Ep.1 ドッペルゲンガー 〜 4
あの後、汰紀くんの案内で、私たちはフラワーいばらに逃げ込んだ。ドッペルゲンガーは追ってきていなかった。
店先に出ていた店主の井原さんは、私たちを見た途端に驚いた様子で中に入れてくれた。井原さんと汰紀くんの様子を見ると、どうやら彼はここの従業員らしい。……今まで店内で見かけたことなかったけど、裏方の仕事をしていたのだろうか?
お店の奥にあるリビングに案内された。出された紅茶を飲んで、なんとか気持ちを落ち着かせる。奥の冷蔵庫から人数分のプリンを取り出して、井原さんが持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます。急に押しかけた上に、ごちそうになっちゃって、すみません……」
「あら、別にいいのよ~気にしなくても~。……それにしても、2人ともようやく再会できたわね~。良かったね、李紗ちゃん!」
「へ⁉ あ、そ、そうですね! うん、よかったよかった!」
汰紀くんの方を振り向く。……彼は眼を背けたまま黙っていた。
「よいしょっと。汰紀から聞いたけど、ドッペルゲンガーに会ったんだってね」
「っ! そ、そうなんです、けど。こんな話、信じてくれるんですか……?」
「ウン。ま、そのドッペルゲンガーがまさか、今朝話した子だとは思わなかったけどね~」
チョコプリンを口に運びながら、井原さんは呑気に話す。汰紀くんはそっぽを向いたままだ。
「わ、私、何がどうなってるのか、分からなくて……。赤崎さん死んだはずなのに、普通に学校にいたし、なのに、クラスメイトが赤崎さん見ても普通に挨拶してたし、い、一体何がどうなって―――」
暖かい手が、私の肩を優しく叩く。顔を上げると、井原さんが優しい顔でこちらを見つめて、そのまま肩をさすってくれた。
「ゴメン。そうだよね、怖かったよね。普通のことじゃないもんね、うん、李沙ちゃんはよく頑張った!」
身体の緊張が解けて、涙が溢れてきた。内に溜まった恐怖心が、嗚咽となって吐き出されていく。
「で~も~~~? もう大丈夫よ、李紗ちゃん! なぜなら! そんなおっそろしい超能力者を、この日花汰紀くんが~、コテンパンにしてくれるからで~~す!」
カニ歩きで汰紀くんの背後に立ち、その背中をバァンと叩いた。井原さんを見上げる彼の目がコワイ。
「ちょ、超能力者……? 超能力者って、透明人間とかテレポートとか、空飛んだりとか、オカルト的なアレですか⁉」
「……店長」
「あ、ヤバ」
何か言ってはいけないことを言ってしまったのか、井原さんはすぐさま両手で口を塞ぐ。そのまま申し訳なさそうに、汰紀くんを見下ろす。
「ど、どういうことですか⁉ まさか、汰紀くんも……」
彼は呆れたように溜め息を吐いて、右手でおでこを押さえる。鋭い視線で、再び井原さんを睨んだ。
「そういうのは店長の方が詳しいだろ。説明してやれよ」
「あ~……う~ん。でも結構難しい話だし、絶対すぐには信じてくれないだろうし……」
「だ、大丈夫です! 信じます、絶対に信じますから、教えてください!」
「なんでそんな必死になってるんだよ……」
私にも分からない。でも、ただどうしても、知っておきたいと衝動的に思ったからだから。
「分かった、分かったから落ち着きなさいな。う~む、さぁて、どう説明したもんかねぇ……」
井原さんは少し考えこんでから、『超能力』について教えてくれた。
~ ~ ~ ~ ~
「李紗ちゃんはさ、世界に外側があるって言ったら信じる?」
「外側……ですか? それってどういう場所なんですか?」
「正確に言えば世界の一部なんだけど……今はいいか。……私たちはその領域を《神秘》って呼んでる。人間社会の常識や法則が存在しない領域、って言えばいいのかな。まあ大雑把に言えば、ファンタジーの世界みたいな場所だと思ってくれたらいい」
……思っていた100倍くらい壮大な話で驚いた。カスタードプリンを食べながら続きを聞いてみる。
「人間は本来、《神秘》を認識できない。人間社会との間にある壁みたいな、無意識の境界みたいなものが認識を阻害しているの。でもごく稀にね、その境界を超えて、それを認識してしまう人間もいる」
「そうなったら、どうなるんですか……?」
紅茶を一口飲んで、井原さんは汰紀くんの方をチラリと見た。
「認識した人間の、人間としての定義が崩れる。《神秘》はね、本当は認識しちゃいけないの。人間社会に存在出来ない、存在してはならないものだから。その一端にでも触れた途端、人間としての定義は歪んで、本来持ち得ない機能を得ることになる。―――それが、私たちのいう超能力なの」
「どう? 理解できた?」
「理解できないし信じてません」
