21 凛々しくて可愛い伴侶を持つ幸せ(アシュリー視点)
「エマちゃーん、もっとー」
「では、また口を開けてください」
「あー……んっ、美味しい! エマちゃんが作ってくれて、食べさせてくれるスクランブルエッグが俺、一番の好物っ」
「まだ食べられますか」
「うん!」
大きく口を開けてスプーンを迎え入れていると、横やりが入る。
「――失礼。僕、いつまでこのイチャイチャ見てないといけないのかな。ていうかエマって、そういうことするタイプだった?」
「アシュリー様以外にする予定は、今後もございません」
「俺も、エマちゃんにしかしてほしくないよ」
伴侶になると約束し合って、さらに数日後。
ソファーできゃっきゃうふふと甘えまくっているのを、なんとなくで様子を見に来たアレクにここぞとばかり自慢する。
「羨ましいだろー」
「……羨ましいです。僕だって、恋愛したくないわけじゃないんだからね」
「アレクも、本気出せば意外とすぐに見つかるんじゃない? 城下町、練り歩いてみれば?」
「練り歩くのはさすがにちょっと……。でも、うん。もう少し、意識して歩いてみるのはいいかもね。もしかしたら光って見える子がいるかも」
「そうそう。そういうの大事よー。俺も付き合うからさ」
「アシュリー様も女性を見て歩くのですか?」
「うん。アレクが、間違っても悪い女に引っかからないようにしないと」
「確かに、うっかり引っかかりそうです」
「待って! 僕のその手の評価って、そういう感じなの!? 国王なのに!?」
「国王陛下としては大変すばらしく、尊敬し、忠誠も誓っておりますが。ひとりの男としての評価はそうなります。陛下は色々な意味で、女性に免疫がなさすぎかと」
「免疫って……」
「女性に対しての本人の価値観もあるでしょうが、事前に止められる問題を止めるのもわたくしの務め。……しかしアシュリー様も一般の方との経験がなく、陛下にいたっては完全なる童貞というのは、この国には何かしらそういう規則があるのですか?」
「辛辣……!!」
「流れ矢が俺にも飛んできた!」
などと。真っ直ぐな正直さに撃ち抜かれ、苦しむ俺とアレクを窺うエマちゃんの表情も気になる。
「エマちゃんも苦しそうなのなんで?」
「…………」
「なーんーで?」
「……わたくし以外の女性を凝視するのかと想像したら、胸が痛みました」
「エマ、言い方! いくらなんでも凝視はないよ!」
「見つめると凝視は、ほぼ同義語だったかと」
「ほぼの部分が大事――」
「やだもう、エマちゃんのヤキモチ可愛い!」
「えーー!?」
呆れるアレクをよそに、むぎゅっとおっぱいに顔を埋めてスリスリ開始。
「硬いかと」
「硬くても、これは俺のものとなればまったく別! ていうか大丈夫! 俺がそういう目で見るのはエマちゃんだけ! こんな、どこもかしこもドンピシャな子、他にいません!」
「……はい、アシュリー様」
すりっと俺の髪に頬ずりしてくれるエマちゃんに、ふぉぉぉっ! てなる。
エマちゃんの、こういう控えめな好意の示し方って、とにかくもうたまんなくなるんだよ……!
「エマちゃん、エマちゃんっ。俺、ほんと大好きだからねっ」
「あ……」
服越しだろうと硬い胸だろうと構わず胸の谷間に鼻先を押し当てて、深く何度も深呼吸。
「息がくすぐったいです」
「こういうのも覚えていって?」
「……はい、アシュリー様」
「素直な君も好き!」
「あのさぁ……。僕の存在忘れてない? 大丈夫?」
「忘れてた」
「だろうねっ」
なんて言う割に、アレクは呆れるどころか良かったねと嬉しそうに顔をほころばせていた。
「早い内に、ふたりの私室を僕の部屋近くに用意しよう。一番の側近だ。近くにいてくれるほうが、何かと便利だしね」
手を振り退出するアレクを見送ってすぐ、エマちゃんがベッドへ促してくれる。
「もう起きてて平気よ? じーさんにも日常生活に戻っていいって許可もらえてるし、実際、昨日からは通常運転だし」
「休憩時間とは、休憩するためにあるのです」
「してるってば」
「昨晩の消灯時間後は、何をされていましたか」
「寝てましたよ?」
「……夜遅くまで、部屋の明かりは点いておりましたが」
「なんで知ってるの!?」
「嫌な予感がしたので裏庭に周り窓を確認したところ、カーテンの隙間からわずかに明かりが」
「それはー……ですね。どうしても、次の会議までに読んでおきたい資料がいくつかあって……。時間足りなくて……」
「…………」
(こ、こえー……!)
知らなかった!
明らかに俺が悪い時のエマちゃんって、愛が終わったのかと錯覚するほど、ひえっ冷えの視線送ってくるね!?
