二年前
――二年前
勇者城の城壁にもたれ掛り、城付きの兵士が雑談して居る。うららかなある日の午後だった。
どうやら彼らの話題は、どんなタイプの女が好きかと言うくだらない内容の様だ。
「げっ! あの勇者がタイプ?! 冗談だろぅ~?! あんまり面白くないから言わない方が良いぞ? そのギャグ。俺から見たらただのガキだしなぁ」
相方の言葉にオーバーな声を出した彼は、三十歳手前くらいだろうか、ガッシリとした体形が逞しい男だった。
「ガキかな……俺と同い年なんだけど……」
そう言った方の彼は、だいぶ幼い。テオドール・ディーン。当時十五歳。
柔らかそうな黒色の猫毛、穏やかそうな雰囲気とは裏腹にも見える鮮やかなブルーの瞳。身長はそこそこあったがまだ身体つきが少年で、支給された勇者城の鎧が似合っていなかった。
「まぁ見た目だけで言えば間違いなく可愛いんだろうがよ、色々とお転婆過ぎてそんな風には見れねぇだろ。それにお前と同じって事はもう十五歳だよな?」
「うん、初めて見た時はお互い十二歳。あの時の勇者様も可愛かったなぁ~」
だいぶ年上であろう男にテオはかしこまる事なく話しをしている。こう見えて二人の就任式は同日。同僚なのだ。
「そう言えば俺達の兵士就任式の時とか途中から思いっきり寝てたよね。可愛かったなぁ、ふふふ」
「笑い事かよ」
勇者城における勇者は言わば王族のようなもの。国の定めた儀式や行事に参加し、国民を、いや人類を勇気付ける役割がある。リーンにはまったくその自覚はない様なのだ。
「予言通り旅立つまであと一年ってわけだろ? それにしちゃ相変わらず頼りないと言うかやる気が見えないと言うか……つい最近だってファズムを引退した結界師の慰労会をばっくれたってよ」
実は魔王城と勇者城は山を一つ挟んだだけの距離である。
離れていたらお互いに何をされるか分からないので見張り合っている……と言えば良いだろうか。
その山のふもと……つまり人と魔族の境界線に、修行を積んだ結界師たちが『ファズム』と呼ばれる結界を張り続けているのである。その歴史は深く、ファズムのお陰で実は魔王城の近くが一番安全だとも言えるだろう。
「ばっくれてどこに行ってたのかな」
「どこでも良いだろ! 気になるのそこかよ! ま、噂じゃ境界線の向こうで釣りしてたって聞いたけど」
「釣り?! 釣りが好きなの?! 俺も好きだから気が合うかも! でも境界線の向こうって本当? 危ないな。一人でだよね? 危ないよ」
「歴代最強勇者だってのが本当なら別にどうって事ないんじゃないか? 本当ならだけどよ」
「本当に決まってるだろ?」
「さてね、実際に強さを目の当たりにした事もないからよ。それにしてもお前がこんな物好きな奴だったとはな……って! おいもう時間じゃないか、持ち場に戻るぞ」
物好きだと言われ多少ムッとしたものの、ポケットの懐中時計を見ると確かにもう休憩時間は終わりだ。同僚はさっさと行ってしまったし、反論はまたにして持ち場に戻ろう……と、風が吹いて、少年の視界の隅に何か光った。
「……赤毛」
城壁を囲う様に植えてある木の上に、赤毛の少女が寝そべっていた。
寝てる……? 少年がそう思ったと同時に瞳が開かれた。
ギクリとする程大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見ているではないか。
歴代最強勇者、リリィアンナ・ファーレン。
「あっ……あえっ……と!」
少年は全身から汗を吹き出し、どうにか言葉を発しようとしたがうまく出てこない。そもそも何と言ったら良いのかも分からない。
今の会話は聞かれたのだろうか、すぐにでも跪いて謝罪した方が良いのだろうか。
「一人よ。境界線の向こうの沼地に金色の人面魚が釣れるポイントを見つけたの」
会話は聞かれていた。歴代最強勇者をくだらない話しのネタに使った事をバッチリと聞かれていた。
当然二人とも失礼だろうが、この場合どちらがより失礼であろうか。
ガキだとかやる気がないだとか分かりやすく悪口を言った同僚か、それとも勇者様を好みのタイプだと、まるで対等の立場の様な言い方をした自分なのか、いやそんな事より……。
「金色の人面魚?!」
釣り好きを自負していた少年は聞いた事のない魚が釣れると言い出したリーンに喰い付いてしまう。
「何ですかそれっ? すごく……すごく気持ち悪そうですけど!」
好奇心に輝く瞳に見詰められてリーンは面食らった。自分の噂話で楽しんでいた勇者城の一兵士を困らせてやりたくて声を掛けたのだ。興味のある話しを提供してやる為ではない。
「あんたね……!」
「でも……俺の田舎で釣った黄金人面カジカより金色って事も、まして人面って事もないでしょうからそこまで気持ち悪くはないのかなぁ」
ピクリとリーンの眉が吊り上がる。
「はぁ?」
「あっ、すみません、ご存じないですか? 俺の田舎アンスリーなんですけど、すごく水が綺麗な場所なんです。珍しい魚もいっぱいで……」
「金色人面魚より気持ち悪いなんて事あるわけないでしょ? このあたしが、境界線の向こうで釣ったのよ?」
「いやぁ……ははは、勇者様、いくらなんでも黄金人面カジカは超えないと思います。カジカのくせに白目の部分とかしっかりありますから! あ、でもそれ魔族だったってオチならズルいですよ?」
「魔族じゃないわよ! 体内に魔力は感じないし、れっきとした魚! 白目くらいこっちにもあるわっ! だいたいズルいって何なのよ、そっちこそあたしが知らないと思って適当な事言うのズルいわよ!」
とうとうリーンはそう言ってひらりと木の上から飛び降りた。そして少年の目の前で着地し、鼻先が触れるかと思う距離で少年を睨み付けた。
「わっ……! はわぁっ!」
立場も忘れ、先程まで饒舌だった少年はまた言葉が出なくなってしまう。歴代最強と言われる勇者が……いや、自分好みの少女が、目の前に居るからだ。
面白くない事を言う少年を強引に黙らせたカタチになったリーンはフンと鼻を鳴らせて言った。
「あんた名前は?」
「はっ、はい! テオドール・ディーンと言います! 勇者様と同じ十五歳でしてっ! 十二の時に両親を亡くしアンスリーから……」
「テオ」
「はぃ……」
ふいに名前を呼ばれてテオは自分の耳が喜んでいるのを感じた。
「明日の早朝四時にまたここへ来なさい。金色人面魚を釣り上げて見せてあげるわ」
そう言ってニッと笑ったリーンの強気な表情に、テオはどんどん舞い上がってしまう。
「……っっっ!! 早朝四時って、ででででデートの待ち合わせにしてはちょっと早過ぎやしませんかっ?!」
「何聞いてたのよ! 境界線の向こうで釣りするって言ってんの!」
「はぁ、釣り……! アクティブなデート最高ですね!」
「いやだから……っ!」
「いけない! もうとっくに休憩時間終わってるんだった! じゃあ明日! 絶対来ますから!」
「あっ! ちょっ……!」
何やら勘違いをしたままテオに立ち去られたリーンは、どうでも良い事で意地になってしまった事を早々に後悔した。どちらの魚が気持ち悪いかなんて、勝ったとて何だと言うのだろう。
だが、自分の言った事にあんなに言葉を返されたのは初めてだったのだ。ましてや同年代の少年に。頭に来たのも間違いないが、リーンは少し楽しくもあったのかも知れない。




