ダウンタイム
「な……何だ? 助かった……? でも今の声なんだろう? しすてむとか、まにゅある? とか、良く分からない言葉ばっかりで意味が分からないぞ」
『開始します』
また同じ声が聞こえて来る。
「城中の魔族が外へ飛び出したようだけど……俺たちもそうした方が良いのか……な?!」
抱き抱えたルビィの身体から目に見える程のエネルギーの放出が始まった。そのエネルギーは煙の様に、あるいは霧の様に魔王城内を満たし、満たし切ると行き場をなくしたそれは外へ飛び出して行った。
「ルビィ?! 大丈夫か?!」
ルビィは気を失ったまま、エネルギーの放出は収まらない。とうとうテオはバチンとはじかれ、ルビィの身体が宙へ浮く。
「ルビィ!」
助けようと手を伸ばすがやはりはじかれ、触れた部分がじんじんと痛む。
「テオ!」
背後からそう声を掛けたのはリーンだ。シュリも居る。当然魔王城に何か異変が起きていることは気付いている。
「リーン!」
「な……何なのよこれ……その子は……」
「ヤバいですねこれぇ~! 何でこんな派手な事になってるんですかぁ~?!」
ルビィの身体から出ているエネルギー量が尋常でないのは誰が見ても分かるが、二人はテオが気付いていない何かにも気付いた。どちらかと言えば、テオだけがそれに気付かなったと言った方が良いだろう。
「分からないんだ! 魔王城に捉えられていたこの子を助けようとしたら……」
「はぁ?! あんた一体この子を何だと……!」
ルビィからのエネルギー放出がもう一段階激しくなりシュリが吹っ飛ぶ。リーンはすぐに支えてやったが深刻な顔で言った。
「大量の魔族とすれ違ったけど襲ってくる様子もなく一目散で逃げってたわ……これってつまり自爆技か何かなんじゃ……テオ!」
リーンはシュリを抱えたままテオの腕を強引に引っ張り、二人を自分の結界内に入れて守りを固めた。
「リーン待って! まだあの子が! ルビィが!」
「何言ってんの! あれから出てるエネルギー波で吹っ飛ぶっての!」
「怖い! 怖いよー! 僕まだショタなのにー! 魔王城爆発エンドとか無理ー! こんなとこで死にたくないよ勇者さま髪の毛頂戴よーっ!」
「あたしの守護魔法舐めんじゃないわよ! 死なせないから安心しなさい!」
好き勝手に喚く二人に惑わされる事なく、リーンは強力な結界で防御を固める。
「来る……! 爆発来るわよ!」
「うわーーーんっ!!!」
「ルビィーーーーっ!!」
シュウウウゥゥゥッ……!
とてつもない緊迫、恐怖、悲壮、様々なものが混ざっていよいよ全部爆ぜる。
リーンはそう思っていた。
「……?」
「……まだですか?」
「あれ? なんかルビィから出てたエネルギーが落ち着いて……あぶないっ!」
宙に浮いていたルビィの身体は、急に糸が切れたように落下し、テオは咄嗟に飛び付いて抱き止めてやった。
爆発は来なかったのだ。
「あれ……?」
「何も起きませんでしたね」
「いやそんな筈ないでしょ! 絶対何か起こってるでしょ! そうじゃなきゃあのエネルギー一体どこへ行ったのよ!」
「さぁ? 爆発しないでどっか行ったんじゃないですか?」
「だからどこへ行ったのよ?!」
リーンは苛立たし気に、小窓から魔王城の外を眺めてみる。いつもどんよりとした雲が覆っている魔王城周辺だが余計暗くなった気がするし、少し緑掛かった霧の様なものも遠くに見えた。
「何かしら……外の様子が少し違うわ……」
『魔瘴気、始動。無効まで九十九年十一ヶ月三十日。システムはダウンタイムに入ります』
ふいに、またあの不自然な女の声が聞こえた。
「あっ! あーっ! また聞こえた! ねぇ誰?!」
「いや何に話し掛けてんのよ。たぶんだけどこの声一方的よ」
どこをみて良いのか分からず、きょろきょろと空を眺めて声に話し掛けるテオにリーンは冷静に言い放つ。
『何よ、ダウンタイム入るって言ったよね』
「いや返事すんのかよっ?!」
「さっきから外してますよ勇者さま。アウェイだと勇者さまもこんなもんなんですね~……あいたたた!」
リーンの神経を逆撫でしたシュリは、恥ずかしくて無言のままのリーンに両頬を抓られた。
「しすてむって何?! どうして姿もないのに声だけ聞こえるの?! それに魔瘴気って何?! ルビィと何か関係あるって事?!」
『ダウンタイム前にめっちゃ色々聞くやん。だる』
「ご……ごめんなさい」
人間味のないその不自然な声との会話は意外にもスムーズであり、怠いとか言う人間臭い感情も持ち合わせている様だ。
『はいはいじゃー順番にね~、最初の質問て何だったっけ? 誰? か。私はぁ~、自分でも良く分からないけど、言ってみれば魔王城かなぁ』
「魔王城?!」
魔王城から声がする事自体良く分からないが、魔王城であると言うなら少しこの状況も分かる気がしないでもない。だから姿もなく城全体に声が響き渡るのだ。
『あと何だっけ~? あー、システムが何かって……えー?! だるっ! システムの説明すんの怠いし説明出来る自信もない! まぁ要は、この魔王城を動かす為の個々の要素を組織的にしたもの? あ、割とうまく説明出来たかも知れない。ふぁぁぁ~、あと何だっけ? ダウンタイム来ちゃうから何だか思考が鈍くなってる。もう良いんだっけ?』
「わーっ! まだ色々聞きたい! どうしようリーン! 何聞けば良いですか?!」
あまりにも早いダウンタイムまでのカウントダウンにテオは慌ててリーンにパスする。
「魔瘴気って何?!」
『魔瘴気は魔王の力を使った絶対障壁。今まで魔王城に施されていた結界は魔族なら問題なく出入り出来るものだけど魔瘴気は違うって事ぉ』
「一体何の為に……っ!」
『魔王城の結界が破れるイコール、魔王が消滅する可能性が出たって事でしょ? だからそのタイミングで魔瘴気で周辺を覆って、万が一魔王が滅ぼされたら同時に覆われた部分はすべて消滅する様になってるってわけ』
つまり、死なばもろとも……と言うワケだ。
「いやそれは魔族らしい立派な考えだと思うんだけど無効まで九十九年十一ヶ月三十日とか言ってたわよね?! そんなに覆う必要ないでしょ?!」
『なんか記録によると魔王城での戦いが三日三晩続いた事があるんだって』
それはリーンも歴史で学んだ事がある。もちろんその時の戦いは勇者側が勝利した。
『そう言う事も想定してちょっと長めに設定した』
「長過ぎるっつの! 人間は百年も戦い続けられないしそもそも生きてらんないわよ!!」
『魔王的には百年とかは寝てたらすぐだから~。勝ったらひと眠り、起きたら魔王城を脱出した魔族たちが繫栄してる。負けても勇者もろとも。完璧なシステムってわけよ……ふぁぁ、もう限界……じゃぁ魔王城も百年寝るので~』
「あっ! 待って! じゃぁ魔王はまだこの城に居るって事?! ねぇ! 魔王城さん! 魔王城さーんっ!!」
ダウンタイムとやらに入ったのか、もう返事は返って来なかった。




