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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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その令嬢と引っ越しのご挨拶

 その学院は白亜の宮殿を思わせるような美しい建物だった。両横には建物は小さいが、学院に見劣りしない様式美のある白亜の屋敷が、それぞれ建っていて、学院の正面玄関に向かって右が男子寮、左が女子寮となっている。男女共に寮の設備は同じで、寮の一階は寮監室や食堂、図書室、談話室、応接室などがあり、鍛錬後の汗を流すための共同浴場、文具を購入できる購買室などもあった。


 学院生達の住むのは2階からで、それぞれの居室は広く、中は浴室もトイレも完備され、簡単な料理も出来る、備え付けの小さな台所もあり、身分が高い生徒が使用人を連れてくることから、学生用と使用人用に2部屋あるのが標準設備となっていた。最上階は教師のフロアとなっていて、学院生は立ち入り禁止であった。その直ぐ下の階はVIP待遇が必要な学院生、特Aクラスの生徒だけが居住を許されたフロアであった。


 その女子寮の特Aクラスのフロアにある一室で、その令嬢は、侍女が入れてくれたお茶を飲んでいた。他の学院生達は、春休みに実家に帰省しているからか、寮の中はいつもより静かに感じる。


「ごめんなさいね、あなたも国に帰りたかったでしょう?」


 令嬢はこの国の生まれではなく、学院に入って2年間、一度も国には帰っていないので、侍女も2年間里帰りはしていなかった。その事を申し訳なく思い、謝意を伝えると、侍女は滅相もないと頭を下げた。令嬢と侍女は、このやりとりを2年間何度となく繰り返していたため、今回もそれ以上の言葉は必要なく、令嬢は黙って、お茶を口にした。


 いつもと同じような、静かなお茶の時間。2年間それを繰り返し、学院の最高学年になった今年も、それを繰り返すのだろうと思われた、後一週間で春休みが終わる昼下がりに、それは起こった。






 ♪リン・ゴーン♪


 令嬢と侍女は静寂を破る、呼び鈴にお互い顔を見合わせた。その呼び鈴の音は、令嬢の自室前に付けられたモノで、これが鳴ったのは入学前に寮に入ったときに寮監が、施設案内説明に来た時以来だった。侍女はお茶の給仕の中断を詫び、急いで扉に向かった。令嬢は、寮監が何の用事で来たのかと、耳をそばだてた。侍女の声が聞こえる。


「はい、お待たせしてすみませんでし……た?あの……どちらのお嬢様でしょうか?」


 侍女の戸惑いが伝わってくる。令嬢は相手が誰なのかと考える。侍女は2年の時を令嬢と共に、ここで暮らしているから、寮監や学院生の顔や名前は把握しているはずだ。学院の関係者以外というと、寮の食堂に食品を卸している業者か、侍女を連れていない学院生が契約している洗濯業者等かと考えられるが、そのような業者は、一階にしか入ってこなかった。


 しかも令嬢がいるのは、特Aクラス専用の階層なのだ。ここに入れるのは特Aクラスの学院生とその付き人と寮監と教師のみだから、見知らぬ者などいないはずだった。令嬢の警護も兼ねることが出来る侍女の声には、戸惑いの色しかないことから、相手が危険な相手ではないようだが、一体誰なのだろうと令嬢は訝しんだ。侍女の問いに、すぐ聞き心地の良い可愛らしい声が返ってきた。


「初めまして!私はイヴ・スクイレルと言います!私はここの右隣のお部屋に引っ越してきた者です。今から荷物を運び込むので、物音で煩くしてしまうと思いまして、そのお詫びと引っ越しのご挨拶に伺わせていただきました!」


