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20 伝える想い、伝わる想い

「おはようございます、アシュリー様」

「……おはよーございまーす」


 朝の食事の時間帯、アシュリー様の私室へ朝食を持ってご挨拶に伺う。

 そのままお世話をして自分の職務に戻り、昼食を運びまたお世話をして職務に戻り。夕食を運びお世話をして、夜の自由時間は彼に役立ちそうな本を探す。

 それが、アシュリー様が目覚めてからの私の日課となっていた。


「朝食をお持ちいたしました。こちらのテーブルにいらしてください」

「……うん、ありがと」


 ベッドから体を起こしたアシュリー様の頭には、まだ痛々しく白い包帯が巻かれていた。

 金の髪にその白が映えるのが、また悲しい。


「本日のご気分はいかがでしょうか」

「もう傷の痛みにも慣れたし、平気。そもそも、俺はひとりで自分の世話が出来るんだ。両手を骨折したわけでもないし、だから――」

「包帯をお取替えいたします」


 続くであろう「もう来なくていい」を言わせないため、わざと言葉に言葉をかぶせてしまう。


「いただきます」


 言い返す気力も失せたのか、食事を始めたアシュリー様の背後に立ち、包帯を巻き直す。


「先生が、経過は順調だとおっしゃっておりました。アシュリー様が助けてくださったあの少年も、毎日様子を尋ねに来ておりますが、元気であると伝えるとホッとしております」

「出歩けるようになったら、真っ先に会いに行くよ」

「間違いなく喜ばれるかと」


 シーツやピローケースを取り替え、軽く室内の片付けも終える頃。フォークが置かれる音が聞こえた。


「ごちそーさま」


 ベッドへ戻るアシュリー様に、処方されている薬を手渡す。続いて、洗面器にお湯を張ってタオルを絞った。


「体を拭きますので、脱いでいただけますか」

「……それだけは絶対やだってば」

「ですが――」

「やだったらやだ。今日も自分で拭くし、もう俺の世話もいらない」


 私の手からタオルを奪うとアシュリー様はシャツの下に手を入れ、自分で拭き出してしまう。


「……わたくしがお世話をするのは、ご迷惑でしょうか」

「じーさんやアレクが、俺の世話はエマちゃんにさせるって言うんだもん。断固拒否したのに、国王命令とか言い出されちゃ……。数日だけならって頷いただけで、その数日はとっくの昔に超したよ」

「完治するまで安心出来ません」

「後遺症の心配はないっていうし、傷だって順調に治ってるんだ。いまさら様態が急変なんてないし、じーさんの助手もいる。君でなきゃいけない理由なんてない」

「ですが、わたくしを守ったせいで……」

「俺は、相手が君でなくても同じ行動は取ったよ」

「承知しております。それでも、あの時あの場所にいたのはわたくしです」

「結果論で話すのやめて」

「……申し訳ございません。では、部屋の外で待機させていただく方法ではいかがでしょうか。何かご用があれば、いつでもお声がけを。わたくしは、少しでもアシュリー様のお役に――」

「やめてよそういうの!」

「…………」


 しまった、と顔をしかめたアシュリー様。表情だけでなく、口も手で塞いでいた。


(上手くいきませんね)


 感謝されたいわけではない。

 心配でお傍にいたいのに、努める全てが余計なお世話になってしまう。


「昼からのお世話は、他の方へお願いするようにいたします。図々しく、申し訳ございませんでした」

「じゃなくて……君は悪くなくて……」

「いいえ、悪いのはわたくしです。正しさは、いつだってアシュリー様の元にございます」

「ぅんなわけないじゃん……」


 ハーッと、長い息がシーツの上を滑る。


「俺が、また勘違いしちゃいそうなんだ」

「と、申されますと」

「……伴侶同士にはなれなくても、せめて騎士団長と団員として良い関係になれればって決めたのに……こんな優しくされると、俺、馬鹿だから。君と伴侶になれるかなーとか、考えそうなのよ」


 まさかの告白に、小さく息を呑む。


「しつこくて悪いと思ってるよ。……でも、ごめん。すぐにはどうしても、君を想う気持ちを終わらせられない。だから団員として以外は……私的な部分では近づいてほしくないっていうのが、正直なところなんだ」


 なんという……。

 私はまだ、アシュリー様に求められているのだ。

 受け入れていただける可能性が、まだ残っているのだ。


(まさか告白する機会を、このような形でいただけるとは……)


 久しぶりに心が、体が、喜びで苦しくなる。


「これも言うつもりなかったのになぁ……。ほんとごめんね? 君が、これからも騎士としてアレクのために努めてくれたら嬉しいし、俺もこの話はこれでおしまいにするって誓う。勘違いもしない。約束するよ。だから――」

