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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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リアージュの入学式前日

 入学式の8日前、ヒィー男爵家の本宅を約9年ぶりに訪れたヒィー男爵は亡きヒィー男爵夫人が産んだ一人娘のリアージュに自力で婚約者を作れと厳命した。母親が亡くなってから今までの約9年間、貴族の社交を全くしてこなかったリアージュは、家のために社交をしない怠惰で役立たずな男爵令嬢であることを既に全ての貴族達に知られているとヒィー男爵に告げられると、貴族の令嬢らしからぬ口調で自分の実の父親であるヒィー男爵に怒りの声を上げた。


「はぁ!?それって、どういうことよ!なんで貴族達が、私が社交を怠けていたのを知っているのよ!もしかしてあんた、私が社交に出ない理由を馬鹿正直に話しちゃったんじゃないでしょうね!?」


「……正直に話す以外に方法はなかったんだ」


「は?あんた馬鹿なの?そこは娘は病弱で……とか言って、色々誤魔化すとこじゃないの?何をトチ狂って馬鹿正直に言っちゃうのよ、信じられない。あんた仮にも貴族なんでしょう?上手い言い訳が何で言えなかったのよ?あんた、娘が可愛くないの?……それに貴族の婚約って普通は親が決めてくるものでしょう?何で私が自分で結婚相手を探さないといけないわけ?婿入りの身とはいえ、今はあんたがヒィー男爵を名乗ってるんだから、貴族の親としての務めを怠けてないで、あんたが見つけてきたらいいじゃないの!」


「ヒィー男爵家の直系として生まれながら、今まで社交を怠け続け、貴族子女の務めをしてこなかったお前に、貴族の親の務めで責められる謂われはない。実の父に対し、あんた呼ばわりするおまえこそ、私の娘だという自覚はあるのか?お前の母親のヒィー男爵夫人が亡くなってから社交には一切出てこなくなったお前について、貴族達が不審に思わないとでも思っていたのか?彼等は不審に思いはしたが、それを私に問いかける前に真実に辿り着いていた。何故だかわかるか?お前が物心ついてから今までの間、お前が屋敷で苛め追い出していた使用人達が彼等にお前の真実を教えたからだ。


 お前に苛められた彼等は再就職先に他の貴族家を選び、そこで請われる前にお前のありとあらゆる悪行やお前の性格について仲間内で愚痴り、それが主人である貴族達に伝わるのにも時間はかからなかったんだ。初対面の貴族達に訳知り顔で同情めいた言葉をかけられた時の私の羞恥ときたら!生温かい視線の中、どうやって嘘偽りを述べられただろうか?腹芸が得意なのが貴族とはいえ、とてもお前が病弱などと言う戯言は私には口に出来なかった。


 そんな状態で無理にお前の婚約話を持ちかければ、それを避けようとする貴族達から仕事の付き合いを打ち切られ、領地経営にまで支障を来す怖れがあった。私はお前の血を分けた父親である前に領民を支えるヒィー男爵として、領民を守る義務があったからお前のことよりも、そちらを最優先しただけだ。お前の悪評は自業自得なのだから、それを厳粛に受け入れて悔い改め、これからは心を入れ替え、社交に励むんだな」


 貴族の社交は領地経営の商談等の機会を得るための仕事の意味合いが強く、ヒィー男爵はリアージュについて嘘偽りをいうのは仕事をする上で得策ではないと判断していた。と言うのも元々”ヒィー男爵”という貴族家は貴族社会においては微妙な立場……始祖王の長兄がヒィー男爵家に婿入りしたことで王家と遠い縁戚関係であると言えるが身分は低い下級貴族……であるから、多くの貴族は仕事の付き合い以外では、出来れば関わりたくないと思ってしまう貴族家であったからだ。


 10年前の流行病以降、へディック国は不作も続き、国全体が衰退の一途を辿っていて、年々民も減少していた。豊かな収益を得られるはずのヒィー男爵領も貧困に苦しんでいたので、ヒィー男爵は領民の生活を守るため、リアージュの婚約を求めることを強く押し進めなかったのだ。


 自分の怠惰を棚に上げて怒りの声を上げるリアージュにヒィー男爵は、へディック国では女性は貴族家を継ぐことが出来ず、ヒィー男爵家の直系として生まれついたリアージュが今後もヒィーを名乗り続けたければ、リアージュの母親のようにヒィー男爵を務めてくれる婿を取ることが必要だと話した後、こう言った。


