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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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イヴの入学式一週間前の夜

入寮してきた日の夜のお話です。

 イヴは学院の入学式が始まる一週間前に学院の寮に引っ越してきた。そしてその日の内にイヴは入学と入寮の手続きを行い、寮監や食堂のコックや新居のフロアに住む隣人達への引っ越しの挨拶をした後に、荷物の搬入の差配を指示し、新居の片付けも一通り済ませることが出来ていた。そして夜になり、入浴を済ませたばかりのイヴは今……、寝間着にガウンを羽織った状態で弱り果てていた。


 と言うのも、小さな丸いテーブルには、イヴが手ずから入れたカモミールティーが、林檎に似た甘い芳香を放っているのだが、イヴの目の前に座る人物が、それに一向に手をつけようとせずに、沈痛な表情のまま項垂れていたからだ。


「ねぇ、ミーナ。いつまでも落ち込んでいないで、顔を上げて私と一緒にお茶を飲みましょう?ほら、もう冷めてしまいますよ」


「も、申し訳ありません!お嬢様の引っ越しの日でしたのに!何も手伝わないどころか、お嬢様に浴室を洗わせ、こうして、お茶まで入れさせてしまうなんて!……私は侍女失格です!」


「侍女失格だなんて……。あのね、ミーナは侍女として、ここに一緒に来てくれたけれど、私はミーナに侍女をしてもらおうとなんて、思っていないと話しましたよね?ミーナは私の同居人として、ここにいてくれるだけで、私はとても助かるのだと説明をしたはずですよ?……私こそ、ミーナは騎士として頑張っていたのに、私のせいで辞めなければならなくなって申し訳なく思っています。……ごめんなさい、ミーナ、ごめんね?」


 イヴが頭を下げて謝ると、ミーナは慌てて言った。


「お嬢様!謝るなんて、とんでもない!私に生きがいをくれたのはお嬢様です!騎士団よりも銀色の妖精の守り手の長に、お嬢様の護衛として選ばれる事の方が、何千倍もの栄誉があることなんです!どうかお顔をお上げ下さい!」


「……それなら、ミーナ。落ち込むのは止めて、一緒にお茶を飲みましょう?そしてね、これから一緒に暮らすのですから、家事の分担や共同生活を送るための二人の取り決め等を話し合いましょう?落ち込むよりも、その方が有意義でしょう?」


 イヴの提案を聞いて、ミーナは長い睫をパチパチとしばたかせた。


「お嬢様にはかないません。昔から前向きでいらっしゃる。私よりも随分年下ですのに、建設的なお考えの持ち主なのですね。さすが私のお嬢様です。私はお仕えしがいがあります」


「セデス先生の()()()()と絶賛されるミーナに、そう言われると照れてしまいますが、とても嬉しいです。ありがとう、ミーナ。あなたがいてくれるから、私は新生活を送る許可が下りたのです。これからいっぱい頼ってしまいますが、よろしくお願いしますね」


 ミーナは席を立ち、騎士の礼をする。


「ハッ!!我が命に代えましても、お守りします!!」


「もう、ミーナったら!命に代えなくてもいいから、ただ私と一緒に暮らしてくれたら、それだけでいいんですよ!」


 イヴは真面目なミーナに苦笑しながら、ミーナとお茶を始めた。ミーナはイヴが7才の時に王都の騎士団からやってきたイヴの子守兼、護衛騎士であった。アンジュ達と女子旅から戻って来た後に、エース王から騎士団を鍛え直すよう依頼をされたセデスがライトと共に城に教官として赴いた際、二人が騎士団の中でイヴの護衛を任せられる程の実力のある者がいたら勧誘したいと思っていることを知ったミーナが銀色の妖精姫の守り手になりたいと志願し、セデスも騎士団の中で一番実力があり、伸びしろもあるミーナを歓待し、自分の弟子とすることにしたらしい。


 前王ライト様が愛する方達を守る役目を賜るとは何という栄誉かと羨ましがられ、頑張ってこいと騎士団の皆の激励を大いに受けてきたミーナは腕が立ち、真面目な騎士だが、思い込みが強く融通が利かないところがあり、村に来た当初はイヴに近づく、屋敷外の者全てに警戒して牽制し、しまいにはリン村の子ども達を泣かせてしまったこともあったが、イヴやセデス達の説得により、今では随分柔軟な対応が出来る護衛となっていた。とはいえ、真面目さは相変わらずで、今日の日中の間、イヴの傍にいられなかったことにミーナは罪悪感を抱いているらしい。


