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23 君と見る景色(アシュリー視点)

「はー……何度見ても触っても、エマちゃんの髪は綺麗だね。サラサラで、すべすべで……」

「お褒めいただき、ありがとうございます」


 休日を明日に控えた夜。

 食事もお風呂も済ませ、のんびりとしたふたりの時間が始まってすぐ、俺はエマちゃんの髪をかし出していた。

 長く、まったく癖のない豊かな黒髪。上等な絹糸のような滑らかさは、何度触れても俺をうっとりとさせた。


「俺ね? エマちゃんのおっぱいも足もだけど、この髪も大好きっ」

「存じ上げております」

「うんっ。俺の好きなものを知ってくれてるの、嬉しいよ」


 アレクが用意してくれた俺たちの私室で、こんなふうに君の髪を梳かせる夜も最高の幸せ。

 本当は、毎朝してあげたいってお願いしたんだけどね。

 「朝の慌ただしさの中。髪にそこまで時間をかけられませんのでお断りいたします」と、真正面から言われ。

 「あれ? 俺たち伴侶同士になったよね? なんで絶賛塩対応!?」ってしゅーんとしてたら、「休日など、時間にゆとりのある時であれば」と許可をくれて、いたる現在ってやつだ。


「エマちゃんのそれ、まだ終わらない?」

「タイルの隙間は拭き終わりました。次はネジ部分です。こういった金属は錆びつきやすいと聞きましたので」

「なんつーか、剣の手入れと同じぐらい熱心だね」

「アシュリー様からの贈り物です。疎かには出来かねます」


 俺が、エマちゃんの髪を梳かすのがお決まりのように。エマちゃんは、俺の贈ったオルゴールを磨き上げることが休日の習慣になっていた。


「宝物にしてくれて、ありがとね」


 髪にキスしたら、エマちゃんの目尻に喜びが浮かんだ。

 可愛いなぁ、可愛いよ、エマちゃん。

 喜んでくれるのが嬉しくて、続けざま頬にもちゅっちゅと繰り替えす。

 しばらくされるがままでいたエマちゃんが、あんまり長くされるからか。くりっと顔を俺に向けて、唇を奪った。


「んっ?」

「手元が狂います。おとなしくしていただけますか」

「はーい」


 良いこのお返事をすると、それに被さるみたいに窓がカタカタと揺れ出した。


「風、強くなってるね。明日は馬での移動だし、これ以上強くならないといいなぁ……」

「大丈夫かと。個人的には風よりも、どんな格好で行けばいいのかのほうが気になります」

「騎士団の制服でいいよ。それが一番、伝わりやすい。……親父にはね」


 明日、出かける先は城下町の外れにある墓地。

 会いに行くのは俺の親父――正確には、墓参りか。


「で、俺の伴侶になったって伝えてよ。それだけで充分、親父も喜ぶからさ」

「……はい」


 きゅうっと抱きしめられ、胸元に顔を埋められる。


(もう大丈夫なのになぁ)


 親父の話題とか家族の話題になると、エマちゃんは自分が隣りにいても、俺が寂しくなっていないかまだ心配になるらしい。


「心配しないで? 俺、エマちゃんに幸せにしてもらってるよ」

「……はい、アシュリー様」


 それでも離れられないエマちゃんをたくさんよしよししてあげて、その日はそのまま眠りにつき。

 翌日になると風はほとんど止んでいて、むしろ久しぶりに冬の晴天になった。

 向かった墓地は城下町でも一番の高台にあり、先の革命で亡くなった者たちを手厚く葬る場所だ。


「ここは、素晴らしく眺めがいいですね」

「うん。町も城も、一望出来る場所に作ったんだ。……寂しくないでしょ?」


 言いながら、俺は少し遠くの一点を指した。


「ほんとはさ。あっちの、山の中腹ぐらいに作ろうって決まりかけてだんだ。でもこの辺りの高台は手付かずだったし、年寄りが山を登っての墓参りは大変だろうって。なるべく気軽に来られる場所のほうが、みんな来てくれるかなって。……ここなら亡くなった人たちにも、町の賑やかさが聞こえるしね」

