羽を生やした悪魔
一体何が起きたのだろうと起き上がれないまま目線だけリーンが居た窓へ向けると、そこから地上まで一本ロープの様なものが繋がっていて、ロープの先にはパイが立っていた。パイの糸だ。
近くにはその糸を利用してすぐに追い掛けて来たティモシーも居て、それに驚いた魔法部隊の手が止まったところで窓からリーンがテオを救う一撃を放ったと言うワケだ。
「怯むな! 敵は勝手に死に掛けている状態なんだぞ! その証拠に歴代最強勇者が防戦一方ではないか! 休ませずに攻撃を続けるのだ!!」
シードの指揮に魔法部隊は「おお」と応えるでもなく黙々と攻撃を再開する。
「ああ……やめ……」
テオは何も出来ないまま、地面に這いつくばってそこに爪を立てた。
「ティモシーよ、お前には少し期待していたのだぞ。腑抜けな勇者に業を煮やしていたのはお前も同じ筈だ。私に付けば良い思いをさせてやる。どう言うつもりで一緒にいるのか分からんがまずはその化け物を殺せ。ラミアの足元にも……」
「黙れ変態」
パイを化け物呼ばわりされてティモシーは分かりやすくキレた。
「何……?」
「いつも懐に蛇を忍ばせているような変態にアラクネの何が分かる?!」
そう言われてシードは何やら理解した様だ。
「ふん……、お前からは何故か似た匂いを感じていたのだが……そういう事か、変態め」
「だから黙れよ変態」
「どっちがだね変態」
しばし二人は変態変態と罵り合い、先に痺れを切らしたティモシーがモーニングスターを振り回した。シードが事もなげにそれを魔法で弾き返すが、初めからそのつもりだったのだろう、ティモシーはあっさりそれを手放し、その隙に一気に距離を詰めてその拳を繰り出した。
「なっ……! ぐがっ……!」
そのまま馬乗りになりシードを殴打する。およそ神官の攻撃とは思えない。
「この世で一番美しいのはっ……! アラクネだっ! 蜘蛛だっ! パイコだっっ!!」
ティモシーが叫ぶ度にシードの顔が左右に振れた。
「ティモシィィッィ……! 」
無理矢理身体を入れ替え、今度はシードがやり返す。魔法使いであれば魔法を使った方がダメージを与えられる筈だが、シードも拳で反撃だ。
「この世で一番美しいのは!! ラミアだ! 蛇だ! ヴィーラなんだよこのクズッ!!!」
まるで泥仕合の様なやりあいに魔法部隊が介入しようと動くとシードがそれを制止した。
「手を出すな! こいつは私が殴り殺してやる!! 私の誇りにかけてっ!!」
それを聞いたティモシーがすぐに言い返す。
「やれるものならやってみろ!! この老いぼれが!!」
毒に侵されたティモシーと初老のシード。とても見ていられない光景だとテオは頭を抱えたくなる。
介入を拒まれた魔法部隊はまたリーンを狙い、パイはどうにかそれを邪魔しようと糸を飛ばすが毒で身体が思う様に動かないのはパイだってそうだ。
圧倒的に不利なのは最初から分かっていた。こちらは全員瀕死の毒状態。唯一元気なテオは剣も握れない。ダレルとノコの幻覚攻撃はもう使えない。
目の前に広がる絶望的光景。ところどころ崩れる魔王城。荒らされた畑。防戦一方のリーンやパイ。そして目を覆いたくなる争いをしているティモシーとシード。
「ああ……」
こんな変態に負けるくらいなら……!
得体の知れない薬を体内に入れ、背中に翼を生やす覚悟を決めたのはそんな思いからだった。ほとんど衝動的にテオはシュリから貰った丸薬を取り出し、ゴクリと飲み込んだ。
ドクンッ……!!
目の前が真っ赤になり、体中に激痛が走る。
「うあっ……あああああっ!」
喉が焼ける様に熱く、思わず掻きむしるが気休めにもならない。それがあっと言う間に全身に広がりどこにも逃げ場がない苦しみに襲われる。テオのイメージではおもむろに背中からバサリと翼が生えて来る筈だったのに。一向にそんな気配はなく、ただただ苦しむばかりだ。
「あ……あ……ああ……」
身体が燃えて細胞が一つ一つ消滅していく様だ。自分であった物が消滅して行く。その代わり新しい何かがその場を奪う。強烈な何か。
痛い、苦しい、怖い、負の感情で支配され、テオはだんだん意識を失ってしまう。
「死ねっ! シード!」
だが魔王城は混沌としていて誰もテオの苦しみになど気付かない。二人の泥仕合は続いていた。ティモシーが腫れた顔でシードに頭突きをお見舞いし、シードは鼻を押さえて地面を転がる。
「はははっ! どうだっ! 真に美しいのはどちから分かっ……え……?」
転がるシードが、まるでボールの様に蹴られて大空を舞い、更に追撃を受けて吹っ飛んだのを見てティモシーは言葉を失った。それをやったのが敵なのか味方なのかさっぱり分からなかったのもそうだし、あまりに破壊的な攻撃だったからだ。
空中で蹴られる前にシードの身体からはヴィーラが飛び出し、ヴィーラはボトリと真下に落ち、シードは見えなくなるまで吹っ飛んだのだ。遠くの木が揺れて、枝が折れるような音がしたが、それっきり。
「何……? あれ……」
ざわ……と魔法部隊もリーンも、その場に居た全員が一斉にそこを見た。
シードを追撃した後で、まだ空中に留まっているそれを。
それは背中から羽を生やした悪魔だった。
「テオ?」
リーンの後ろからそれを見ていたルビィが呟き、リーンが「え?」とそれを凝視する。
背格好は確かにテオだった。だがテオなら空を飛ぶ筈がない。背中から蝙蝠の様な羽が生えている筈がない。瞳が紅く光る筈がない。何より、いくら敵だからと言ってあんなに容赦のない攻撃をする筈がないのだ。あの勢いでは、シードは無事ではあるまい。




