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第27話 またなんか(よくわからないものが)出たーーーー!


 《深部放水路》には水音だけが残った。


 巨大な円柱の影。


 さっきまで氷槍が降り、尾が打ち、魔法石の光が暴れていた場所。


 そこに、宝箱が現れていた。


「クリア報酬ですよ……! なんでしょうこの宝箱!」


 乃々さんの声に、疲労とは違う震えが混ざっていた。


 ここまで来た。


 あのシーサーペントを越えた。


「うん。開けよう」


 フライに顔を向け、その先の配信画面へと微笑む乃々さん。


「皆さん見えてますか? シーサーペント討伐後! 《泡沫アクアリウム》のクリア報酬です! 箱としては……なんでしょう。特に色があるわけでもない普通?の鉄箱です」


 配信者としての熱が戻った。


「楽しみ」


「ニーナが楽しみって言うと、少し緊張するね」


「いいこと」


「あまり期待しないでおいたほうが……」


 自分で言いながら、もう無理だと思った。


 宝箱の蓋に手をかける。


 金具が外れ、フタが開かれていく……。


 まばゆい光のフェノメノン。


「で、出たー! ですよねー! 紫! Sランクです!」


 紫の光が、水面に反射して広がる。


『紫!』

『Sランクきた!』

『Ⅱ式でSランク!?』

『またやったぞ宝箱王』


 コメントが一気に流れる。


 正式クリア報酬で見る紫の光は、なんだか木箱の時とは違って見えた。


 いや実際。


 ちょっと濃い?


「なんか、はいってる?」


 中には……。


 武器でも、防具でもない。


 箱の中にあったのは、小さなビンだった。


「ちっちゃいビン」


「ちっちゃいビンだね」


 てのひらに収まるほどの大きさ。


 なんというか、うま味調味料のビンに似ている。


「小ビン、ですか……? 見たことないですねこれは」


「見た目は小さいね。でもSランクなら普通じゃないのかも」


 フライが小ビンを大きく映す。


「《宝具解放》」


 小ビンに手をかざすニーナ。


 白い光が、まばゆくその場を包んで……。


「真名は《清廉なる(うつわ)》」


 ニーナが呟く。


「聞いたことのないアノマリーです。清廉って清廉潔白みたいに清くて欲がないことですよね」


「器なのに?」


「なんなのかさっぱりわかりませんね……」


 真名だけでは、効果が見えない。


 清廉という言葉は綺麗なのに、ビンと結びつけると急に分からなくなる。


 ニーナは、そんな俺たちを待っていた……みたいに少し胸を張った。


「またの名を、《ずっとそのままbeen》」


 一本指を立ててやたら得意げだ。


「なんというか、今回はウィットにとんでるね」


 ニーナの鼻が物理的に伸びていくように見える。


 天狗だ! 天狗になっているんだ!


「そうでしょうとも。ずっとそのままとbeenだから」


「なんの説明にもなってない気がする……」


 でも、ずっとそのまま、という部分だけは妙に残った。


「見た目は台所に置けそうなのに、Sランクなんですよね……?」


「そう。すごい。台所にも、研究にも、旅行にも使える」


「旅行にも使えるんだ」


 それって食用ラップでも同じでは?


「希少素材。薬液。抽出物」


 しかし……ニーナの言葉に乃々さんの顔つきが変わった。


「入れた時の性質を、保つ」


「性質を保つ、ですか?」


「腐敗を防ぐ。酸化を防ぐ。乾燥を防ぐ」


 便利な保存ビン。


 そう思いかけたところで、ニーナが続ける。


「魔力も、逃がさない」


「それは、かなりすごいビンだね」


 光となって消えてしまう魔物の素材も……?


 いやしかし、ビンから出せば消えてしまうか?


「例えば食べ物の変化とかも防げるんですか?」


「うん。アツアツならアツアツ。ヒエヒエならヒエヒエ」


「それなら、価値は相当大きいです。フードデリバリー業界が黙っていませんよ!」


「戦闘用じゃないけど、扱いは戦闘用のアノマリーより難しいかもしれないね」


「そうですよ! これはもう世界規模です!」


『保存ビン?』

『戦闘用じゃないのか』

『でもSランクなんだよな』

『こういうアノマリーが一番やばそう』


 視聴者にも、このビンの価値が伝わり始めていた。


 分かりやすい武器ではない。けれど、関わる分野が多すぎる。


「なんというか急に台所から世界規模になったね」


「ワールドワイドビン」


「そういう感じにハマってるの?」


「うん」


 そこでコホンと咳払いをしてニーナは続けた。


「これは、失わせないビン」


「そういうと良い感じだね」


 失わせないビン。


 その言い方で、小ビンの印象が変わった。


 保存する、というより、価値が壊れる前の状態を残す。


 そう考えると、てのひらに収まる大きさが逆に怖い。


「戦闘で直接使うものではないですが、素材の価値を失わせないなら、社会的価値はかなり大きいです」


「どうかな……千紘さんに聞いてみようか」


「そうしましょう! 千紘さんに連絡します。映像と、《宝具解放》の内容を送ります」


 乃々さんが端末を操作する。


 返信は、ほとんど間を置かずに来た。


「千紘さんからです」


「早いね。早すぎるね」


「『新規アノマリーだよ。そのビンは一度、ダンジョン管理機構で確認したいな〜。かなりのものだね〜そのアノマリー。ここから先は配信を切って、帰還後にすぐ相談しよう』とのことです。あ、配信中に言っちゃいました」


 フライは乃々さんを映している……。


「えーっと、じゃあ、ここで締めようか」


「はい!」


『言っちゃったよ』

『管理機構案件か』

『続報待ってる』

『正式クリアおめでとう!』

『ちゃんと帰ってくれ』


「みなさん、《泡沫アクアリウム》正式クリア、成功です! 報酬の詳細は、確認後に改めてお伝えします。ここまで見てくださって、ありがとうございました」


「みんなありがとう。ちゃんと持ち帰るよ」


「またね」


 乃々さんが配信を切った。


 コメント欄が消えると、《深部放水路》の静けさが戻ってきた。気がした。


「切れました」


「ありがとう。さて持ち帰ろうか」


「ビン、大事」


「そうだね。ケースに入れられる?」


「できます。衝撃が直接伝わらないように固定します」


 乃々さんが小ビンを保護ケースに収める。


 ケースの中でも、《清廉なる器》は不思議な色の光を発していた。


「固定できました」


「じゃあ、帰還ポイントへ行こう。報酬を持ち帰るまでがダンジョンだ」


「どこまでもダンジョン」


 柱の奥へ進む。


 戦闘は終わった。宝箱も開けた。


 確かな満足感。


 やがて、深い水面の手前に帰還ポイントが見えた。


「帰還ポイント、起動しています」


「こんなとこになかったし、クリア後に開くタイプなのかな?」


 水でできた円環。その中心だけ、流れが止まっている。


「水の門」


「このダンジョンらしいね」


 揺れている水のワープホール。


「帰ろう」


 足を踏み入れる。


 高い天井も、巨大な円柱も、浅い水たまりも、後ろへ流れていく。


 報酬は小さなビン。


 けれど、たぶん。


 また大きな渦を作る気がする。


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