「素晴らしい計画です」


 進んだ道の先に見えた一際立派な墓石には、今日も花が添えられていた。


「花が……」

「いつ来ても、こうして手向けられてるんだよ。母さんに聞いても、さすがに頻繁には来れないっていうから、誰かしらが墓参りに来てくれてるんじゃないかな」

「人徳がお有りだったのですね」

「俺なんかより、よっぽどあるよ」

「……アシュリー様の、そうやって自分と父親を比べる癖はなくされたほうがよいかと」

「あー……」

「お父様にお会い出来ないのは残念ではありますが、お会いしていたとしても、わたくしは比べたりはいたしません。わたくしにとって尊敬する騎士団長は、今もこれからも、アシュリー様です」

「うん……ありがと」


 いつだって、君の言葉は力強い。おかげで、自分でも気づけていなかった弱さに気づかされる。

 気づかせてくれるから、俺はまたひとつ、強くなれる。


「アシュリー様、わたくしたちの花はここでよろしいですか?」

「あ、うん、ありがと。花も選んでくれて」

「初めてお会いするお義父様です。喜んでいただけていれば、何よりなのですが」

「大丈夫大丈夫。俺に花なんぞ似合わんがなぁ、とか今ごろ照れながらも喜んでるよ」

「……そうですか」

 

 花を捧げられた墓石を、ジッと見つめる。


(親父、元気? ってのも変かもだけど……ま、あっちでも人助けしまくってんのかな。……俺さ、伴侶を迎えたよ。隣りにいる子がそうで、すごくね、強い。強くて美人。性格もいいんだ)


 真面目過ぎるほど真面目なのに、どっか天然で可愛いんだ。

 黒髪も漆黒オニキスの瞳も綺麗で、ずっと見てたいぐらいなんだよ?

 足技だけなら、きっと親父も敵わないんじゃないかな。

 あといさぎよくて、格好良くて、優しいんだ。

 悲しいなら泣いてもいいんだって、俺を抱きしめてくれるんだよ。


(一目惚れして、こっち見てほしくて頑張って頑張って、途中で心も折れたりして……でも、振り向いてもらった。そんな子だから、うんと幸せにしたいんだ。いつか俺が死んでも、充分に幸せはもらえたって言ってくれるぐらいにね)


 母さんが、今も親父をそう言うみたいにさ。


(春になったら、彼女のご両親にも挨拶してくる。お義父さんもお義母さんも良い人だって、手紙でのやり取りでも充分伝わるんだ。……すごくね、喜んでもらえてる。自分たちの末娘は、一生結婚出来ないだろうって諦めてたんだって。だから最初、紹介したい人がいるって内容の手紙が届いた時は、こんな嘘をつくまで自分たちは娘を追い詰めていたのかって焦ったらしいよ。なんか面白いご両親っていうか、さすがは信用と実績で、一代で財を成したウィルバーフォースの当主とその妻っていうかさ)


 くすっと笑うと、エマちゃんがギュッと手を握ってくる。


「ん?」

「わたくしも、ご挨拶をしておりました。よろしくお願いいたしますと。必ずわたくしがアシュリー様を幸せにすると。……今も幸せであると伝えるためには、こうして手をつないでお見せしようと」

「あはっ。うん、いいねそれ」


 俺からも握り返して、ふたりで墓ではなく、空を見上げる。

 昨晩の風のおかげで雲ひとつない晴天が眩しくて、目を細めた。


「こんな穏やかな気持ちで墓参り出来たの、初めてだなぁ……」

「そうですか」


 エマちゃんはこういう時も、ただ俺の言葉をストンと受け止めてくれる。必要以上の同情はしない。だから俺も、素直になれるんだ。


「俺もね、エマちゃんを自慢してた。で、早く君のご両親にも会いたいなって」

「手紙では大歓迎でした。むしろ、こちらからお伺いするべきなのではという意気込みでしたが……本当によろしいのですか?」

「君の国も見たいしね。いつか、こっちからご招待するよ」

「はい」


 一度、風が吹き抜ける。

 冷たいけれど、そこには少しだけ春の気配と匂いがあった。


「色んな景色、これからも君と見て行きたいなぁ……」

「はい、アシュリー様。一生――……いえ、いつか互いに死を迎えた後も、わたくしはどこまでもお供いたします」

「うん……ありがと」


 その時が来たら、きっと俺も微笑んで。

 でも、まだその時を考えるには早すぎる。


「エマちゃん、一緒に長生きしようね」

「喜んでお付き合いさせていただきます」

「大好きっ」

「……わたくしも、大好きです」


 春は、まだ少し先だけど。

 つないだ手は、重ねた唇は、心は、こんなにも温かい。


 ようやく手に入れた、まあるい温もり。

 君といつまでも一緒に持てる、優しい愛だね――。

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