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Ep.1 ドッペルゲンガー ~ 5

 交通の激しい街道を通り、春雨(はるさめ)李紗(りさ)は地下鉄の出入り口に辿り着いた。普段彼女が利用する駅の2駅先、利用客の比較的多い駅だ。足を止めて、彼女は小さく息を吐いた。

 狭い階段を下り、見慣れない道を進む。冷たく細い風が背筋を撫でる。身体を巡る緊張感は、フラワーいばらを出た時から続いていた。


 盲導鈴が木霊する。案内板に従って、広い無機質な空間に出た。

 …………静かだ。靴音だけが響いている。彼女は、以前見たゲームの実況動画を思い出した。

 ループする地下通路から脱出するゲーム。それと似た不気味さを体感している。しかしあれは地上へ向かうのだから、入り組んだ室内プールを1人で歩くあのゲームの方が、今の状況に合っているのかもしれない。

 どうでもいいかと、言葉が零れた。その声は壁に反射して、大きな独り言に変わる。彼女は、この空間に自分1人しかいないという感覚で笑った。

  

 ひとり。そう、ひとりだけだ。

 改札の前で脚が止まる。盲導鈴が木霊する。

 耳鳴りは針となって、鼓膜を破ろうと静かに、確実に迫る。

 悪寒は触手となって、彼女の脚に、腹に、首元に巻き付く。

 ―――誰もいない。この駅には客も、駅員も、李紗以外の人間は誰1人としていない。


 いや違う。2()()だ。私だけじゃない。

 李紗の背後。冷え切った空気の中に、生暖かい気配を感じ取る。ゆっくりと、はっきりと、何かを呟きながら彼女に近づいていく。

 他の利用客だろう。そう言い聞かせて振り向く。

 その髪型は、赤崎という少女のもの。だが、その顔は全くの別人。

 ニキビ跡で荒れた肌は溶け、落ちてしまいそうなほどに見開かれた両目が、彼女の身体を(なぶ)った。肥えた体型が露わになり、不潔な臭いが鼻腔を侵す。

 彼女はソレが男であると、ドッペルゲンガーであると理解した。


 改札の閉じる音。彼女はそれを飛び越えて、ホームへと逃げだした。

 やはり誰もいない。電子案内板は映らない。武器になりそうな物も見つからない。ひたすら、奥へと走った。

 盲導鈴が木霊する。不規則な足音が続く。ソレは足早に向かってくる。彼女は、ソレが来るのを待つしかなかった。

 不規則な足音が止まる。ソレは目と鼻の先。荒々しい呼吸を肌に感じる。脚から崩れ落ちて、胃から絶望が込み上げる。

 吐いた。絡まり、張り付くモノを嘔吐した。声にならない悲鳴となった。

 ドッペルゲンガーの太い腕が、彼女の首に伸びる。汗ばんだ指が1本ずつ、丁寧に首を包む。ソレは笑った。その顔は興奮に満ちていた。

「おまえになるッ、おまえになるッ、おまえになるッ、おまえになるッ、おまえになるッ‼︎」

 互いの呼吸が激しくぶつかり合い、悦楽と恐怖が籠ったこの場所に―――


「おい」

 悦びも恐れもない、背後からの冷たい声。

 コツン、コツン。響く足音。

 この場を支配するものは、恐怖だけとなり。

 朱黒(あかぐろ)い眼光を放ちながら、超能力者―――()(ばな)(たい)()が迫っていた。


~ ~ ~ ~ ~


 汰紀はホームの最奥を睨む。

 黒い虹彩は捻れ、螺旋を描く。螺旋は瞳孔へ吸い込まれるように回り、その中心に(アカ)い光が浮かぶ。

 視界は黒く染まり、目前に2本の糸が伸びてくる。

 一方は太く、鮮明な朱色の、李紗と繋がる糸。もう一方は細く、濁った朱色の、ドッペルゲンガーと繋がる糸。

 眼光が増す。細い糸のみに意識を向けられ、太い糸は視界から消え去った。糸はそのまま、彼の左の中指に絡みつく。


 握りしめた左手を奥へ引く。

「おまえは、ひばなた――――――」

 因果の糸に繋がれたソレを高速で引き寄せ、その顔面を蹴り飛ばす。ソレは勢いのまま、線路の壁に衝突した。

 汰紀は肩に背負っていた竹刀袋を床に置き、その中身を取り出す。

 黒曜石と同等の光沢を持った、剣状の武装。右手で軽く握ると、内部で何かが流動する感覚がした。

 袋を投げ捨て、再び左手をソレへと向ける。


「は、話と違う! お前の能力は糸を出して引っ張ったり、千切ったりする能力だって、あの人から聞いたのに! ()()()()()()()()! ど、どこにもない……!」