「もしお前が結婚出来たとしても、お前が男児を産むことが出来ない、もしくはお前の子が大きく育つ前に神様の庭に旅立つことが続く等の理由でヒィーを継ぐ者が誰もいない場合、お前はどこかの貴族からヒィー男爵家の跡を継いでくれる子を探し、養子縁組しないといけなくなる。が、この”ヒィー男爵”になろうと快く引き受けてくれる貴族子女はそう簡単には見つからないだろう。そこで、その時は私の内縁の妻との間に生まれた息子を、お前がヒィー男爵家の者と認め養子縁組に了承をしてくれれば、私が息子を説得し、ヒィーの家を存続させ「いやよ!このヒィーの家の財産は全部私のモノよ!何で婿入りのあんたの息子にヒィー男爵を名乗らせないといけないのよ!」……ハァ。お前はそう言うだろうと思っていた」


 先代のヒィー男爵から、”ヒィーの存続を”と頼まれていたヒィー男爵は自分のことしか考えていないリアージュに深いため息をついた後、厳しい口調で言った。


「ならばお前は何としても婚約者を見つけ、婚姻しないとな。このまま婚約も結婚も出来なければ、お前はヒィー男爵家の跡を継ぐことが出来ないと貴族院に判断され、男爵家を継ぐ男子がいないヒィー家は断絶し、お前は貴族を辞めさせられて修道院に入る事になるぞ。お前が修道院に入るのは一向に構わないが、私はお前の祖父である先代のヒィー男爵との約束があるから、何としても断絶させるわけにはいかんのだ!だからこれからは無理矢理にでもお前を社交に連れ出すから、覚悟しておくんだな!」


 それに腹を立てたリアージュはヒィー男爵がいなくなってから、罵詈雑言を罵り、傍に居た老執事とメイド二人に、掃除に使った汚水の入ったバケツをぶちまけた。3人の老人が濡れ鼠になった姿を見て、気晴らしをし、後で戻って来た父親に彼らが自分でバケツの水をかぶって、部屋を汚したからクビにしてくれとヒィー男爵に言って追い出した後、リアージュは生まれて初めて高熱を出した。


 その高熱により前世を思い出したのは良かったが、リアージュのファンを名乗る正体不明の人物からの差し入れのショコラケーキを、()()()()()()()完食しただけで()()()リアージュは胸焼けを起こし、ベッドから起き上がるのにしばらくかかり、リアージュがやっと学院に入寮出来たのは、入学式の前日のことだった。





 ヒィ-男爵が従えてきた使用人は、リアージュと一度も視線や会話も交わすことなく、黙々と荷を運んだ後、一人残らず帰っていってしまった。リアージュは貴族令嬢なのに、身の回りを世話する侍女は誰もいないと知り、リアージュは怒り、声を荒げた。


「ちょっと、私の侍女はどこよ?私9年ぶりに馬車に乗って疲れたから着替えたいのに、侍女がいなかったら着替えられないじゃないの!」


「侍女はいない。もう、お前の世話をしようという使用人は一人もいないんだ」


 10年前に流行った病で、へディック国は多くの人間を失い、さらにカロン王の悪政で、少なくない人数の貴族や民達が国外に逃げ出したため、10年経った今では国境は封鎖されている。にもかかわらず、民の減少は止まらず、今はどこも人手不足で使用人の確保も難しい状態なのだと、ヒィー男爵は説明をした。


 この15年、リアージュが成長するにつれ、ヒィー男爵家の大勢の使用人は彼女にいたぶられて辞めていったので、常に使用人の入れ替わりは激しかった。リアージュの人となりは、辞めていった使用人達の横の連携により、あっという間に伝わり、どれだけ高給だろうとヒィー男爵家だけは嫌だという悪評が伝わっていたので、ヒィー男爵は有能な使用人を確保するのに大変な苦労を強いられるはめになっていた。


 貴族の社交でも、茶会や夜会に一切出てこないリアージュの評判は悪く、やっと確保できた使用人ですら、リアージュには一切係わらないのならば……との契約の一文を明記するのが必須条件だったのだ。ヒィ-男爵はヒィー男爵家を存続させるためにもリアージュを改心させる必要があると、荒療治に出る決意を固めていた。