「いや約束と違うやんけーーーー‼」
「そりゃそうだろ」
そう言うと汰紀くんは、飲み終えた私のカップに新しい紅茶を淹れてくれた。ありがとうと言いたかったけど、上手く言えなかった。
「……要するに、見ちゃいけないモノを見てしまった代償が、超能力ってことですか?」
「まあ、ザックリ言うとそんな感じかな、ウン。それくらいの認識でいいと思うヨ」
私にも入れて~、と井原さんは汰紀くんにおかわりを求める。それをガン無視して、彼は黙って自分の分だけ紅茶を淹れた。当の井原さんは気にしていないようだった。
「ところで、李紗ちゃんたちが遭遇したっていうドッペルゲンガー。割とありきたりな超能力だけど、話を聞く限りじゃ、今回のは結構レアなタイプみたいね~」
「超能力自体がレアな気がするんですけど……どういうことなんですか?」
井原さんの顔から微笑みが消えて、真剣な面持ちに変わる。見かけるたびに笑っているこの人からは想像できない、報道番組とかに出てる研究者みたいな表情。思わず背筋が伸びた。
「単に姿形を真似るだけの変身なら大したことは無い。でも、赤崎さんのドッペルゲンガーがやってるのは変質。表面的なものだけじゃなくて、記憶とか人格といったものまでコピーして、赤崎さんそのものに成り代わっている。
亡くなっていることを既に知っていたクラスの子が、学校で本人と出会っても平然としていたのは、きっとその影響だと思うよ」
この人は、とんでもないことを言っている気がする。アレは赤崎さんの偽物なんじゃなくて、赤崎さんそのものだっていうのか。理解しきれない私はとりあえず、そういうものなのだと自分に納得させるしかなかった。
「というか井原さん、なんでそういうのにやたらと詳しいんですか?」
素朴な疑問だった。花屋さんが普通、超能力だの神秘だの知っているはずない。
「ふっふっふ……実は私、超能力オタクなのよ~。昔とある超能力者に助けられたことがあってね? その人にいろいろ教えてもらって、自分でも調べるようになったのよ〜」
よく分からないけど、まあ、そういうことにしておこう。パンク寸前の頭では、もう何も考えられない。
ふと窓を見ると、外が暗いことに気づいた。ここで休ませてもらってから、そこそこの時間が経っていたようだ。
「……私、そろそろ帰ります。お茶とお菓子、ごちそうさまでした」
「あら、もう帰るのね、りょーかい。ドッペルゲンガーのこともあるし、途中まで送ってってあげようか? 汰紀くんが」
「え⁉︎」
変に声が上擦る。なんか緊張してきた。井原さんのニヤニヤ顔を見るのが恥ずかしくなって、汰紀くんの方を見てしまった。
彼の目は何かを恨むように鋭く、黙って私と反対の方を見つめている。……彼のあの姿を見るのは、これで何度目だろう。
「…………大丈夫です。いつもと違う道で帰るので」
あの仕草は、拒絶の合図だ。今何を言っても、ついて来てはくれないだろう。
別に、いっか。再会したはいいけれど、今の私には、彼と話すための話題が無かったし。そもそも、これ以上会話する元気も残っていなかったし。
「そ、そう? でも危ないから私が―――」
「大丈夫ですから。プリンと紅茶、ごちそうさまでした」
今日は少し遠回りして帰ろう。人の多い場所を通れば、ドッペルゲンガーも簡単に近づいてこないだろうし。
外へ出て、夕方の冷たい風を全身で浴びる。前髪が勝手にかき上げられて、少しイライラしてくる。……今夜は、いつもより冷え込みそうだ。
~ ~ ~ ~ ~
足早に帰っていった李沙ちゃんを見送って、リビングに戻る。汰紀は顔を流し台の方に向けたままずっと黙っている。
「よかったの? 何も話しておかなくて。あの子の紅茶を淹れることは出来るのに、会話を一切しないのは可哀想じゃない?」
小さく舌打ちが聞こえた。
私はテーブルに残されたカップやらお菓子のゴミやらを回収して、流し台へと向かう。
「……あいつは、ドッペルゲンガーの正体を見抜いていた」
カップを水に浸け終わると、彼は静かに話し出した。ふぅん、と軽く返事をしてあげる。
「店長の説明が正しいなら、変質っていう能力は、本人が死んだという事実を塗り潰せる。ドッペルゲンガーに遭遇した人間は、その瞬間に認識を塗り潰されて、偽物だということを疑うことはない」
まあそうね、と振り返って、そのまま続きを促す。
「それでも李沙は、赤崎という人間がドッペルゲンガーだと気づいた。認識を塗り潰されなかったんだ。そしてドッペルゲンガーは、そんな李沙を追いかけている。能力を見破られたことが気に障っているとしたら、次のターゲットは、李沙だ」
「……それじゃあ、どうするの?」
彼はこちらをジッと睨んで立ち上がり、いつもの武器を求めてきた。




