第30話 色んなことが広がって……世界規模
住んでる部屋には、これといって特別なものはない。
ベッド。ソファ。机。棚。最低限の家電。
異世界から帰還して、最初に目を覚ました場所でもある。
契約書的には、このマンションはダンジョン管理機構の管理物件らしい。契約者の欄には《女神》と書かれていた気がする。
無茶するなぁ、あの人。
「さて、《お宝祭り》に向けての準備をしましょう!」
意気揚々とした雰囲気だった乃々さんの端末が鳴る。
「……と思ったら千紘さんから連絡です!」
お宝祭り。
宝箱がたくさん出る大型フェノメノン。
そこへ向けて作戦会議をするはずだったのだけれど……。
「連理くん、乃々ちゃん、ニーナちゃん。今すぐニュースを見て」
スピーカーから聞こえてきたのは千紘さんの声。
「ニュース? 何かあったのかな」
「わかりました!」
「なにかな。どきどき」
乃々さんが部屋のモニターへニュース画面を映す。
画面には、見覚えのある企業名と、ダンジョン管理機構の紋章が並んでいた。
「本日、製薬企業エクセレスとダンジョン管理機構は、石化病治療薬の正式完成を共同発表しました」
「完成……したんですね!」
「石化病治療薬って、あの……」
「この間《清廉なる器》を預けてもらった研究の成果が出たんだよ〜」
石化病治療薬、完成。
ニュースの文字が画面の下に大きく出ている。
「長年、最終段階で停滞していた治療薬研究でしたが、ダンジョン素材の有効状態での持ち帰りに成功したことで、大きく前進しました」
「シラツユソウ、連れてきた」
ニーナが、うん、と小さく頷く。
あのビンは、ちゃんと仕事をしたらしい。
「今回使用されたのは、とある探索者が入手したSランクアノマリー、《清廉なる器》です」
「名前は出てないけど、バッチリ配信映像が流れてる!」
画面に映ったのは、《泡沫アクアリウム》の宝箱開封シーンだった。
紫の光。
俺の手。
そして、小さなビン。
「あ、そういえば、昨日色んな会社から動画の使用許可願いの連絡が入ってました。あ、あれ……?」
「ののは寝ながら、端末操作してる時ある」
乃々さんが一瞬固まった。
たぶん記憶にない許可操作がいくつかある。
今度から大事な連絡にはコーヒーが十杯ほど必要かもしれない。
「《シラツユソウ》を有効状態で持ち帰れたことで、治療薬は最後の工程へ進むことができました」
画面の中で、研究責任者が深く頭を下げている。
「このアノマリーを研究へ託してくださった探索者様に、心より感謝申し上げます」
先日、面談室でビンを受け取った人たちだ。
その表情を見た瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
「ここまで言えなくてごめんね〜。管理機構の上の人がね『サプライズじゃ! こういう時はサプライズしないとダメなんじゃ』って言うもんだから」
確かに色んなことをすっ飛ばして、とんだサプライズだと思う。
「すごいサプライズだったよ……でもびっくりしたのは俺たちだけじゃないんじゃないかな」
「そうだね。世界中の人たちがびっくりだよ」
千紘さんの言葉にニーナが反応する。
「とってもすごいこと」
嬉しそうに見える。
いつもより瞬きが少ない。
感動しているのだろうか。
「でも賞賛されるのは俺たちだけじゃないよ。研究していた人たちが、ずっと積み上げていたものだしね」
「もちろん。……でも、最後の一歩を動かしたのは、あのビンだよ」
「ビン、ちゃんと守れた」
ニーナに微笑む。
「そうだね。《シラツユソウ》を、ちゃんと連れて帰れたんだ」
あの小さなビンの中で、必要なものが失われずに残った。
それだけで、止まっていた研究が動いた。
宝箱から出たものが、ここまでつながるとは。
映像が切り替わる。
「こちらの動画も、現在急速に再拡散されています。配信アーカイブは約四百八十万再生ですね」
コメンテーターに話しかけるニュースキャスター。
「注目度が低すぎるぐらいだねぇ。石化病だけじゃなく、ダンジョン由来のものが医療を進歩させたのは初めてのことなんだからさぁ」
いつの間に、そんな再生数に……。
「そんなに再生されてるんだ……!?」
「たくさん見られてる」
「再生数的には他の動画の方が多かったりしますけどね……あはは」
乃々さんの笑い方が少しぎこちない。
俺と同じように、乃々さんも突然のことに追いついていない、という感じだ。
「さっきから管理機構にもメッセージや連絡が殺到だよ」
「どういうこと?」
「患者さんや、ご家族から。読めるものだけ、いくつか送るね」
千紘さんから、メッセージの一部が共有される。
画面に映った文章を、乃々さんが息を止めるように見つめた。
「石化病の父がいます。……ずっと、進行を遅らせることしかできないと言われていました。治療薬ができたというニュースを見て、家族で泣きました。本当にありがとうございます」
それを受けてニーナは静かに言った。
「……よかったね。これで、治る」
その一言で、部屋の空気が少しだけ……優しい雰囲気になった気がした。
次のメッセージが表示された。
「私はもう治らないのだと思っていました。最近は右半身のほとんどが石化しはじめていました。大好きな絵も、もう描けない……そう思っていました。でも、今日からは違います。生きて待っていてよかったです」
「……生きて待っていてよかった、って……」
乃々さんの声が震える。
俺も、うまく言葉が出てこなかった。
「よかった。俺たちの選択は間違いじゃなかった」
「うん。ちゃんと救いになった」
ニーナは、自分の胸に手を当てる。
「みんなで頑張った。頑張ったら頑張ってる人に届いた」
「うん」
「頑張ってる人に届いたから、他の頑張ってる人に届いた」
確かに。頑張り方は違っても何かの連鎖になった……そんな気もする。
「ニーナちゃん……」
「届いて、うれしい」
「……そうだね。三人で届けたんだ」
宝箱を引いたのは俺たちだ。
でも、治療薬を作ったのは研究者さんたちで、待っていたのは患者さんたちだった。
その間に、あのビンがあった。
そう考えると、少し不思議な感覚だった。
『あの保存ビン、マジで治療薬完成まで行ったの!?』
『宝箱で病気ひとつ終わらせたのやばい』
『昨日までお宝祭り楽しみとか言ってたけど規模が違う』
『この配信、箱開けるたびに変わりすぎ』
「アーカイブの感想コメント欄も、すごいことになっています」
「お祭りの前から、たくさん」
「次の宝箱を、そんなにたくさんの人が待ってるんだね」
ありがたいと思う。
そう思うと頑張れる自分もいる。
『木箱から始まったのにな……』
『次の宝箱、もう怖いけど見たい』
『次は何を引くんだ』
「次は何を引くんだ、って……」
「俺たちにも分からないよ」
「分からない……それが宝箱」
分かっていたら、それはもう宝箱じゃない。
開ける前に期待して、開けた後に驚いて、出たものの使い道を考える。
その繰り返しで、ここまで来た。
「宝箱は、開ける。中身は、見る。使い方は、考える」
ニーナの表情はいつもより少しだけ……真面目な顔に見えた。
石化病治療薬完成。
その知らせが流れた日から、俺たちが目指す《お宝祭り》はただの大型フェノメノンじゃなくなった……のかもしれない。
「みんな、見てる」
ニーナの言う通りだった。
次の宝箱を。
俺たちが何を引くのかを。
そして、それをどう使うのかを。