「あのね、ミーナが罪悪感を感じる必要はないのよ?だってミーナは私のために学院や寮、学院周辺の下見を行ってくれていたんでしょう?」


「……それは……そうですが、ずっと傍にいると私はお嬢様に約束をしましたのに……。たったお一人で初対面の貴族と挨拶をするのは心細かったのではないですか、お嬢様」


「心細い気持ちはないとは言えませんが、私はもう15才ですし、引っ越しの挨拶や荷物の搬入の差配を一人でするのは当たり前のことです。それに今日は頭痛はなかったのですから。その代わり頭痛があるときは私はミーナに助けてもらわないとならなくなるから、その時は助けて下さいね、ミーナ」


「はい!喜んで、お嬢様!」


 イヴが治験するために学院に入ると決まったとき、当然マーサが同行を願ったのだが、彼女だとイヴの世話を親身に尽くしすぎてしまい、治験にならないとグランやセロトーニ医師やイヴは考え、それを了承できなかった。他の一族達も彼女と同じぐらいイヴに尽くしすぎてしまう傾向があったので、誰も今回の治験生活には同行できなかった。


 それならミーナを付けてくれとマーサが望み、他の一族達もミーナならばと太鼓判を押し、……何よりミーナもその話が出た直後に護衛としのて同行を志願していた。これによりミーナが侍女として、イヴの治験生活に力を貸してくれることになったのだ。


 もしもイヴが片頭痛でなかったら……。イヴは幼い頃からリングルやアダムに料理を習ったり、サリーに裁縫を習ったり、マーサやノーイエといった人々の家のお手伝いを進んでする子どもだったから、今では家事全般を彼女達並に出来たし、身の回りのことも自分だけで出来るから、本来なら侍女や付き人なども必要なかった。


 でもイヴは、片頭痛だから……。普段だったら出来ることも、頭痛で出来なくなることがある。その時に、イヴを助けてくれる人が必要だった。その時に、イヴの傍にいてくれる人が必要だった。……それにそもそも、イヴが今ここにいるのは片頭痛と闘うため……治験のためなのだから、「自分がお嬢様の同居人など畏れ多い」と恐縮するミーナには申し訳ないけれど、痛む時は変な遠慮はしないで、素直に甘えさせてもらおうとイヴは腹をくくった。


 過保護気味な護衛に走りがちとはいえ、昔からミーナはイヴのやりたいことや出来ることを、イヴから取り上げることはせず、見守ってくれて、イヴが助けが必要な時に必要な分だけを助け、いつでも傍にいてくれていた。


 イヴはミーナに心の中で感謝しつつ、二人で前向きな話をしながらお茶を飲んだ。話を終えるとイヴは眠くなってきたのか、小さなあくびを一つした。時計はイヴの就寝時間を告げている。


「遅くなったけれど、お風呂に入ってきたら、ミーナ?お化粧を落とさないままは、気持ち悪いでしょう?」


 茶器を片付けようとしたイヴのその手を、ミーナは優しく止める。


「ありがとうございます、お嬢様。お気持ちありがとうございます。後でそうさせていただきますが、その前に、お嬢様は今日は引っ越しの片付けなどでお疲れでしょうから、先にお休み下さい。茶器の片付けは、私がしますので」


「あら、こんなのは、すぐに終わるわよ?」


「いえ、グラン様とセロトーニ医師からもくれぐれも疲労は侮るなと言われておりますので、お休みしてください。そうしないなら私が抱えて寝床までお運びして……、背をトントンして、添い寝で寝かしつけますよ?」


「ひゃぁ!?……わ、わかりましたから、子ども扱いは恥ずかしいから、止めて下さい。お茶の片付けをありがとう、ミーナ、また明日ね。……お休みなさい、ミーナ。これからも、よろしくお願いしますね」


「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。お休みなさいませ、お嬢様。また明日。……ああ、ですが夜中に痛みがあるときは呼び鈴を鳴らして下さいね?我慢はいけませんよ?」


「はい、ミーナには遠慮はしません。いつも傍にいてくれて、ありがとう。これからも甘えさせて下さいね、ミーナ?」


「ッ!!はい、お嬢様、喜んで!……では、今度こそお休み下さいませ」


 イヴは自室へと戻っていき、眠る前に大好きな人からの手紙を読み返し、胸に押し当ててから、手紙を元の場所に直して、ベッドへと向かった。その次の日から、イヴはミーナに下見の報告を聞いたり、二人一緒にもう一度、寮の関係者の元に挨拶に行って、寮監夫婦の10才の一人娘と仲よくなったり、新生活に必要な日用品を二人で買いに行ったりして、穏やかな一週間を過ごした。


 ……入学式の始まる5時間前、つまり、その乙女ゲームのオープニングが始まる5時間前。()は早速、まだ眠っているイヴに先制攻撃を仕掛けてきた。

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