「あの3人を覚えているか?あの3人は先代の時から仕えていて、お前の母親にお前のことを頼まれているからと、最後までお前についていてくれた貴重な使用人だったんだぞ!それをお前が追い出したのだから、お前に仕える使用人はもういないんだ!これにこりて、本当に心を入れ替えるんだな!」


「そんな……、私はこれからどうしたらいいの?着替えやお茶は?入浴の手伝いや髪の手入れは?明日は入学式なのにどうすればいいの?」


「そんなことは自分で考えろ!お前はもう15才で、今年成人を迎えるんだろうが!貴族教育や淑女教育を受け、貴族の子女としての役割を学んだ者なら、身の回りの差配などは自分で考えられるはずだろう!良い機会だから、世話をしてくれる者のありがたみを知り、今までの行いを反省しろ!もう小さな子どもではないのだから、何でも誰かがしてくれると甘ったれるな!」


 リアージュの手を振り払い、ヒィー男爵は帰って行った。()()()()()()だったリアージュは途方に暮れ、涙ながらに頽れるのだっ……、リアージュは頽れなかった。


「……なーんてね!泣くわけないわ!!だって私は前世ニホンジンなんだもん!こういうのは、前世の記憶がチートを発揮して、トラブル回避が出来ると相場が決まっているのよね!」


 前世の記憶が蘇った今、リアージュには怖いモノはないはずだ。何せリアージュは、乙女ゲームのヒロインなのだ。さっさと攻略対象者を落とせば、贅沢はし放題だし、使用人だって、その時にいくらでも雇えるはずなのだから。一年間の辛抱だし、確か前世の自分は独り暮らしをしていた。その時の知識を使えば、何とかなるはず。リアージュはウ~ンと声を出しつつ、考えを巡らせた。


(う~ん……。ええっと……?イヤイヤ、そんなはずは……!?嘘~、ちょっと待ってぇ~~!!)


 リアージュは何の妙案も浮かんでこないことに焦る。


「え?何もないの!?どういうことよ、前世の私?」


(……確かチヒロのことで家を追い出されたけど、アパート契約したのも、引っ越しの手配も家賃も公共料金も税金も全部、親が支払ってくれていて、家財道具一式も親が用意してくれて、私は小遣い稼ぎにコンビニでバイトをしたけど、その手続きも親に丸投げにしたんだった!そういや、バイトも3日も行かなくなっちゃったような……。だって行くのがダルかったし、あの店長ウザかったんだもん!


 服は常にジャージだったし、洗濯はめったにしなかったけど、親が買ってくれたのは、全自動で乾燥までしてくれる洗濯機だったし、部屋は掃除なんてしなかった。欲しいゲームは親にメールすれば、ネット通販で家に届いたし、食事は宅配と冷凍食品やコンビニがあったから何も不自由してなかった……)


 前世の記憶にある文明の利器を思い浮かべながら、リアージュとして生きた15年間を振り返る。今世の自分が乙女ゲームのヒロインとして転生した世界は、中世西欧っぽい世界観に酷似した世界。


 乙女ゲームの世界だからか、トイレや浴室、洗面室に、水と湯が出る切り替えのついた蛇口があったのは、うっすらと覚えているが(蛇口をひねることすらリアージュは使用人にさせていた)、他の生活に係わる色々なモノがどうなっているのかは、()()()()()()()だったリアージュには全てのモノについてわからない。


(ええ~!私、この後、どうしたらいいの~!!)


 リアージュは学院の寮の自室で頭を抱えた。頭の中に、ヒロインのプロフィールが蘇る。


【幼少期に母親を亡くしている。厳しい父の期待を受けて、国立学院に入学が決まるが、前日の緊張のあまり寝不足で入学式に遅刻する】


 前日の緊張って、()()()()()()だったのかと、リアージュは愕然とした。

※ヒロインのプロフィールに書かれている、前日の緊張とは、純粋に明日の入学式への不安によるものです。本来のその乙女ゲームでは、ヒロインは3人に心のこもったお世話をされて、快適な寮生活を送ることになっています。


この世界では、リアージュに追い出された老執事と老メイド達は教会で療養生活を送っています。

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