思考錯誤
「これは?」
ブレイズオーブにも似た水晶だった。大きさはもっと小振りで不思議な色をしている。まるで透明な球体のガラスの中に紫色の煙が閉じ込められている様な……。よく見ると実際煙の様に中が蠢いている。
差し出されるままルビィがそれに触れると、中の紫色の煙がヒュッと触れた部分からルビィの中へ吸い込まれて行ってただの透明な球体に変わった。
「え……あ……」
ルビィが戸惑い、自分の身体を抱き締める様にして蹲った。
「ああああっ!」
強く抱き締める。身体の中で何か変化が起きているのだ。
「どうせ死ぬなら……ね」
それはあの三本角の部屋を使っていたリーンが偶然見つけた物だ。ただならぬ気配を感じたリーンはすぐシュリに鑑定させたが、それは能力を封じ込める為のアイテムだった様である。あの部屋の住人はこのアイテムでルビィの本来の力を封印し、調教して魔王を自在に操ろうとしていたのだ。
ただ、封印された状態ですら三本角を一瞬で葬り去る力があったと言う事。精神的支配でルビィを押さえ付けていただけで、実はいつ殺されてもおかしくない状況だったと言う事実は、自身の死の直前まで気付かなった事だろう。
リーンは心底ゾッとして、このアイテムの存在が決して知られない様にと肌身離さず持ち歩くようになったのである。
「はぁっ……はぁぁっ……」
荒い息を繰り返すルビィを見てリーンはごくりと唾を飲み込んだ。
さぁ、どうなる? と。
ルビィが魔王城で虐げられ、力を奪われているのは気の毒だと思った。ただその血が流れていると言うだけで望まない環境に放り込まれる……まるで自分と同じだとも思った。だが、可哀想だからと本来の力を戻したら、力と共に残虐な性質まで呼び起こさないとも言い切れない。魔王が残虐なものであると言うのは人間側が作り出したイメージに過ぎないが絶対に違うと言う保証もない。
本来の力を取り戻した魔王が一体どんな行動に出るかは賭けだ。どうせ死ぬなら、だ。
「さぁ、本来の力を見せない! 魔王!」
リーンが危険を楽しむ様に煽る言い方をすると、ルビィはフッと気を失って倒れた。
「……あれ?」
蹲ったまま全身の力が抜けて、荒かった息も整っている。ぐいとうつ伏せの身体を起こしてその表情を確認するとまるで安らかに寝ている様ではないか。
「あらあらあら?」
肩透かしを喰らった様にリーンが苦笑いを浮かべるとすぐ近くに嫌な気配が近付いて来る。何がおかしいのさっぱり分からないがゲラゲラと笑い続けていたテオが、まだ大笑いしながら四階まで飛んで来たのだ。
「……なぁにが可笑しいのよ」
「がはははは!」
近くで見るとやはりテオだ。テオが埋もれている。
「言っとくけど、手を抜く余裕はないし、もしテオがあたしを傷付ける様な事があれば悲しむと思うから……全力で抵抗するわよ!!」
毒でくらくらする身体で魔力を練って炎をぶつける。触れたところからテオの身体は燃え上がったが効いている気配はない。ならばと風で斬り付けてみるがそれも硬くなった皮膚を深く抉るには足りない。
「はぁ……はぁ……」
次は何を試せば良いのか。思考がまとまらない。
攻撃が止んだ事が不思議なのか、テオは小首を傾げてしばしリーンを待ったが、リーンはまた吐血してしまう。
「がはっ……がはがはっ……もうダメ……毒が……」
テオが近付き、その目にリーンを映す。視覚情報として脳に伝達されたであろうそれは果たして悪魔と化したテオに何を思わせるのか。
「はぁっはぁっ……」
テオはゆっくりと窓枠に降りるとますますリーンに顔を近付ける。魔法を放つ事も出来なくなったリーンはとうとう膝から崩れ落ちるが、テオがそれを許さなかった。がしりとその腕を掴んで立たせるとそのまま強引に放り投げる。
「うあぁっ……!」
何の抵抗も出来ずに宙を舞ったリーンは部屋の壁に激突して倒れ、すぐに追い掛けて来たテオに馬乗りされる。そしてそのままテオはリーンの細い首を両手で締め上げた。ヒュッとリーンの喉が鳴ってリーンの意識が遠くなる。




