リーンVS
「ここまで来たらあれで魔物除けなど出来ない。まるでアラクネの瞳の様に美しかったのでついな」
「もぉー!」
「僕こんな変態と魔王城に閉じ込められるとしたら絶対同じ空間には居たくないので別居しましょうね」
「私もアラクネとの新婚生活は二人きりで過ごしたい。とにかく私はもう一度アラクネを追い掛ける」
「もぉー!」
何故アラクネも受け入れてくれるものだと思い込んでいるのか。テオはほとほと疲れて言葉もなくなってしまった。
「テオ、シュリ、お前たちも自分の心に素直に生きる事だ。では、生きていればいずれまたどこかで会う事も……」
「どこにも逃げ場なんてないわよ、ティモシー」
いつからそこに居たのか、ティモシーがアラクネの糸を使って壊した壁の穴に、リーンがちょこんと座ってこちらを見ていた。
「リーン!! おかえりなさい!」
テオはいつもリーンを見ると嬉しそうに尻尾を振るが、今回はもう自分が突っ込まなくて済むと言う安心感もあった。
「勇者さま~! ちもしーさまが変態だったんですよ~!」
シュリもすぐにそう言いながら駆け寄った。
「ここの壁が崩れたのが外から見えたから慌てて戻って来たの。だいたいの話しは聞いてた」
自分の膝を使って頬杖をつきながら、リーンは冷ややかにティモシーを見下す。ティモシーは慌てる事なくスッと地面に両膝を付けると、そのまま両手と額も地面に擦り付けて言った。
「どうか、彼女との愛を認めて下さい」
極東の礼式、土下座だ。深い謝罪や請願の意を表しているのである。
「そんなのはどうだって良いんだけどさ、物理的に逃げ場がないって言ってんの」
「許すんですか?!」
「許すって言うかこんなくだらない事でギャーギャー言ってる暇ないんだってば。見て」
驚くほどティモシーに関心を示さないリーンは壁の穴を顎でしゃくって外を見る様に促した。
「魔王城から半径五百メートルってとこかしら。ドーム状に緑色の何かで覆われているわ。ほら、ここからでも目視出来る」
「本当だ、何だか綺麗ですね」
「結界は硬い壁みたいなもんだから破ろうと思えば魔法や物理攻撃で破れる。でも魔瘴気ってのはそれだけじゃないみたい。触れるのが怖かったから石をぶつけてみたけどまるで一瞬で蒸発したみたいに消えた。人も魔族もああなっちゃうんでしょうね。すぐに力を無効化する障壁に対して攻撃を当て続けないと破れないわ。それも半端じゃない攻撃をね。それが分かってる魔族は一目散に逃げ出したと……」
ティモシーは半径五百メートル以内にはアラクネが居ると分かり少し表情を崩す。
「ところであんた達の方は何か分かったの? 魔王城の中をしっかり調べる様に言ったわよね?」
「い、いやぁそれが……地下に凄い研究施設があるのは分かったんですが、ちょっとそこで時間取られてしまいまして……その後は別人の様になったティモシー様がアラクネと何か良く分かんない事になったし……いてっ!」
歯切れ悪く言い訳の様な事を言うテオの頭にリーンはゴチンと拳を落とした。いつもの事であるが……。
リーンは猛烈な殺気を感じ結界を発動しようと構えたが間に合わない。だが幸いな事にこの殺気はパーティにではなくリーン個人に鋭く向かっている。それならと素早く剣を抜き衝撃に備えると、それはテオの身体を器用に避けて突っ込んで来た。
それと身体の間にギリギリで滑り込ませた剣でガードし、後は逆らわずに後方へ吹っ飛ぶ。
「こんなにヤバい障壁を作り出すだけのエネルギーを使ったのに、もうこんなに元気なんだ?」
それの正体にすぐに気付いたリーンが吹っ飛ばされながら声を掛ける。
思ったよりも威力が強い。このままではまた魔王城に穴が開くと、リーンは足を踏ん張って勢いを殺した。特殊素材の頑丈なブーツをはいているが、それでも靴底から焼けた様な匂いが立ち込める。
「ルビィ?!?!」
それは大きなベッドに寝かせた筈のルビィだった。
ぐっすり眠っている様だったが、ティモシーが何度もアラクネの糸を壁にぶつけて地震を起こせばさすがに目を覚ました様だ。
「やっぱ寝起き暴れたじゃないですかぁー!」
予想通りの展開になった事をシュリが責める。暴れっぷりは予想以上だっただろうが……。
「やめてルビィ! 突然どうしたんだ?!」
テオが必死にそう言ったが、ルビィはリーンから決して視線を外さずリーンの剣越しに睨み付けている。
「この人を虐めちゃダメ」
「あーら、それで必死なんだ? ま、でも本調子ってわけにはいかないでしょ」
リーンの額にはすでに汗が滲んでいたが強気な態度は変わらない。剣に魔力を流し込むと剣身に触れていたルビィはバチンと跳ねて吹っ飛んだ。
「あぐっ?!」
「二人ともやめて! ルビィは分かってないだけなんだ!」
「なら分からせてやらないとね」
リーンはすかさず追撃し、吹っ飛んだルビィに馬乗りになって首元に剣を突き付けた。その剣に籠る殺気を感じて大人しくなるルビィ。
「動いたらどうなっちゃうか予想出来るくらいの知能はあるみたいね。知能って言うか勘かな? ま、最低限言葉も通じるみたいだし一旦ここは仲良くしましょうよ」
リーンにルビィを斬るつもりはなさそうだと分かり、テオはホッと胸を撫で下ろす。勇者が魔族に囚われていた少女を斬るなんてあってはならい。
「そうだよ、ルビィ、仲良くしよう」
ルビィの目が一瞬優しくなり、テオの言葉が聞こえた様に思ったのでリーンはそっと離れた。しかし……。
「……!」
剣先が離れた途端にルビィはまたリーンに襲い掛かったのだ。
「知らない言葉も多いのかしら?」
ただ身体をぶつけて来るだけの攻撃にリーンはまた冷や汗をかく。
「ふんっ……! ふんっ……! ふんっ……!」
両手を振り回す。足で蹴り上げる。噛み付こうと言うのか、頭を突き出す。超肉弾戦の単純な攻撃をかわすのは易いが、万が一当たればただでは済みそうにない。そうなればリーンの方も手を出さざるを得ない。
「痛くしないと分かんない?!」