そういう君も好き! ――とは、さすがに言える雰囲気でもなく。
「まだ言い訳があるなら聞きますが」
「いえ、ありません」
「ならばどうぞ」
改めてベッドを指し示され、ここは素直に従うのが得策とブランケットに潜り込む。
「無理をしないといけない日があるのも承知しております。ですが、休める時には休んでいただかないと困ります。今はとくに病み上がり。夜だけでも、時間どおりに寝てください。休むのも大事だと教えてくださったのは、アシュリー様なのです。という理由のもと、昨晩休めなかった分を取り戻していただきます」
「俺、眠くな――」
「取り戻していただきます」
「……はい、寝ます。ごめんね、エマちゃん」
ポンポンと隣を叩くと、ベッド端に腰かけてくれる。
「俺の補佐になるって、もう噂になってるみたいだね。嫌味とかない?」
「まったくないとは言いませんが、今に見てろという意気込みを感じますので、嫌な気分にはなっておりません」
「さすがは、アレクが認めた人間だけが入れる騎士団よねー。みなさん性格も非常によろしい。俺以外は」
「アシュリー様もです。そうでなければ、騎士団長にはなれません。皆、アシュリー様が騎士団長であることにも誇りを持って勤めております。もちろん、わたくしもです」
「……ん、ありがと」
優しく髪を撫でてくれると、それだけでもうなんかアレです。ふわふわ、とろとろとした気持ちよさに襲われる。
(アレクもいない今なら、キス、強請っていいかなぁ……)
就業中は、健康云々以前に許してくれるエマちゃんじゃないのも承知してる。でも今は、こうして休憩してるわけだし……。
「ところでアシュリー様」
「ん……?」
「わたくしが処女なのはご存知かと。それはよろしかったのでしょうか」
「ぶほっ……! な、何よいきなり!!」
こっちが飛び起きても、エマちゃんは淡々と話を続けた。
「寝ているアシュリー様を眺めているうちに、わたくしも隣で寝る日も来るのかと思い至り。その場合、何かしらいたした後なのではと予想したのです」
「そりゃどうも! でも俺、処女とかそうでないとか気にしないって伝えてあるし、つか処女は嫌って言ったらどうするの!?」
「他の異性に貫通させたくはありませんので、自分でどうにか」
「やーめーてー! 俺が責任持って貫通させるから……! ちゃんと気持ちよくさせるから! ていうか貫通って言い方!」
「また違いましたか」
俺の騒ぎと対象的なエマちゃんの冷静さに、最後はがっくり来る。
「エマちゃんの淡々と冷静なとこは魅力的だし大好きでも、セックスの時はもっとこう、情熱的っていう部分がほしいかもよー……」
「それは心得ております」
「え、ほんと?」
「わたくしがアシュリー様を押し倒し、腰に跨げばよろしいのでは」
「よろしいけどよろしくない!」
やっぱ駄目だ……!
ガチガチの思考っていうのか、この子ったら見たまま聞いたままを受け入れすぎる!
「エマちゃんは何も知らない。俺も恋人はいなかったけど、経験はそれなりにあります。相手がプロだけに、女性の体については勉強させてもらってますっ」
「はい」
「初々しさに興奮するとか大胆なのに興奮するとか、それは俺、どっちもある。あるんだけど、何も知らないエマちゃんが無理にそういうのは嫌だ。ふたりで探り合って、それからがいい。俺もたぶん、しばらく戸惑っちゃうしね」
「戸惑うのですか?」
「だって、セックスにまったく慣れてない体だよ? どう加減すればいいのかなーとかは、正直心配」
「加減など必要ありません。わたくしは、わたくししか知らないアシュリー様が欲しいのです」
「そんなふうに言われたら、それこそ興奮しちゃうー」
「もう興奮されても問題ないのでは」
……これってお誘い?
いやでも、エマちゃん天然だもんなぁ。なーんにも考えてない、「問題ない」だろうなぁ……。
(でも……)
ぽふっと、また胸に顔を埋める。
「……じゃあさ。この間の続きしない?」
「続きとは」
「キス。俺、もう興奮しても平気なぐらい元気になったもん」
「…………」
……あれ? いつもなら、こんなに間を作らないぞ。
さすがに勢いに任せて、急なお誘い過ぎた?
「えっと、キスもその後もいっぺんにするより、段階を踏まえたほうが君にもいいかなって」
「…………」
俺、間違ってないよな?
でも今の言い方だと、結局やりたいだけって結論になってる?
