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22 騎士として、恋人として、伴侶として

「だーかーら! お前もいい加減、伴侶を決めろって!」

「先に決まったからって、そういうの押し付けないでくれない!?」


 私とアシュリー様が伴侶となると宣言したのは、つい数日前。

 まさかそういう仲になっていたとは知らない団員たちや城の者たちは、総じて度肝を抜かれていた。


 直後、多くの女性陣が悲鳴をあげたのは、やはりアシュリー様の人気の為せる技。申し訳ないと思いつつ、この場所は誰にも譲れないとアシュリー様に伝えたところ。

 「あの悲鳴は、君に伴侶が決まったことにだよ」と言われ頭上に「?」が浮かんだが、「みんな笑顔になってたんだし、喜んでればそれでいいの」というお言葉に納得も出来た。


 その日の夜には城下町まで噂は広まり、そうなったらなったで、次は国王陛下も! と、期待し出すのも当然で。


「僕には僕のタイミングがあるんだ!」


 ……当の本人は、このように全力で逃げているわけですが。


「そもそも、相手もいないのに出来るわけないでしょ!」

「言うと思った! はいエマちゃん、例の物!」

「陛下、こちらをどうぞ」


 日も暮れた、本日最後の執務時間。

 アシュリー様の補佐役となった私は、持っていた書類の束を机の上にドサッと置く。


「……何これ」

「近隣に限らず、交流があるなしにも限らず、各国から集めた陛下に相応しいであろう家柄のお嬢様たちの履歴書になります。手際よく行きましょう」

「肖像画は!?」

「陛下におかれましては、女性はみな同じ顔に見えるとお聞きしました。ならば見る必要もないのではないかというわたくしの判断により、時間短縮も兼ねて今回からこの形式を取らせていただきます。ひとりにつき、二枚つづり。一枚目が家柄や性格、趣味、特技といった項目が。二枚目は健康面についてです。さあ、お選びください」

「いつの間に……!? ふたりで共謀きょうぼうし合うなんてひどいよ!」

「ひどくはございません。また、男性が死ぬまで童貞であろうとも、それは個人の自由です。結婚せず独身を貫くのも同様ですが、グーベルク国の国王陛下ともなれば結婚し、子を成すのもお役目のひとつかと。もちろん、それが恋愛結婚であればなおよいですが、それも出会いがなければ発展もございません。そのためのお見合いなのですから、文句を言わずに目を通してください。これに関して異論は認めません」

「エマが本気出して来た……!」


 逃げないよう椅子の後ろから首根っこも掴んでいると、アシュリー様が「素敵!」と拍手喝采。

 

「こういう時の、アレクを陛下とも思わぬエマちゃんの塩対応、ほんといい! 痺れるー……!」

「アシュリー様。わたくしは、陛下を陛下として対応しております。なぜならこの件は、国民の願いでもあるのです。年頃になっても恋人を作らず女性と遊びすらしないとなれば、誰もが心配するのは当然かと。世襲制ではないにしても、陛下のお人柄を考えればその子供に期待するのは当然の結果。そのためにも、ある程度の条件を満たした女性を取り揃えたのです。ご理解いただけたのならば――」

「長い! さっきから話が長いよエマ……!」

「今すぐ伴侶をお選びください」

「手短で嫌だ!」

「わたくしにどうしろと……」

「あはっ、あはははっ……!」


 ソファーで大笑いするアシュリー様を陛下は机に突っ伏しながら睨んだ後、履歴書を手に取った。


「興味ないなあ……」

「そうはおっしゃいますが、あらゆるタイプを選んでおります。数名を選出していただければセッティングはこちらで行いますし、選出していただければ陛下がどういう女性が好みかも分かるというもの。……いまさらですが、陛下はどのような女性がよろしいのですか?」

