第31話 ドラゴンのフライって何?
「レンリ、お散歩いきたい」
朝食のあと、ニーナが窓の外を見る。
外は、夏になる少し前の空気。
日差しは明るい。けれど、まだ真夏ほど重くない。風が入ると、カーテンがゆっくり動く。
普通の道を、普通に人が歩いている。
「いいね。そういえば出会ってから、のんびり過ごすことなんか中々できなかった。行こうか?」
「うん。レンリと行く」
「そっか。じゃあ、今日は少し歩こうかな。乃々さんも呼ぼう。俺たちだけだとよくわからないし」
電話をかけると、返事がすぐに来る。
「すぐに行きまーす」
本当にすぐ来た。
宝箱が絡んでいなくても、時々、乃々さんの行動力に驚かされる時がある。
「《フライ》は今日はお休みです。カメラを向けない日も、大事ですよね」
いつもの配信用ドローンがない。
それでも、乃々さんの荷物は多い気がした。
「今日は、ののも一緒に見る」
「はい。今日は一緒に見ましょう」
「それはいいね」
◇
ダンジョン管理特区。正式名称はダンジョン管理機構第三管理特区とか言ったっけ。
確か、昔?は温泉地だったはずだ。
転生前は全く別のところに住んでいたけど、ここに来たことがある……気がする。
「良い雰囲気ですね〜」
個人商店が並ぶ商店街へ入ると、焼き菓子の匂いと、揚げ物の匂いが混ざって流れてきた。
手書きの値札と擦り切れた看板。派手ではないけれど、確かな歴史を感じる。
「お買い物、したい」
ニーナが小物の棚をじっと見る。
その横で、奥から出てきた若い店員さんの目が丸くなった。
「あの、ニュースで見ました。もしかして……あの小ビンを持ち帰った方ですか?」
「あ……うん。でも、俺たちだけでできたことじゃないよ。研究した人たちや、企業クランや、管理機構……皆がいたから、ね」
「それでも、きっかけを持ち帰ってくださったのはあなたたちです。本当にありがとうございます」
「い、いえ……!」
「ありがとうは、うれしい」
「ニーナ、いいこと言うね」
店員さんは目元を押さえたあと、棚の奥へ急ぐ。
「今日は、もう……これもらってください!」
「いや、悪いよ。大丈夫」
出てきたのは、小さなお菓子の包みだった。
そこまでは分かる。
でも店員さんの勢いは、そこで止まらない。
「もうウチのもの、全部持っていってください!」
大きく出たなぁ〜。
「全部は、かなり全部ですね……!」
「全部、報酬?」
ニーナが棚を見回す。
袋菓子、小物、缶詰、レトルト食品。全部持つには、両手どころか……。
「気持ちはすごくありがたいけど、全部もらったらお店が困ると思う」
「大丈夫です。感謝の方が大きいです」
店員さんは真剣だった。
だから、こちらも流せない。
「ありがとう。でも、俺たちが困っちゃうよ。持ちきれないし、今日は普通に買い物もしたい」
「お買い物、たのしい」
「うん。今日は買おう。お礼は、気持ちだけでも十分うれしいから」
結局、俺たちは普通に商品を選ぶことに。
ニーナは焼き菓子をひとつ、乃々さんは手作りの小さなハンカチを選んだ。
「では、せめてこれだけでも」
会計のあと、店員さんは焼き菓子をもう一つ……そっと袋へ入れてくれた。
「これは、報酬?」
「お礼、かな」
「お礼」
ニーナは包みを両手で持つ。
「報酬は、箱から出る。お礼は、人から来る」
「うん。かなり分かってきてる」
「お礼も、大事にする」
「いい覚え方だと思う」
商店街の風を受けて、店先の風鈴が鳴る。
ニーナはしゃがみ込んで、古ぼけた機械を見つめた。
「レンリ。これ、やりたい」
「ガチャガチャ?」
「ねむねむドラゴン、ですね。ウルトラレアは《冬眠ドラゴン》みたいです」
「寝ている。強そう」
「寝てるのに?」
「寝ていても平気。強い」
分かるような、分からないような評価だった。
「ほしい」
「やってみようか」
硬貨を入れて、ハンドルを回す。
カプセルの落ちる音に、ニーナの目がちょっとだけ鋭くなる。
「……出た」
「カプセルですね」
カプセルを拾ったが、開けるコツがわからず「???」を浮かべるニーナ。
「開かない。レンリ、開けて」
「こういうの、たまに固いんだよね」
「封印?」
「たぶん、封印ならニーナが解除できるし……ただのカプセル」
パカっ。
気持ちの良い音が響いた。
「開いたよ」
「この封印、すぐ解けた」
「指で開いたからね」
中身を見た瞬間、乃々さんが首をかしげる。
「これは……ねむねむドラゴンフライ?」
「……なんか違う」
「違うね」
「ドラゴンフライ、なんですか? トンボにも、ドラゴンにも、あまり見えませんが……」
「丸いフライに、ドラゴンの尻尾だけついてる感じだ」
ドラゴンのフライ……?