「勘違いではございません」

「え?」

「伴侶になりたいという意味での好意を、わたくしはアシュリー様に抱いております」

「…………」

「…………」

「――いやいやいや、そういうのはさ。あれですよ」

「どれですか」

「これは夢ですとか、そういうあれですよ」


 アシュリー様が信じないのも頷けた。

 話の流れも読まず急展開であり、軽い展開にもなってしまったのはいなめない。


「現実だと、どうすれば信じていただけるのでしょうか」

「んーと…………エマちゃんからのチューとか? 普段なら、絶対しそうにないし」

「それが貴方の願いならば、叶えましょう」

「は――……い?」


 チュッと頬にキスを。


「…………」

「アシュリー様?」


 ぽかーんとしている相手に、もしかしてキスが軽すぎて気づいてもらえなかったかと、今度はしっかりと唇を頬に当てた。


「いかがでしょうか」

「…………」

「アシュリー様!?」


 ふらーっと後ろに倒れる体を、肩に腕を回して支える。


「気分が悪くなられたのですか!?」

「……逆。良すぎて意識が遠のいた……」

「キスで、でしょうか」

「うん」


 アシュリー様がちゃんと座り直し、しっかりと視線を重ねてくる。

 こんなふうに、目を見て話せるのはどれぐらいぶりだろう。目覚めてからのアシュリー様は、仕事の会話中ですら私からわずかに視線をそらしていたのだ。


「いつから変わったの?」

「尊敬と憧れを持っていた相手ではありましたが、貴方の寂しさに触れ。ラブレターの件でひどく心が痛み……。なのにわたくしが恋を知らなかったせいで、普段通りすべきことをしようとした結果、アシュリー様を傷つけてしまいました」

「うん、すっごい悲しかった。君の行動は正しいだけに、どうしようもなくて……決定打は?」

「熊を相手に倒れて……目を開いてくださらないことで」

「それでおしまい?」

「……?」

「俺への想いとか俺とどうなりたいかを、君は言ってくれてないよ」

「…………」

「言ってくれないんだ?」


 笑うと、愛くるしさが顔いっぱいに広がる。しかも私の腕を、「ねえねえ」と催促するみたく軽く突く。

 この人は自分の可愛らしさを分かっていて、こういう態度も取る人なのか。


「どう言えばいいのか……」

「君らしく伝えてくれればそれでいいよ」


 私らしくとは?

 いつもの対応だと、たんに「好きです」で終わってしまう。


(しかしそれでは、あまりにも味気ないのでは……)

 

 髪や瞳を褒める?

 いいや、それは「俺への想いとか、俺とどうなりたいか」の正解ではない。

 考えれば考えるほど迷宮入りして、熊を相手に剣を振り回すほうがよっぽど楽な気がしてきた。


「……エーマちゃん。手、貸して」

「こうでしょうか」


 差し出せば、手の平へチュッとキスしてくれる。


「俺ね、エマちゃんが大好き。ほんと好きよ? 君は、俺を好きになってくれた?」


 やはり、アシュリー様はお優しい。

 私が答えやすいよう、こうして促してくれる。


「っはい……とても……」

「とても?」

「……お慕い、して……おります」

「俺の伴侶になってくれる?」

「喜んでお引き受けいたします……」


 初めて、耳まで熱くなる感覚。

 もしかしたら顔が赤いのではと顔を背けるのを、アシュリー様は無理に引き止めずにいてくれた。

 代わりなのか、握っていた手に柔らかな感触が何度も触れる。人の唇とは、こんなに柔らかく熱いのだとこれも初めて知り。

 高鳴る心音がはっきり自分で聞き取れ、ともすれば心臓の位置が耳の傍まで移動したのではと心配になるほどだった。


「いけません、アシュリー様。そんなふうにされては……わたくしは、もっとアシュリー様を好きになってしまいます……」

「うん、なって。君の中の、俺を好きって感情を止めたりしないで」

「……っ」


 手の平と指先、手の甲とキスは続く。

 くすぐったくて気持ちも良くて、これもまた初めての感覚だった。


「ずっとね? 感情のこもった好きを、君から聞けたらいいなって……そういう君は可愛いだろうなって想像はしてたけど、想像はやっぱり想像だね。全然違った」

「それはそうかと。わたくしに、可愛いという言葉は当てはまりません」

「ちっがーう。今の君の表情、肖像画に残したいぐらい可愛いのっ。……でもなぁ、画家にこの顔を見せたくはないしなぁ。やっぱり今、自分の目に焼き付けるしかないか」

「アシュリー様……っ」

漆黒オニキスの瞳が潤んで綺麗だね。俺だけの宝石だ」

「……もう言わないでください」

「見つめられると照れる気持ち、分かったでしょ?」

「はい……」


 好きである相手に見つめられたり素直に褒められると、こんなに恥ずかしいものなのか。

 手に贈られるキスを受けながら悲しみではない涙が滲みそうなのを堪えていると、また視線を感じる。

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