「やっぱり今のなしっ。俺、これに関しては受け身でいるよ。エマちゃんがいいよって言うまで、ちゃんと待つ。それなら君も――」
「違います。返事に迷ったのは、わたくしがキスの仕方を知らないためです」
「知らないと返事に迷うんだ」
「先日は、そこまで頭が回りませんでした。ですが今は……アシュリー様が、つまらない思いをしないだろうかと……」
「それはない!」
「でしたら……お任せしてもよろしいのでしたら、わたくしは……」
エマちゃんの頬が、薄っすらと色づいた。照れ隠しで伏せられた瞳と、震えるまつ毛を見た途端、頭の天辺に雷が直撃したのかってほど、ビビッ! と体が痺れる。
(うぉー、マジかー。キス待ち顔見ただけで興奮しちゃうとか……)
「……されないのですか?」
「するっ、します!」
安堵のため息と一緒に、瞳を閉じる仕草とかね。グッと来るし、可愛くて可愛くてたまんない。
(エマちゃんのこういう可愛さは、俺だけのっ)
俺には、ちゃんと表情が見えるんだもん。
俺には見せてくれてるんだもん。
ずっと、そういう君が欲しかったんだ。
「大好き」
「……はい」
ふっくらとした唇に、トンッと唇を当てる。
これが、俺とエマちゃんのファーストキス。
どうかな? 君は今のキスで、何か感じるものあった?
まだうつむいたままの顔を覗くと、まつ毛がさっきよりも震えてる。視線を落とせば、指も震えていた。
「今日は、ここまでにしておこうか」
閉じていたまぶたが、パチッと開く。顔が近過ぎても驚きはせず、視線はまったく逸らされない。
「俺、充分よ?」
「……これ以上を、わたくしは求めます」
「ふぉっ!?」
突然、頬を両手で鷲掴みにされ、上向かされる。
「んんー……!?」
ぶちゅーっ! て音が聞こえる勢いでキスされてんですが、これ、男女の立ち位置逆じゃね!?
いやまあ、座っててもエマちゃんのほうが、俺より顔の位置は上なんだけどもね!?
「んぅっ!?」
マジか! 舌入れてきた!
「ん、んんっ!」
「……っ、アシュリー様……暴れないでください」
「いや、だって! なんかこれだと――」
だーかーらー!
これだと俺が奪われてる感がすごいって言いたいのに、なんでそうも激しいの!
(舌の動かし方、まったく分かってないのもなんか可愛いし!)
唇は押し当ててるだけで、舌は口内を撫でる程度。絡めるってことを、彼女は知らないらしい。
これはこれで萌えるとはいえ、イニシアチブを取られたままは男の沽券に関わるわけで。軽くトントンと背中を叩くと、塞がれていた唇はしっとりと離れた。
「自分ばっかり求めないで。キスもそれ以上も、相手がいてこそだよ」
「あ……」
失敗したのかと不安げな目元を、やんわりと撫でる。
「頑張ってくれて、ありがとね。……次は、俺にもさせて?」
「――……ン、ぅ?」
今度は俺が、エマちゃんの口内を舌で撫でる。
こうするんだよ? 分かる?
なんて教えながらのキスも、長すぎるのもよくないかな。いったん唇を離すと、ぎゅうっと抱きしめられる。
「どしたの?」
「……苦しくて」
「ちゃんと息してたのに?」
「そういう苦しさではなく、アシュリー様があまりにも愛しく……胸の奥が……。こんな気持ちも初めてで、抱きしめたくてたまらないのです」
「俺も。……だからこういうの、俺ともっとしてくれる?」
「では脱ぎます」
「ひぇぃっ!?」
ためらいなく、エマちゃんが自分のシャツをたくし上げ出す。
腹チラどころか胸を巻く布まで見えたもんだから、大慌てでその手をガッ! と掴んだ。
「自分大事に!」
「意味が分かりかねます。アシュリー様はこの体を欲し、わたくしも望んでいるのです。その上でもっとと言われたのであれば、ここでのわたくしの正しい行動は服を脱ぐかと」
「君って子はー……!」と、心で叫ぶ。
でも俺は、こういうエマちゃんも大好きで。感情の振り幅が、彼女の前でだけ猛烈に荒ぶる自分ってのも、実は好きになってたりして。
「今日はキスだけで充分。もっとはまた今度。ちゃんとね、お互いに準備が必要でしょ」
「準備……」
「明日が休みの日とか、部屋の雰囲気作っておくとか……気持ちとか。俺、ちゃんと君を迎え入れる準備をしたいのよ」
「その日がいつかは、聞いてもよろしいのでしょうか」
「やっぱり週末? 三日後とか……だと早すぎるかな」
「いいえ、早いほうが嬉しいです。どんなふうに過ごすのですか?」
「夜、俺の部屋に来てもらって……あ、エマちゃんってお酒飲めた?」
「嗜む程度には」
「じゃ、お酒飲んでのんびりしつつ、自然な流れでって感じで。次の日は休みだし、好きなだけ寝てベッドの中でいちゃいちゃもする」
「楽しみにしております」
「俺も」
自然と寄り添い俺がエマちゃんの肩に頭を預けると、おでこにキスしてくれる。お返しに、俺は頬へ。唇が重なっても濃厚ではなく、優しいキスの贈り合いだった。
(これ、夢じゃないんだよなー……)
……そうだ。
忙しくてちっとも行ってなかった親父の墓参り、近いうちに行こう。
エマちゃんと一緒に行って、紹介しなきゃ。
俺の伴侶だよ、親父。
これからは彼女と一緒に、アレクを、この国を、みんなを守るよ。
そう、伝えに行こう――。