ねむねむ要素は……?
「冬眠してない」
「揚がってるね」
「寝ている方がよかった」
ニーナは手の中のフィギュアを見下ろしている。
ウルトラレアではない。
狙っていたものとも違う。
「レンリの幸運、外した」
「たぶん俺の幸運って、欲しいものを選んで当てる感じじゃないんだと思う」
「不便」
「そうかもしれない。少なくとも、欲しい景品を狙って当てる能力ではないんだよね」
「冬眠ドラゴンは、必要じゃなかった?」
「今は、まだ分からないかな」
「じゃあ、これもまだ分からない」
ニーナはフィギュアを持ち直す。
ちょっと抱きしめるみたいに。
「いらないなら、俺が持っておこうか?」
「いる」
「気に入った?」
「まぁ……ね」
「そっか」
「出たものは、置いていかない」
その言葉で、胸の奥に複雑な思いが広がった。
ニーナは自分のことも……重ねているのかもしれない。
「……うん。そうだね」
「変な形でも、出た……だから、大切」
「ニーナちゃん……」
「この子も、箱から来た」
「そうだね」
「なら、置いていかない」
ニーナはそのままフィギュアを胸の前で持っていた。
店の前を離れ、商店街の通りを歩く。
昼すぎの人通りはゆるく、買い物袋を下げた人や、学校帰りらしい子どもが少しずつ増えている。
その中のひとり……幼い女の子が、ニーナの前で足を止めた。
「お人形さんみたい」
「人形じゃない、よ」
「じゃあ、お姫さま?」
「精霊」
「せいれい?」
「うん」
子どもの親が、慌てて頭を下げる。
「す、すみません。うちの子が……」
「大丈夫。声をかけてくれてありがとう」
手を振って笑顔になる女の子。
「じゃあ、またね。せいれいさん」
「またね」
ニーナは小さく手を振る。
でも。
反対の手には、お菓子の包み。
もう片方には、さっきのドラゴンのフライ。
どちらもちゃんと持っている。
「あ、商店街のビジョン。《お宝祭り》の告知ですね」
大型ビジョンに、《灰火モール城》の告知映像が流れている。
商業施設と城砦のようなものが混ざっている……そんな印象。
『謎の期間限定フェノメノン! 《お宝祭り》公式特番! 次の開催、参加クランはどうなる!?』
「気になる?」
「分からない。少し……古い記憶の……何か」
「古い記憶、ですか?」
「うん。よくわからないけど、何か感じる」
「《灰火モール城》……ただのフェノメノン会場って感じではなさそうだね」
「そう。灰の奥に、まだ何かある」
そこでニーナはしばらく黙った。
「ニーナちゃん?」
「今は、言葉にならない」
「そっか。じゃあ、覚えておこう」
映像はすぐに次の告知へ切り替わる。
けれど、ニーナの視線はしばらくビジョンのあった場所に残っていた。
◇
そのあと、俺たちは海の方まで歩いた。
夕方の光が水面に広がり、海沿いの風が少しだけ冷たい。
「夕方の海、綺麗ですね」
「うん。少し歩いてよかったね」
海岸の少し遠くには何かの残骸が沈んでいるのが見える。
さらにその先には沈みゆく太陽。
「綺麗」
「うん」
「お礼もある。変なドラゴンもある」
「変なドラゴン? ちゃんと持っているんですね」
「うれしくなってきた」
「それはよかった」
ニーナが海を見る。
ダンジョンの光とは違う。
宝箱の光とも違う。
夕陽の沈む光。
「レンリの世界は、箱の外も光る」
「そうだね」
「箱の中だけじゃなかった」
宝箱から出てきたニーナが、商店街でお礼をもらい、ガチャガチャの景品を持ち、子どもに手を振っている。
それだけの一日。
ニュースになるような出来事はない。
でも、なんとなく必要な一日だった。
「今日は散歩に来てよかったね」
ニーナは今日一番の笑顔を浮かべた。
「うん。また、普通をする」
「また歩こう」
「レンリと。ののも」
ニーナは息を吸ってから、呟いた。
「普通、楽しみ」
ニーナは、少し満足そうに見える。
出たものは、置いていかない。
たぶんそれは、フィギュアだけの話じゃない。
この世界で見つけたものを、ニーナはひとつずつ持っていく。
お礼も、普通も、夕方の海も。
全部、箱の外にあった。




