大事な人
「やっぱりリーンが持っているべき物なんですね」
「いまやただのアクセサリーだけどね」
そう言ってリーンはブレイズオーブを首に下げた。
「ねぇテオ、ここでの暮らしも一ヶ月になるけど、他に何かなきゃいけないものってあるかしら?」
少しだけ懐かし気に首に下げたブレイズオーブを眺めたリーンだが、次の瞬間にはもう興味をなくした様にパッと顔を上げた。
「うーん、もっと豊かに出来るとは思いますけど……特に不便は感じていないですね。凄い事です!」
「そう、良かった。……なんかさ、結局あたし達魔王討伐してないし、ここがカンザよりももっともーっと遠いところになったわね」
「え? あっ……!」
そう言われてテオは思い出した。世界を捨てて、カンザより遠いところでひっそり暮らそうとリーンに言った事を。
「あの時言った事……」
好き勝手な夢物語を語ったが、一つ一つ思い出してみるとすべてが叶っている。
畑に水に温泉、低級魔族のペットではなく、いつも助けてくれる優秀な魔族のパイ。
「あの夢物語以上ですよ。衣服、娯楽に太陽! それに俺の大事な人、全部揃ってます!」
「……ふぅん? その大事な人って、誰よ?」
「えっ! 決まってるじゃないですか!」
リーンがこんな事を言うなんて珍し過ぎてテオは面食らった。いや、初めてではないだろうか。今までなら聞くまでもなく、自分の事だと思っていただろうに。
「そうだろうけど! ちゃんと言ってみなさいよ!」
「そっ……それは……」
いつも意識もせず気持ちを伝えるテオだが改めてそう言われると突然意識してしまう。その先を……。
「それは……」
「テオー!」
その声に「え」と振り返ったと同時にテオの顔にドンと何かが張り付いた。
「ぶっ……!」
「畑に居るって言ったのに居なかった! 探した!」
「ルビィ……!」
すぐにそれの正体が分かり、テオは鼻をさすりながらルビィを引き剥がす。
「ごめんごめん、ちょっとリーンに用があったから……」
「あたしの方は別に用ないのでー! はい、さっさと仕事に戻ってくださーい!」
「そんな、リーン、あのっ……!」
「テオ、ルビィが見てないとサボる? ちゃんと働かなきゃ!」
結局いつもと同じノリになり、ルビィは使命感を持ってテオを畑に連れ戻したのだった。
それから数日後、食卓に珍しいものが並んだ。
「日陰にたくさんキノコが生えているのを発見したんです。それはもう大量にありましたのであらゆる料理にぶっこみました」
「毒がない事は僕が調べたから確認済だよ~」
どうしても代わり映えのしないメニューが続く中、肉厚なキノコは大いに歓迎された。テオ以外には。
「ティモシー様ぁ~、俺キノコ嫌いなんだけど全部のメニューに入れちゃったんですかぁ?」
「嫌いだったか? じゃぁ避けて食べるしかないな」
「ルビィが食べてあげる!」
「ありがとルビィ、どうしても独特の歯応えが苦手でさ」
「この歯応えが良いんじゃないの。分かってないわね~」
そう言ってリーンもルビィもいつもより勢いよく平らげた。食べた事がなかったのか、パイは少しだけ警戒していたが、一口食べたらすぐに気に入った様だ。
「みんなの咀嚼音を想像するだけで食欲がなくなるよ……」
「いや聞こえて来るならまだしも勝手に想像して萎えないでよ」
こんなに美味しいものが食べられないなんて不幸な奴めとみんなにバカにされ、テオはここに来て初めて孤独を感じた。
そしてその孤独は、翌日以降も続く事になるのだ――。
「う……ん……うう……」
ルビィの呻き声で、テオは目を覚ました。
「ルビィ? どうした?」
真っ赤な顔で汗をかいて浅い息を繰り返している。そっと額に触れると明らかに熱があった。
「大変だ……!」
テオは飛び起き、まず真っ先に地下の研究室へ向かった。シュリなら薬を用意してくれる筈だ。それにしても今朝は薄暗い。リーンが光水晶にまだ魔力の補充をしていない様である。
「シュリ、起きてる? ルビィが熱を出して……あれ? シュリ?」
いつ寝ているのかと不思議に思うくらい、研究室に顔を出す時はいつもせわしなく動いているシュリの気配がない。おかしいなと少し奥へ入って探してみると床にうつぶせで倒れているシュリを見つけた。
「シュリ……?」
まさか気絶するまで研究に没頭していたのか? 抱き抱えてやるとシュリの身体も熱かった。
「大丈夫かシュリ?!」
「はぁ、はぁ……謎の高熱に襲われまして……はぁ、自分で解熱剤を作ろうと頑張ってるところで……す」
「いやいや倒れてたんだよ!」
いつもどこで寝ていると言うのか、一見研究室にはシュリを寝かせられるところが見つからなかったが、革張りの大きめの椅子を見つけたのでそこに座らせた。実際シュリはそこで丸まって寝ているのだ。
ルビィもシュリも同じ様な高熱の症状。
「まさか……」
二階へ駆けあがり、ティモシーの部屋とパイの部屋を覗くとやはり二人とも高熱を出していた。二人に声を掛けつつ、四階へ急ぐ。




