Ep.1 ドッペルゲンガー 〜 2
地下鉄の駅から井原さんのお店を経由して、歩いて数分。私―――春雨李紗は、高校の正門前に到着した。
カメラやガンマイクを持った人たちが、門の前に集まっているのが見える。既にテレビの取材班が準備をしているようだ。
マフラーを口元まで上げて、人混みの中に潜り込む。テレビに映るのはイヤなのだ。
いつも聞こえるはずの賑わいも、今日はまばら。同じ学校の生徒が殺されたのだから、話す気力も無いのだろう。
私はなんとなく、取材班とは逆の方向をチラリと見た。
……本当に、なんとなくだった。
茶髪のロングヘアーに、キリッとした目尻。その右耳につけられた刺々しいピアスが鈍く光る。
「え……?」
そんなはずはないと目を擦る。そこに、彼女はいなかった。
「気の、せい……?」
きっと気のせいだ。
だって、昨日殺されたクラスメイトが、学校にいるわけないんだから。
~ ~ ~ ~ ~
教室の中でも会話は聞こえない。いつも固まっているグループも、集まるだけ集まって何も会話していない。教室まで死んでしまったみたいだ。
教室の左端、1番後ろの席に着く。私もなんだか、落ち着かなくなってきた。教室の時計を何度も見つめて、時間の流れがどんよりと遅くなる。
しばらくすると先生が入ってきた。朝のホームルームの時間だ。
「おはようございます。えぇと、知っている人も多いと思うけれど、このクラスの赤崎ひよりさんが昨日、亡くなりました。…………ごめんね、先生もまだ、心の整理がついてなく、て……」
シンとした空気が息苦しい。嗚咽する声が前から聞こえてくる。
赤崎さん―――私が関わったのは、学校の大きな催しの時くらい。それ以外ではあまりお喋りしたことはなかった。
彼女は、このクラスのまとめ役みたいな立場にいた。誰に対しても平等に接することができて、友達も多かったし。おまけに美人なものだから、男子からも結構モテていたらしい。
そんな彼女に対して、私は苦手意識を持っていた。
嫌がらせを受けたとかじゃないけれど、彼女を観ていて、『陰口を平気で言ってそう』と、そう思ったからだ。
……そして、その考えは間違っていなかった。
下校中、たまたま友人といる赤崎さんを見かけた時、彼女は同じクラスの男子の陰口を言っていた。具体的な内容はあまり覚えていないけれど、割とひどめの暴言を言っていた気がする。
私は、他人を観る目には自信がある。他人への暴言を平気で言える人は嫌いだ。だから関わりたくなかった。
「今回の事件を受けて、学校側で考えた結果……2週間ほど午前授業を行うことになりました。放課後の部活動も禁止です。お家に帰る時にはなるべくみんな固まって下校すること。いいね?」
先生の話が終わって、みんなが移動教室の準備を始める。最初の授業は、1番離れたコンピュータールームで情報の授業。ホームルームが終わってすぐに動かないと、チャイムに間に合わない。
他のみんなはもう行ってしまったみたいだ。ちゃちゃっと支度をして、私もコンピュータールームへ向かう。
4階から下る階段に差し掛かった瞬間―――脚が止まった。
踊り場に、赤崎さんがいる。
傷一つない姿で。死んだはずの彼女が、私をじっと見つめている。
「なんで……?」
後ずさる。いつもと変わらない明るい表情。今にも話しかけてきそうな様子で、こちらに近づいてくる。
どうして? どうしてこっちに来るの? どうしてここにいるの?
混乱する中、赤崎さんがすぐ目の前まで近づいていた。
「春雨さんおはよ! 道に迷っててさ〜、学校着くの遅れちゃった。1限目って移動教室だよね? あたしも準備しなきゃな〜」
自然と、彼女を観つめていた。いつもの癖で、この状況を観察する。
なぜ死んだはずの赤崎さんがここにいるのか。なぜ今頃になって私に話しかけてきたのか。
理解したくて、ただひたすらに彼女を観つめる。
「……あなた、赤崎さんの偽物?」
問いかけても、彼女は不思議そうに見つめ返すだけ。
「赤崎さんは昨夜殺された。ここにいるはずない」
彼女の瞼がピクリと動く。その笑顔を崩さずに。
階段を駆け上がる音。赤崎さんの後ろからクラスメイトが現れた。忘れ物を取りに来たのか、呼吸が荒い。
「あ、佐藤くんおはよ〜」
彼女は当たり前のように挨拶をした。
「お、赤崎じゃん。何やってんだよ、お前早くしないと1限遅れるって!」
そのまま彼は、私の横を走り抜けていった。私だけ、この違和感の中に取り残されたまま。
彼もさっき、教室で事件の話を聞いたはずなのに。なぜ驚きもせずに会話ができたのだろう?
……逃げなきゃ。こんなの絶対におかしい。こんなこと、明らかに異常だ。私の頭はすでに、理解を拒んでいた。
「ところで春雨さんは―――」
彼女が口を開いた瞬間、私は廊下の方向に走り出していた。何が起こっているのか分からない以上、この場所にはもう居たくなかった。
廊下の反対側にある階段を駆け降りて、正面玄関へ。チャイムが鳴った。彼女が追ってきていないことを確認して、靴を履き、外に出る。
出た瞬間、こけてしまった。かかとまで履けていなかったらしい。急いで履き直して、誰もいなくなった正門をくぐり抜けた。
~ ~ ~ ~ ~
「ところで春雨さんは―――」
彼女は廊下へ上がり、春雨李紗が走った方向をじっと見つめていた。
ほどなくして、1限目のチャイムが鳴った。先ほど忘れ物を取りに来た同級生は、彼女を急かしながら教室へ向かっていった。
静かになった廊下に立ち尽くす。表情筋が痙攣して、ゆっくりと皮膚が垂れていく。髪も衣服も垂れていく。
「―――どうしてあたしが僕だと気づいた?」
気力のないその瞳が、動揺で揺れていた。




