表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

Ep.1 ドッペルゲンガー 〜 3

 フラワーいばらの開店からしばらく経った頃、(たい)()は品出しの作業を終えていた。通勤ラッシュのピークも過ぎて、人通りもまばらになっている。

 手持ち無沙汰になった彼の元に、(あや)()が近づく。

「汰紀くんおつかれ〜。今日はお客さんほぼ来ないだろうし、いつもの()()()()行ってきていいよ。あ、あとどっかで昼ご飯食べてもいいよん」

 半ば強制的に店を追い出される。今戻ると嫌いな接客をやらされることを知っていた彼は、やむなく街中へと繰り出した。

 財布の中身を見ると、100円玉2枚と数枚の1円玉。フラワーいばらの時給の安さを、彼は心底恨んだ。


 彼にとってのリバビリとは、人混みの中でも平常心を保てるようにする訓練だ。なるべく顔を上げずに、藍澤(あいざわ)()内で特に人通りの多い国道沿いの歩道を歩く。

 平日正午近くのこの道は、昼食を食べに来たサラリーマンとOLたちで溢れかえっている。道を囲む飲食店からの香りに、汰紀は腹の虫を鳴らす。

 一呼吸置いてから、流動する人波に向かって歩く。

 視線は斜め上、空が視界の上部分に留まるように。見上げすぎてはいけない。目を開きすぎてもいけない。他者を意識しなくてもいい。ただ、歩くだけだ。


 交差点を2つ過ぎる。両目の下瞼が痙攣するのを感じた。乾いた眼球を閉じて、もう一度開く。

「―――(アカ)い」

 血が染み込んだかのように、視界が染まる。その先、人々の頭上に、数本の朱い()が現れる。

 糸が視界に映った瞬間、鋭い頭痛で立ち(くら)む。

 流れこむ因果の情報。見てはならない光景。網膜に刻まれたソレらは視神経を通って、脳細胞に突き刺さる。

 糸の数が増える。脳細胞からの拒絶。眼球と神経の激しい痛み。強くなる発作。胃液が直ぐそこまで込み上がっていく。


 強い衝動が、彼の右腕を伸ばす。目障りなソレらを引きちぎって、早く楽になりたいという衝動。

 ちぎってしまえば、この苦痛も消え失せる。早くなる呼吸のままに指先が糸に触れて―――瞬間、腕を引っ込めた。

 人波を掻き分け、目前の細道へと逃げ込む。

 壁に寄り掛かって呼吸を整えようとして、少量の胃液が口から溢れ出る。痛みに耐えた反動で、血の混じった涙が零れた。

 

 ―――日花汰紀は、超能力者だ。

 およそ半年前、普通の高校生だった彼は、何者かによって超能力を発現させられた。

 人と物の間に存在する因果の概念を、糸の形で知覚し、干渉することができる能力。《因糸(レッドボンド)》と名付けられたその能力を制御できるようにすることが、このリハビリの目的だった。

 糸に干渉してしまえば、このリハビリの意義が無くなる。その事実が彼の衝動を抑え込んでいた。

「混んでる場所じゃ、まだピント合わせられないか……クソッ」

 呼吸を整え立ち上がると、入ってきた場所と逆方向に歩き出した。


~ ~ ~ ~ ~


 国道隣のビル街は(ひと)()が無く、先ほどまで歩いていた歩道の喧騒が僅かに聞こえてくる。激しい頭痛と吐き気に耐えながら、汰紀はひとり歩いていた。

 視界は朱いまま。糸の数は減ったが、ソレらを視界に入れるだけで彼にとっては苦痛だった。

 顔を俯けて、外界からの情報を出来る限り遮断して、彼はフラワーいばらへと歩く。

 

 彼の背後、100メートルほど後ろにて、1人の少女が息を切らして座り込んでいた。

 学校から逃げ出した春雨(はるさめ)李紗(りさ)だった。家に帰るという考えは無く、彼女はただこの街を彷徨っていた。

「なんで私……こんなに走ってるんだろう……」

 呼吸を整えて立ち上がると、向こうに見知った背中を見つける。李紗は思わず、息を飲んだ。

 数カ月前に姿を消したクラスメイトが、目の前に立っている。棒同然の脚に力が戻っていく。再び走り出して、彼の腕を強く掴む。その人物の動きが止まり、ゆっくりとこちらに振り向く。

「………………汰紀くん……?」

 振り向いて、お互い目が合った。

 

「………………李紗……⁉︎」

 澄んだ茶眼が彼を見つめる。動揺で集中が解け、視界が揺れた。

「え、だ、大丈夫……⁉︎ 具合悪いの⁉︎」

「……別に」

 顔を背ける。彼はその場を離れようとすると、視界の隅に違和感を覚える。

「あ……なんで」

 李紗の声に顔を上げると、違和感を感じた方向に、彼女と同じ制服を着た少女が立っていた。

「赤崎さん……」

「―――アイツは」

 超能力者(どうるい)だと気づいた瞬間、彼の片腕が視線と反対方向に引っ張られる。酷く青ざめた顔をした李紗だった。

「は、早く逃げよう! あの子は……あの人は、ドッペルゲンガーなの‼︎」

 動かずに見つめ続ける少女を背に、2人はさらに小道へと走り出した。


~ ~ ~ ~ ~

 

「ありゃりゃ、逃げられちゃったよぉ。何だか気になってたみたいだから、ここまで連れてきてあげたのにさ」

 立ち尽くす少女の背後がグルリと歪み、長髪の男が顔を覗かせる。その顔立ちは若く、一見すると、健常な男だ。

 男は逃げていった2人を見送り、その口を少女の耳元に近づける。

「……それでぇ、どうだった? 改めてあの子を見た感想は」

 耳元から、少女の素肌が溶け出す。ドロリとした涎が、溶けた肌と共に、ニキビ跡を伝う。

「あのこに――――――なり、たい」

「ふーん、おけおけ」

 男の口元が、可笑しく歪んだ。

「さ、帰るよ、()()()()?」

 歪みは少女もろとも巻き込んで、そのまま元の景色へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