「包容力があって健康的で……年上とか?」

「熟女がお好きとは……」

「その言い方だとなんかあれだけど……仕事以外では僕、自分の奥さんにはうんと甘えたいし……。年下より、年上のほうが受け止めてくれるかなーって……」

「わたくしはアシュリー様より年下ですが、しっかりと甘やかしております」

「あ、そうか。じゃあ、やっぱり性格なのかな。こればっかりは、しばらくはお付き合いしてみないと」

「ですから、こうして出会いの場を作ろうと――」

「エーマちゃん、そこまでにしとこ。むしろ、こういうのは羨ましがらせるほうがいいかもよ」


 ぎゅーっと真正面から私に抱きついたアシュリー様が、「どうだ!」とばかりに陛下を見た。


「伴侶がいるって最高よー? 日々楽しもう頑張ろうって気になるし、夜も充実するしさ」

「夜って……」

「そりゃもう、愛の巣での営みでございますよー。明日はお休みだし、今夜はたくさんしようねっ」

「はい、たくさんいたします」

「君まで言う!?」

「事実を伝えたまでですが」

「こういうのをさ。経験したくないっていうなら、俺もせっつかないよ」

「……したいに決まってる」

「ぅんじゃ、真面目に考えなよ。いいと思うよ、俺とエマちゃんを見て羨ましいってきっかけもさ。……てことでエマちゃん、部屋に帰ろ」

「はい、アシュリー様」


 差し出された手に手を重ねれば、握りしめられる。

 途端に、「いいなぁ……」という呟きが届いた。


「陛下も手をつなぎたいのですか? でしたら、こちらの手は空いておりますが」

「あ、ううん、そういう意味で言ったわけでもなくて。あと、そういうことは言わないほうがいいよ」

「なぜでしょうか。空いているのは事実です」


 左手を差し出すと、繋がれていた右手をグイッと引っ張られる。


「行くよ、エマちゃんっ。アレクも文句ばっか言ってないで、それ、目を通しておきなよね!」

「はい……頑張ります……」


 履歴書の束をげんなりと見つめる陛下へ頭を下げようとしているのに、問答無用でまた引っ張られてしまう。廊下に出てもそれは変わらず、アシュリー様は私の腕を掴んだままズカズカと歩いていた。


「アシュリー様、もしや怒っておられますか」

「…………」

「申し訳ございません」

「なんで怒ってるかも分かってないのに、謝ってんな」

「…………はい」


 私室に戻ると、アシュリー様がソファーへ乱暴に腰かける。

 この状況では、いつものように隣へは腰掛けられない。


(いけませんね……)


 伴侶になると決まっても、私の性格は変わらずだ。男女のことわりも分からない。

 少しずつアシュリー様に教わっているとはいえ、こういう場面での対応、言葉がまったく浮かばず黙るしかなくなってしまう。


「……エマちゃんはさ、俺の伴侶なの」


 ポンッと座面を叩かれ、少し距離を開けて隣に座る。

 と、すぐにもう一度座面を叩かれ今度こそいつもの距離感で座ると、ぎゅうっとしがみつかれた。


「そうだよね? 決まったよね?」

「仰る通りです」

「なのに、他の男に手を握らせようとすんなってば」

「あれは、三人で仲良くという意味で――」

「だとしても駄目なもんは駄目! 俺のエマちゃんなんだから、ああいうのはやだ!」


 そういうことでしたか……。

 私は、アシュリー様を拗ねさせてしまったのだ。


「申し訳ございません」


 後ろ髪を優しく撫で、機嫌を戻してもらうべく、こめかみや額、髪の生え際に軽くキスを落とす。


「……面倒くさいね、俺」

「今回の件は、わたくしの軽率な行動の結果です。責められるのは、わたくしかと」

「んなわけないじゃん。……エマちゃんは、アレクの言葉を素直に受け取っただけだし。そういうところがエマちゃんで、らしくて俺も好きなんだ」

「お優しいアシュリー様」

「……優しくないってば」


 顔を上げたタイミングで、唇を重ねる。

 驚いて瞬きした後、笑顔になるアシュリー様が可愛らしく、ふっと私も表情が緩んだ。


「悔しいんだけどさ。エマちゃんの、そのいちいち素敵な騎士様な対応にも俺、メロメロなのよ。ぅんでも手をつなぐのは、よっぽどの理由がない限り俺とだけにしてね」

「かしこまりました」


 約束だと指切りしてから、アシュリー様が私の胸へ顔を埋める。

 なのに、表情は浮かれていなかった。


「布を外しますか?」

「それで難しい顔してたんじゃなくて、アレクにも困ったもんだなぁって。あれでなかなかのロマンチストだからさ。出会い方はどうあれ、ちゃんと恋愛したいとか思ってるわけでさ。俺もそれには賛成しても、問題は小さい頃から国をいかに立て直すかだけを考えて来たせいで、どうにも女性に免疫なくて……」

