釣りデート
約束なんてすっぽかそうか?
大事な公務だってすっぽかすのだからどうって事はない。リーンはらしくもなく一晩悩み、結局翌日の早朝、同じ場所に来てしまった。少し肌寒いが四時ならもう明るい時期だ。
「何その格好」
約束の時間は三十分過ぎていたが、テオはしっかりと釣りの装備で全身を固めてそこ立っていた。
遅れて来たと言うのに一言もなく、まずリーンはそう突っ込む。
「おはようございます! 釣りに行くとおっしゃっていたので! 釣り竿に魚籠、あと今日は天気が良さそうなので紫外線対策で麦わら帽子、勇者様のもあります。それから昼食用にサンドイッチと水筒には紅茶……」
「水筒に紅茶? 味が落ちるじゃない」
「ごめんなさい! オレンジジュースと迷ったんですがこの時間だとお店やってなくて」
「いや問題はそこじゃない」
「え?」
「あたし境界線の向こうへ行くって言ったわよね?」
「は……はい」
「そのコーディネイト失格! 全部やり直しよ」
「えええーっ!?」
結局、テオの用意した装備は全部置いて行く様にと言われ、代わりにいつもの任務用の鎧に剣と言う姿になってしまった。
「こんな格好じゃデートっぽくないです……」
「いやさっきの格好もデートっぽくなかったでしょ。そもそもデートじゃないし!」
「でも勇者様は随分軽装じゃないですか」
ガチガチの任務用鎧に対し、リーンはごく軽装だ。腰に細身の剣を帯刀しているだけに留まっている。
「私の戦闘スタイルで言うと動きやすいのが一番だからね。あんたは戦士なんだからちゃんとしてもらわないと困るって事よ」
勇者城の敷地を出て西へしばらく歩くと一時間ほどで境界線、ファズムが見えて来る。見えて来ると言っても目視出来る結界ではないので、術者が駐屯している施設の事だ。ここまでは誰でも、見学がてらに来る者もいる。
だがファズムの向こうに行こうと言う者はそうは居ない。稀に、強大な魔族に挑もうとする冒険者や珍しい植物を狙う商人が越えて行く事もあるがファズムでそれを止めたりはしない。ファズムの役目はあくまで結界を保つ事。それでも危険に飛びこもうとする奴は自己責任と言うワケだ。
「ファズムって越える時にバチンってなったりしないんですか?」
「さぁーあ? どうだかね?」
いよいよファズムを越えると言う瞬間、おっかなびっくりのテオにリーンが意地悪く笑う。
「バチンッ!!」
「わぁっ!!」
「あはははは!」
思った通りのリアクションを返したテオを見てリーンは腹を抱えて笑った。
「そんなのなるわけないでしょ? 魔族にしか効力がない結界なんだから。ま、上級な魔族にも効かないだろうけど」
「そっ……そうですよね、いちいちバチンバチンなってたら誰も行けないですよね」
「もう越えてるからね?」
「は、はい……」
リーンの横顔が少しだけ引き締まった気がした。そんな表情もとても可愛い、そんな呑気な事を考えた矢先……。
「うわぁっ!!」
早速見た事もない魔物に襲い掛かられ咄嗟にリーンの前に出る。だがリーンはそんなテオの頭上をぽーんと飛び越え、犬型のそれをさくりと倒した。
そしてドッと倒れたそれに目もくれず素早く血振りをすると、もう次の標的に向かって駆け出す。
「まっ……待って下さ……! うひゃぁ!」
懸命にその後ろ姿を追い掛けるテオだったが、リーンが真っ二つにした魔物の肉片が飛んで来るではないか。思わず出た情けない声にテオ自身がいたたまれない。
「く……くそっ! 俺だってぇぇぇ!」
まるで踊っているみたいに魔物を斬り進むリーンにどうにか追い付き、テオも懸命に剣を振る。リーンはまったく期待していなかった様だが、その剣筋のいくつかはリーンの剣よりも先に獲物を捉えた。
「へぇ」
意外そうにテオを見ると、似合わない鎧と兜で喘ぐその姿はなかなかに逞しい。
攻撃が浅くて倒しきれない魔物もいたが、そこは軽く突いてリーンが仕留めた。そしてそれさえも、しばらく剣を振るうちにしっかりと仕留め切れるようになる。
そう、テオは決して弱い戦士ではないのだ。
それでもリーンが圧倒的過ぎて、テオは劣等感を募らせてしまう。
そう遠くはない境界線の向こうでは、こんなにも世界が変わるのだと想像出来なかった自分にもショックだったし、同時にファズムの偉大さも感じた。テオが思うより、世の中はギリギリで均衡を保っているのだ。
「結構やるじゃない! スピード上げても良さそうね!」
「ええええーっ!」
それに比べてリーンは楽しんでる様である。
初めてリーンの戦闘能力を目の当たりにしたワケだが、想像の遥か上であった。
なるほどこれが歴代最強勇者の実力かと、その可愛らしい容姿とのギャップにやられてしまう。




