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Ep.1 ドッペルゲンガー 〜 1

 冷え込む2月の午前5時。

 ()(ばな)(たい)()は、日課である深夜の散歩から帰る道中にいた。

 

 高速道路沿いの、広くて街灯の少ない歩道。爆発するようなバイクのエンジン音が横切っていく。

 黒髪から僅かに覗く赤毛を風が揺らして、白い息が僅かに零れる。

 

 鼻をすする。強風で閉ざされた瞼がようやく開かれ、気怠そうな黒い瞳が『フラワーいばら』と書かれた看板を見る。

 息を()き、凍える空気が白く濁った。

 

 4階建てのビルの横にある裏口の鍵を開ける。

 キッチンの照明と暖房を点ける。8枚切りの食パンとワンドリップコーヒーを取り出して、朝食の支度を終わらせた。

 一人黙々とトーストを齧っていると、階段の方から人が降りてくる音が聞こえる。

 

「汰紀おはよ〜……。んあぁぁぁぁ、ねむ〜い」

 紫色の長髪を手でかき上げながら、家主の()(ばら)(あや)()がキッチンに顔を出した。

「ふぁぁぁぁぁぁ……。汰紀~、パン焼いて~。あとコーヒー作って〜」

「それくらい自分でやれ」

 トーストをまた一口(かじ)りながら、汰紀は素っ気なく返事をする。

「ちょっと~、アルバイトで居候のクセに偉そうねぇ。ここに住み始めて半年くらい経つんだから、もう少し気を利かせてくれてもいいのにさぁ。ま、いいけど」

 顔洗って来よ、と洗面所へ向かう彩華を横目で睨み、彼は大きくため息を吐いた。


~ ~ ~ ~ ~

 

 朝食を食べ終えた後の食器を水に漬けて、汰紀はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出す。

「君がスマホで何してるのか、私まだ知らないんだよねぇ。あれか。女の子がめっちゃ出てくるゲームとか? それとも一周回って投資とか…?」

「俺が何してようが、あんたに関係()えだろ」

「ちぇっ、イジリがいのない男の子だこと。テレビつけていい?」

 

 汰紀の返事を待たずにリモコンのボタンが押される。

 全国放送の4番から6番に切り替えると、地方のニュース番組の軽快なBGMとアナウンサーの挨拶が流れ出す。

 普段であれば、大きく取り上げられることのないニュースがピックアップされ、一番最初にまとめて報道される。

 42の音量を無視して、汰紀はスマートフォンの画面を凝視していた。

 

「まず初めに、ここ数日藍澤(あいざわ)()を騒がせている連続殺人事件について続報です」

 彼の視線がテレビに向けられる。

 スマートフォンをテーブルに置き、リビングへ歩み寄る。

 

 汰紀が居候をする以前から話題となっていた、連続殺人事件。

 犯人像は不明。死因も様々。被害者たちの間には接点も共通点も無い。

 唯一の情報は―――死体が発見された翌日にその人物と会話をしたことがある、という複数の証言。

 証言した人物は全員、その殺された人物と関わりのある者ばかりだった。


「まぁた、ドッペルゲンガー事件かぁ……。ネットで騒いでるだけならスルーしてたけど、被害者と会った人がテレビに出ちゃったら信憑性増すよね~」

 汰紀は黙って画面を睨む。

 アナウンサーはそのまま、昨夜起こった事件の報道を続ける。


 被害に遭ったのは、市内の県立高校に通っていた高校2年の女子生徒。その生徒が普段通らない住宅街の路地裏にて発見された。

 死因は、首を絞められたことによる窒息死。身体の至る所に痣があり、犯人は被害者を数回殴った後に絞殺したのではないかと考えられている。

「この高校って……李紗(りさ)ちゃんが通ってるところじゃないの! ヤバいじゃん、このままだとあの子にも何か――――」

 彼女が振り向くと、汰紀は何食わぬ顔で洗面所にいた。

「ちょいちょいちょいちょい! あの連続殺人犯が例の()()()()かもしれないってことで前々から追っかけてたじゃん! 何でそんな冷静なのさ!」

 汰紀は歯ブラシにジェルを乗せながら、振り返らずに返事をする。

「時計見ろ、今から準備しないと開店に間に合わないだろ。あと普通にうるせえ」

 彩華はぷくりと頬を膨らませ、制服を取りに自室へと戻った。

 

~ ~ ~ ~ ~

 

「そいじゃ、シャッター開きまーす」

 フラワーいばらの開店時刻。エンジンとクラクション、歩道を歩く人々の忙しない靴音が聞こえてくる。汰紀は少し、眼を細めた。

「皆さん、おはよーーございまーーす! 道中お気を付けてーー」

 彩華が店先で挨拶をする一方で、彼は黙々と品出しを続ける。

 出荷された植物の品質確認と手入れ、売れ残っている商品が前列になるように陳列し直すことが作業内容。彼にとって退屈極まりない業務を、ただ淡々とこなしていく。

 汰紀はこの時間帯が苦手だった。自分が働いているすぐ側から、都市の喧騒が聞こえてくる。その音が耳障りでならなかった。

 そして、彼が一番会いたくない人物が、必ずこの道を通るから。

 

「……来たか」

 そう呟くと、汰紀は店の奥へと姿を隠す。

 店先に、ブレザーの学生服を着た1人の少女が顔を出した。

「彩華さん、おはようございます」

「お、李紗ちゃんおはよー。今日も可愛いねぇ、うりうり」

「や、やめてくださいよ! もう……」

 寒さで赤くなった頬が更に赤くなり、オレンジベージュのセミロングヘアーが揺れる。色艶のある髪をとめる羊のヘアピンが陽の光を反射した。

 

「ところで、今朝のニュースは見た? あなたの学校の生徒が殺されたって話……」

「……昨日の夜、学校からメールが来たんですよ。そこで初めて知りました。殺された子、私のクラスメイトだったんです」

「え、そうなの? それは……なんというか…………」

「その子とは関わったことほとんど無かったから、ダメージはそこまでなんですけど……。 

 流石に被害者が身近な人すぎて、なんとも言えないです。あんな事件が起こったっていうのに、今日登校しないといけないのも怖いし……。

 全校集会で詳しい説明があるらしいんですけど、わざわざ学校にみんな呼ばなくてもいいのにって思います」

 

 彩華は彼女の表情に、明確な恐怖が浮かんでいるのを見た。

「とりあえず、登下校中は気を付けてね。例の殺人犯は1か月に1人の周期で人を殺しているからしばらくは大丈夫だろうけど……正体が分かってない以上、何が起こるか分からないからね」

 彼女は不安を拭おうと、優しく微笑む。李紗は静かに頷くも、その笑顔はぎこちない。

「引き留めちゃってごめんね。さ、今日も元気にいってらっしゃい!」

 

 学校へ向かう李紗を見送り、店の奥へ戻る。

 汰紀はバックヤードの扉に寄り掛かったまま、早朝と変わらない表情で立っていた。

「君も聞いてたんでしょ? あの子に会いたくないのはともかくとして、元クラスメイトとしてさ、そろそろ何か行動した方がいいんじゃないの?」

 汰紀は黙って作業に戻る。

「…………いい加減、会ってあげたらいいのにね」

 作業場に戻る背中を見つめて、彩華はぽそりと呟いた。

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