「わたくしたちが目を光らせていないと、冗談抜きで騙される可能性が高いのですね」

「そういうこと。だから出来れば、お見合いとかで最初から身元がはっきりしてる相手が俺としてもいいんだよね」

「今回の中で、選んでいただければよいのですが……」

「いやー……今回の履歴書も全部バツついて戻ってくるんじゃないかなぁ。そうなった時ように、また集めてもらえる? 次は年上も入れてみようか。今まで、年下ばっかり選んでたからね」

「承知いたしました。陛下にも夜、愛を伝え合う相手を必ず」


 そう誓いを立てていると、アシュリー様が両手を広げているのに気づく。

 抱き上げて膝の上に跨がせる、この体勢がアシュリー様のここのところのお気に入りだった。


「もうさ、今日はこのままいたしていいんじゃない?」

「いけません」

「えーっ、なんでよー……」

「夕食も湯浴みもまだなのです。今日はわたくしも汗をかきましたので、許可しかねます」

「じゃ、キスだけ」


 軽いキスは徐々に濃厚になり、息が弾む。


「アシュリー様……」

「わかってる。でも、もうちょっと……」


 角度を変えながら繰り返されるキスに、夢中になるのは私のほう。

 舌を差し込もうとしたタイミングを見計らっていたのか、ゆっくりと唇は離れた。


「……ここまででしょ?」

「意地悪なアシュリー様」

「続けたいけど確かにお腹も空いてるし、俺も汗流したいしね」

「お背中お流しいたします」

「やった……! あとさ、今週も俺、お仕事頑張ったよ? ベッドでご褒美奮発してね?」

「存分に」

「じゃあ早く!」


 立ち上がり、また握りしめられた手を握り返せば、眼下に広がる満面笑顔。


「そうだ。今、先に渡しちゃおうかな」


 部屋の隅に置いてある箱からアシュリー様が取り出したものに、目を見張る。


「あの夜と同じ花はもう売られてなくて。それはまた売られる時期になったら、改めて贈るよ」


 はい、と渡されたミニバラのブーケ。


「ありがとうございます……」


 あの日の悲しみが、喜びに塗り替えられて行くのを感じられた。

 散った花びらを、せめて保存できないかと乾燥を試みたものの、上手く行かずに枯らせていたのだ。まるで、あの花たちが戻ってきてくれたような喜びでもあった。


「あともうひとつ」

「そんなにいただくわけには……。わたくしは、これで充分です」

「言うと思った。ぅんでも、これも君のために町で買ったんだよ。ずっと贈りたくて……」


 差し出された袋から出てきたのは、赤やオレンジ、白と、色とりどりのタイルが貼られている木箱。

 蓋を開けば、優しいメロディが流れ出す。


「オルゴール……」

「秘密基地で、君から乱暴に取り戻しちゃったやつ。捨てるに捨てられなくて……」


 町で噂になっていた、アシュリー様が買ったというオルゴール。

 知らない誰かではない、私に贈るためのものだったとは……。


「これもね。今度こそ受け取ってくれる?」

「っはい……はい、アシュリー様……」

「あの時は悲しませてごめん。花にも君にも罪はなかったのに、俺の未熟さで……」

「……いいえ……わたくしこそ……」


 花を潰してしまわないよう、そっと抱きしめる。


「嬉しいです……。どちらも大事にいたします……わたくしの宝物です」

「ん、俺も嬉しい。……でさ、ひとつお願いがあるんだ」

「わたくしに出来ることなら、なんなりと」

「エマちゃんにしかお願いしたくないよ。……君のご両親へ、ご挨拶に行くって話。それは冬が終わってからだけど……先に、俺の親父の墓参りへ一緒に行ってほしいんだ」

「え……?」

「親父にも、お前も早く結婚しろとか孫を抱かせろだの言われてたからさ。……君の顔見せたら、ホッとするんじゃないかなって」

「……喜んで」


 頬に合った手が項に回り引き寄せられ、唇がふわり、重なった。


「エマちゃん、俺の可愛い伴侶。……大好きで、愛してるよ」

「はい、アシュリー様」


 それはわたくしもです。

 それは一生、変わらぬ想いです。


 これからもアシュリー様の補佐として。仕える騎士として盾として、愛される恋人として。何より伴侶として、ずっと、貴方の傍で私は努めよう。

 私を生涯の伴侶に選んでくださった、貴方のために。

 その金の髪を撫でるのは私だけであり、子猫キトゥンブルーの瞳に愛しい人として、映してもらえるように――。

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