潜入
「良く気付いたわねテオ」
「えへへ」
「よし! あたしがあそこまで結界に触れない様に飛ばしてあげるから、あんた中からこの扉を開けてちょうだい」
「俺がっ?!」
リーンに褒められて喜んだのも束の間、リーンはとんでもない提案をして来た。
「そうよ、シュリを飛ばすわけにもシュリを置いて行くわけにもいかないし。いくら歴代最強勇者のあたしでも空を自由に飛び回る事は出来ないからね」
「でもどうやって俺をあそこまで飛ばすんです? 俺だって空飛べませんけど」
「自分には向ける事は出来ないけど、あんたに微力な風魔法を当てて飛ばすわ。間違って結界に触れちゃったらごめん」
「ごめんって……触れちゃったらどうなるんでしょう?」
「うーん、死ぬ?」
触れたらどうなるのかなんて、聞くだけ野暮であったとテオは反省する。どっちにしろ自分がやるしかないのだから。
「分かりました、俺行きます。リーンに危険な事はさせられませんから」
「こんなチート勇者になけなしの男を見せ付けてて何だか可哀想。勇者さまなら絶対当たっても死にませんよ」
「死ななくても痛い思いはするだろう!」
キリリと勇ましく眉を上げたテオをシュリが茶化したが、テオの眉はそれでも下がらなかった。
「んじゃ行くわよ」
リーンがテオに両手をかざすと、その身体がふわりと宙に浮いた。
「おわっ! わわっ」
「わぁ~! 良いな! ちょっと楽しそう!」
状況がこんな状況でなければ、空を飛ぶと言う行為は誰しもが憧れる事だろう。目の前で浮くテオを見てシュリは子供らしくはしゃいだ。
「凄い凄い! 勇者さま! あとで僕にもやって下さい!」
「気が散るから黙って。案外繊細な事やってるから」
「そんなぁ! テオだけズルいです! ズルいズルい!」
相手にしてもらえなかった事でシュリはむきになってリーンに訴えた。そしてリーンの腕を掴んで揺さぶってしまう。
「あっ! バカ!」
手元が狂ってテオは空中で大きくブレた。そして目標の窓から外れ、わずかばかり身体がその結界に触れてしまう。
バチンッ!
「んっ……!!」
声を押し殺し、テオは窓の枠に手を掛けるとどうにか中に身体をねじ込もうとしたがしっかり掴む事が出来ずに外れてしまう。だがリーンが強引にそれを風で押し込んだ。
すぐさま窓から顔を出し、無言で手を振るテオ。どうにか魔王城三階部分に潜入成功した様だ。リーンは下からそれを確認して頷いた。
「死ななかったですね」
「殺したいの?」
「まさかぁ!」
「結界の効力は見た目じゃ分からないんだから、触れただけで死んじゃう結界もあるって事。魔王城の結界が予想外に優しくって助かったわ。でも触れた時にまぁまぁの音が出ちゃったけど大丈夫かしら。勘の良いのが気付いてなきゃ良いけど」
「もうここまで来たらしばらくテオを信じて待機するしかありません。暇だからさっきのやつ僕にもやって下さ……あいたたたた!」
まったく反省していないシュリの耳を千切れる程引っ張ってやるが、確かにしばらく待つしかないとリーンはもう一度上を見上げた。テオの姿はもう見えない。
「ふわぁあやばい、魔王城に単身乗り込んでるって実は凄い事じゃないか? ずっと一人でここを目指したダレルさんってそうとうな人物だったに違いよ。来るまでに出会わなかったけどどこかで生きていたら良いな。いやそれよりもティモシー様だ。ティモシー様も結局一人で魔王城に潜入する事を選んだ。ブレイズオーブを奪ってまで……。どうしてだろう。どうか二人とも無事でいて欲しい」
先に魔王城を目指したであろう男二人に思いを馳せテオは魔王城を奔走する。しかし、それにしても下に降りる階段が見当たらない。一見入り組んだ作りには見えないのだがやはり魔王城だ。何かしら仕掛けがないとも限らない。仕方がないので一旦上に登るが、それしか道がないのだ。
「どうしよう、絶対違う気がする……あんまり遅くなるとリーンに怒られるよ。あれ? おかしいな、こっちから登って来たのに下りる階段がなくなってる? やっぱり幻覚か、潜入者を惑わせる何かが施されているんだ……」
どうして良いか分からず、テオはとりあえず行き止まりの扉を開けた。ここに来るまでにいくつか扉はあったが、中はからっぽだったり、さっぱり価値の分からない調度品だったり、食料だろうか? 中身が分からない樽が並んでいたりで魔物の気配はなかった。
だからその扉の向こうに居た人物とバチリと目が合ってしまった瞬間、テオは大いに驚いて仰け反った。
「うわあああーっ!」
中にいた人物はテオの大声に驚いてビクリと肩を竦ませ、持っていた食器を落とし、中身をぶちまけてしまった。
「ごっ……ごめん! 人が居ると思わなかったから!」
そう、人だ。それもシュリと同い年くらいの少女だ。とても可愛らしい。だけど不思議な雰囲気を纏っている。瞳も髪も見た事のない色をしていた。
まるでウサギの様に赤い瞳はその小さな顔には不釣り合いなくらい大きい。そしてその輪郭を覆うように伸びている髪の毛は銀色で、くるくると可愛らしく掛かったカールが光を反射する度にキラキラと輝く。
かなり広い部屋だったが、少女はタタミと飛ばれる極東のマットを三枚ほど繋ぎ合わせた場所にちょこんと両足を畳んで座っていた。目の前にはこれまた極東のテーブル、ちゃぶ台と呼ばれる背の低い丸いテーブルが置かれていて、その上には貧相な焼き魚の乗った皿が一枚。少女が驚いて落とした食器は茶碗と言う陶器で、中に入っていたのは米と呼ばれる穀物を水で炊いたものだ。この極東の文化は人の居住区であればそう珍しいものではないが、まさか魔王城で見る事になるとはテオは思ってもいなかった。
少女は落としてしまった茶碗を拾い、零れた米をそれに戻し始めた。
「本当にごめんね食事中に。なんか……量も少なそうなのに……」
「魚は骨を取るのに時間が掛かる。ゆっくり食べられて良い。そのうちにお腹も膨れる」
不思議な雰囲気を醸し出していたのでもしや言葉が通じないのではとも思ったが可愛らしい声でちゃんと理解出来る言葉を話してくれた事にホッとする。
それにしても、やはり食事の量が足りていないんだと思ったテオはアイテムポーチに携帯食料が入っていた事を思い出し、それを少女に渡してやった。
「味気ないかも知れないけど、お腹は膨れるよ」
「?!」
言葉はなかったが喜んでいる……で間違いなさそうである。紅潮した顔でテオを見つめるその表情はそれ以外には見えない。
「驚かせちゃったお詫び」
テオが近付き、アイテムポーチから携帯食料を出してはそっとちゃぶ台の上に置く。その一連の流れを、少女はジッと無言のまま見詰めていた。