 ソレは血を吐きながら汰紀を睨む。螺旋を描くその瞳は、依然冷酷にソレを見下ろしていた。

「そう、アンタには()えないだけだ。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけだ」

 ―――人と物との間に存在する因果を、物理的な情報として知覚し、干渉する。それが汰紀の、因糸(レッドボンド)と呼ばれる能力。

 因果の糸は、彼だけが知覚し、触れることが出来る。形のない空気中の水蒸気を、水として感じ、触れることと同義である。

 その糸は、未確定な運命。彼はその糸を操作することで、因果・運命そのものを操る。遥かに常軌を逸したその身体機能が、この能力の全容だ。


「ところでアンタ、俺のことを誰かから聞いたって言ったな」

 ドッペルゲンガーを線路から引き上げて、剣で床に叩き落とす。仰向けに倒れたソレは、正常な呼吸を取り戻すのに精一杯だった。

「俺はその人間を探してるんだ。教えてくれるのなら、このまま逃がしてやる」

「ふ……ふざけるなァ! お、お前は、僕を殺すつもりなんだろ‼」

 身体を支える腕と脚部が隆起して、服装がタンクトップへと、その存在が別のものへと変質していく。汰紀は静かにその様子を見つめている。

 

「いや別に? アンタが生きてようが死んでようがどうでもいい。アンタのことは別にどうだっていい」

 ソレが唸る。異常に発達した筋肉が、音を立てて服を破る。

 その筋肉は明らかにヒトのものではない。元となった人間の筋肉すら変質させて、咽せるほどの殺気を纏った巨人は敵を見下ろす。

 汰紀は呆れて首を鳴らす。冷たい朱眼(しゅがん)が巨人を捉えた。

「……まあ、強いて言うなら。あいつに成り代わろうとしたことが、死ぬほど気に食わないってだけだ」

 

 豪速の拳が振り下ろされる。汰紀はその腕に沿って(かわ)し、背後に回り込む。ソレは振り向きざまに拳を叩き込むも、彼は飛び上がって攻撃を回避する。

 怒り狂ったソレは、渾身の力を込めた両腕で地面を叩く。砂埃が舞う中、その頭上で再び拳を構える。

 汰紀は、視界の端に映る朱い光を()た。光はそのまま糸となって、彼の胸元へと辿り着く。

 

 ――― 頭上カラ ――― 敵ノ拳ガ ――― 来ル ―――

 

 糸と共に結ばれた因果を読む。

 瞬間、上からの風圧に剣を構える。砂埃を突き抜けて、因果の通りに豪腕が迫る。

 彼の視界の中央に、拳は無い。

 太さを増し、確定へ近づく、1本の(いん)()

 結果(こうげき)が到達するより(はや)く、朱い糸が断ち切られた。

 

 結果を失った拳の軌道は、剣が振るわれた方向に逸れる。

 体勢を崩したソレは糸で引き寄せられ、何度も剣戟の餌食となる。

 宙へ打ち上げられ、壁へ、床へ、天井へ、その巨体が振り回される。

「喋らないなら―――失せろ」

 床に落ちる寸前、ソレの顔面に、汰紀の剣先が突き刺さった。

 ソレは階段の方向へ吹き飛び、衝突する。そしてそのまま、力なく転がり落ちていった。

 

 ……カラリ、カラリと、塗装が崩れる音。

 ドッペルゲンガーの変質が解け、男の荒れた肌と肥えた身体が露わになった。

「……随分と、惨めだったな」

 汰紀は踵を返し、李紗の(もと)へと向かった。

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