ティモシー
「大丈夫ですか? ちもしーさま?」
しばらくポーっと天井を眺めていたティモシーはハッと気が付くと上半身を起こしてキョロキョロとアラクネの姿を探した。
「アラクネは?!」
「ティモシー様に怯えてどこかへ逃げてしまいましたよ」
「不甲斐ない……アラクネの毒に耐えられず気絶してしまったのだな……」
「あ、いや気絶したのはテオの頭突き……」
「ティモシー様! 一体どういう事なんですか?! 一人で勝手に魔王城に、ブレイズオーブまで奪って勝手な行動して! 理由を説明していただかないと俺は納得しませんからね!」
頭突きの件で何か言われるのは面倒なのでテオは先にティモシーを責める様にまくし立てる。
「あの勇者サマならどうにかするだろうと思ったし、実際ここまで来たじゃいか。俺にはブレイズオーブが必要だった」
「だからどうして!」
「俺の夢を叶える為だ」
「いや、さっきもアラクネ追い回してましたけどちゃんと分かる様に説明して下さいよ。一体ティモシー様の夢って何なんですか? ティモシー様仕事人間じゃないですか! こうして勇者パーティの一員として魔王城に突撃している、今のこの状況以上に叶えたい夢なんてあったんですか? 一人暮らしで友達も居なければ彼女も居ない。そもそも女にも興味ない。そんなティモシー様の夢って何なんですか?!」
頭突きの件は関係なく、テオは言いたい放題にティモシーを責めた。
「随分な言い様だが概ね合っている。女に興味はない……。人間の女にはな」
しかしティモシーは決してペースを乱さない。
「……え?」
「幼少期から私は他人と少し違う事に気付いていた。思春期にもなるとそれは確信になった。私は異性に性的興奮を覚えない。かと言って同性にもだ。エロい、と言う言葉の意味が分からないのだ。きっと私には永遠に理解出来ない概念なのだと、そう思っていた」
一体何を言い出す気だろうとテオは身構えたが、同時に何だか可愛そうな話しなのではないかとも思った。
「私が十四歳になった頃、たまたま部屋に一匹のハエトリグモが現れた」
「蜘蛛……」
「私は潔癖症だから部屋は常に綺麗に保っている。虫もほこりも許せない。すぐに叩き潰そうとハエトリグモに近付いた。すると……そのハエトリグモはぴょんと目にもとまらぬ速さでジャンプしたかと思うと、近くに居た蚊を捕食した。愚かな私はその時に初めて気付いたのだ。今まで部屋に害虫が出なかったのはこの小さなハエトリグモが居てくれたお陰なのだと。それと同時に、私はもう一つ重要な事に気付いた」
「はぁ……、何ですか?」
「蜘蛛って……ボンキュッボンだぜ?」
何を言っているのか理解出来ないテオ。ボンキュッボンもそうだし、だぜ? って言ってるのは誰なのか?
しかし困惑するテオをティモシーは恐ろしいくらいに真っすぐ見て来るではないか。何か言わなければと焦り、テオはとりあえず曖昧に頷いた。
「は……はぃ……」
「ふっ、気付いた様だな。人間の女なんて足元にも及ばないって事に」
「あーいやいやいや! すみません分かりません! あんたの性癖が蜘蛛だったってのは百歩譲って分かったって事でも良いけどボンキュッボンってそれぞれどこの事なんですか?! ボンってのは頭でキュッってのは関節? 結合部分の事ですよね?! そしてあのお尻の部分をボンって言ってます?!」
「わぁ、やめろエッチ……」
ティモシーは恥ずかしそうに顔を覆った。
「ううう、俺の方が止めて欲しい……。そんなティモシー様見たくなかったぁ……」
「僕聞いてて良いのかな。十歳って大人が思うより色々理解してるからキツいよ?」
テオにもシュリにも否定的な態度を取られているが、抑え込んでいた性癖について話し出したティモシーは今更止まれないらしい。
「エロがどう言うものなのか完全に理解した私はとうとうこの魔王城で夢の中で出会ったアラクネを見つけた。まだ成長しきっていない子供のアラクネだったが、あの小さく可愛らしいハエトリグモを髣髴とさせる。きっとすぐに夢の中のアラクネに成長する筈だ。人間の少女の上半身に、魅惑的な蜘蛛の下半身。最も理想的な人と蜘蛛の配分。たくさんの足、真っ赤な瞳……良いか? 人間の瞳は二つだからなんと六つも多いのだぞ! それにそれは一つ一つ、違う輝きを放っているじゃないか」
二人ともこんなに饒舌になっているティモシーを見るのは初めてで相槌一つ打てやしない。到底、相槌を打てる内容でもないし求めてもいないのだろうが。
「そんな訳だからブレイズオーブの事はすまなかった。もう近くまで勇者サマが来てるのなら一刻も早くアラクネと共に魔王城を避難したい。見逃してくれ」
散々喋った挙句、最終的には雑にブレイズオーブの事を詫び見逃してくれと来た。基本的に穏やかな質のテオもさすがに少しムッとする。
「いや見逃すも何も……ティモシー様さっきまでアラクネの糸で拘束されてたんですよね?」
「ああ、プレイの一環としてありだ」
少し意地悪な事を言ったつもりだったが、そう言って恥ずかしそうにポリと人差し指で頬を掻くティモシーを見てすぐにどうでも良くなってしまった。
「はぁ……、たぶんアラクネはプレイとは思ってないですよ。後で食べられちゃうとこだったんじゃないですか?」
「たたたた食べるってのは……その……つまりそう言う……」
「いやまんま! そのまんまの意味の食べるですからね?! もぐもぐムシャムシャごっくんの方!」
「ごっくん、かぁ」
「あのねぇティモシー様! もしかしたら全然気付かなかったのかも知れませんがさっきも言った様に魔瘴気ってのが魔王城を覆って、見逃す見逃さないの前にもしかしたらここから出られないかも知れないんですよぉ!」
「えーっ?!」
「割と何回も言ってますからーっ! ちゃんと人の話し聞いてくださいよ! あととりあえずブレイズオーブは返してください!」
「愛の証としてアラクネに渡したって言わなかったか? ちゃんと人の話しは聞いておけ」
「それは初めて聞きましたってぇ!」
生まれて初めてくらいの勢いで今テオはツッコミ役に回っている。