「え?スクイレルって、あの”スクイレル”でしょうか?はっ!?私としたことが、とんだご無礼を!!少々お待ち下さい、今すぐ(あるじ)に取り次ぎを!!」


 思いがけない名を聞き、動揺して、素が出てしまったらしい侍女の慌てる声が聞こえてきた。無理もないと令嬢は苦笑する。隣室に引っ越してきたからと挨拶に訪れようと考えるのは、大変律儀で礼儀正しい考え方で好感が持てるが、実際に挨拶に赴くのは使用人のやることだ。学院生自身がそれに赴くことは本来ありえないことだから、侍女は虚を突かれ、素が思わず出たのだろう。


 しかも”スクイレル”なんて名前が出てきたのだ。令嬢だってその場にいたら、侍女と同じ反応を取っただろう。令嬢は客を迎えるために、席を立とうとした。しかし、来客は侍女の言葉にそれをやんわりと押しとどめた。


「いえ、今日は本当に簡単なご挨拶と荷物の音を立てる断りを一言言いたくて伺っただけなので、お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします。あっ、そうでした!これ、引っ越しの挨拶にと持参してきましたものです!良かったら受け取っていただけますか?これは引っ越しの挨拶の手布と、私の実家で作っている柑橘果実のジャムです。では、私はこれで失礼します!今後もよろしくお願いします!お邪魔しました」


「は、……はい、ご丁寧に、どうもありがとうございます」


 侍女は扉を閉め、令嬢のところに手布とジャムを持ったまま戻って来た。侍女は戸惑いの表情を浮かべつつも、その顔がうっすら紅潮している。令嬢は普段表情が変わらない侍女の意外な姿にどうしたのかと問いかけた。侍女は狼狽えながら、それに答えた。


 侍女は、お嬢様と同じ位洗練された立ち居振る舞いをする方が身分の低い自分に丁寧な挨拶をするのに戸惑ったことや、()()スクイレル家のご令嬢なのに少しも驕り高ぶった素振りもない様子に畏れ多くも好感を抱いてしまったのだと頬を染めて言った。令嬢は、それは致し方ないことだろうと同意の意を伝える。


 姿形をこの目で見たわけではないが二人の声のやり取りから、新しくやってきた隣人の少女は、親しみを覚えずにはいられない、好感が持てる人物だと令嬢も感じたし、()()スクイレルなのだ。畏れ多いと思う気持ちもよく理解できた。銀のリスが目印のスクイレル商会は、諸外国に名を轟かせている、もっとも有名な商会であったからだ。


 スクイレル商会が扱っているのは、先進大国と名高いバッファー国で作られる色々な薬で、ここ10年間で、彼らは多くの命を救っていた。良質な材料で作った薬で、しかも価格は庶民でも買える値段だったので、国内外の多くの者に救世主のようだと、たいそうありがたがられるスクイレル商会は、多くの国で王室御用達に認定を受けている商会だった。


 ”スクイレル”という名は、とても珍しい聞き慣れない響きの名前だが、それはスクイレル家は元々北方にあるバーケック国出身の者で、彼等は昔に国を出て、薬草が多く採れるバッファー国に、一族で移り住んだかららしい。


 その飛ぶ鳥落とす勢いのある商会の関係者だろうと思われる少女の丁寧な挨拶や腰の低さに、令嬢は昔に家庭教師が言っていた、『上に立つ者ほど、周囲への気遣いを怠らない』という言葉を思い出して、なるほどと頷いた。きっと少女は、その一族の高位にいる人物なのだろうと令嬢は思った。


 令嬢の護衛を兼務する侍女が少女からもらったジャムを銀のスプーンですくい、色や匂いを確認した後、毒味に一さじを自身の口に運んだ。毒味だというのに、思わず頬を緩める侍女の様子に、そのジャムが相当おいしいのだろうと思い、今、お茶受けに出されている、スコーンにそれを添えるようにと令嬢が侍女に言うと、侍女は笑顔で、ぜひそうしてくださいませ!と明るい声で答えた。令嬢の予想をはるかに超える、さわやかな甘みを気に入った令嬢はジャムが無くなるまで毎日それを食し……。


 ……一週間後の朝、令嬢は少女を探して、学院中を走り回ることになる。

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