札インプも、商品棚の陰へ身を引く。
ついさっきまで誰にでも札を貼ろうとしていたのに、俺たちに近づこうとしない。
「あれ? セールラットと値札インプが下がっています」
「今、魔物たちが分かりやすく下がったね」
「危険を感じた……と思う」
「魔物の方が先に性能を理解してませんか?」
他クランの探索者たちも、手袋から目を離せなくなっていた。
鍵を取られた怒りより、触られたらどうなるのか分からない怖さの方が勝っている顔だ。
「……おい、下がるぞ」
「鍵二本に、Sランクアノマリーまで引いた相手だぞ。無理だろ」
「触られたら何になるんだよ……!」
「まだ試してないから、どうなるかわからないね」
「それが怖いんだよ!」
探索者たちが、じりじりと距離を取った。
『まーた銅箱からSランクw』
『なんでもドラゴンハンドwww』
『魔物が先に逃げた』
『他クランが正しい反応してる』
『鍵よりやばいの出てない?』
「連理さん、あれ! 鍵箱が! 中央アトリウムです!」
視線を奥へ向ける。
催事場広場の先、エスカレーターがある中央アトリウム。
遠くても分かる。
《鍵箱》の光だ。
その光に、区画中の探索者が反応した。
誰かが走り出す音。
鎧が鳴る音。
魔物の声。
続いて、館内放送フェノメノンが響く。
『ご来城の皆様にお得な情報をお伝えしまーす。ただいま連理さまクラン、二つ目の鍵を入手しました』
足を止めているのは俺たちだけ……そんな気がするほど。
諦めたいくつかのクランが座り込んでいるのを別にして。
『皆さまにご連絡です。中央アトリウムに出現しました《鍵箱》は最後のフェア商品になります。《灰火の鍵》を三つ集めたお客さまは……特別なフェアにご招待します』
今まで別々に動いていた視線が、中央へ向く。
『こちらが最後のチャンスになります。皆さまの奮起、誠に楽しみにしております』
「聞いた。最後の《鍵箱》」
その時、《ハウンド》が近づいて来ることに気づいた。
「取ったか。そっちのルートの方が早いとはな」
「班長、連理たちも二本……そして最後の箱」
「次で決まる、ということだな」
「次を取った方が、特別なフェアにいけるってことだね」
ソーゴの言葉と俺の言葉が重なる。
俺は《竜化の手》を見た。
まだ使い方は分からない。
でも、周りの反応だけで分かる。
最後の一本を取る前に、とんでもないものが増えた。
「行こうか。最後の鍵だ」




