1064.「因縁の町の変化」
銀山を擁する富裕な町、マグオート。別名は銀嶺膝下。
一度の野営を経て到着したその町は、以前とまったく異なっていた。といっても町の外観のことではない。
町外れにずらりと兵士が並び、わたしたちを囲んで諸々の問答があったのだ。以前はすんなり入れたというのに、戦争が終わってから逆に警備が厳しくなるとは。
マグオートの人々に恨まれている。そう考えてもなんら違和感はなかった。感情を失ったわたしが無下に扱った町であり、なおかつ戦争においてベアトリスの保護を受けられなくなった元凶もわたしにある。
「諸兄は血族をどう思っているのか答えよ!」
最初の質問がこれだ。
ヨハンはへらへらと「半分同族ですなあ」なんて言う。年中寝不足みたいな顔をしているので、寝言のような印象があった。
「どうとも思ってない。少なくとも、ここにいる血族に危害は加えないわ」
そう断言すると、兵士がややたじろいだ。
「なぜ血族がいると分かる」
「気配があるもの」
そして前情報も押さえてある。ベアトリス軍は竜人によってこの町に移送されたきりなのだ。ラガニアに帰るなら『転移道具』を使うだろう。ゆえに、数百の血族の気配は彼らの残留を示している。
尋問の途中で女性兵が現れ「私が代わる」と告げた。淡々と。
砂色の服をまとった彼女は、以前運河への道を掘り進めていた女性だ。
相手は声を潜めて言う。
「私のこと、覚えてるか?」
「キャロルよね」
二人の男に支えられて、竜人に剣を向けた姿は覚えている。臆病なのにしがらみに囚われている印象があった。今はというと、雰囲気ががらりと変わっている。腰の引けたところはないし、最初に会ったときのような横柄さもない。
「お付きの男たちはどうしたのかしら?」
もちろん冗談だ。冗談を言うとき、それらしい笑みを浮かべるべきだと思い出し、今そんな顔をしてみせている。ところが相手は大真面目だ。
「アグロとセグロか。私の従兄弟なら家で寝てる。あいつら、根は真面目なのに最近だらしないんだ」
さっぱりした声で言うキャロルは、どうしてか堂々としていた。
「で、お前らはなにしに来たんだ?」
「ベアトリスさんのお見舞いに参りました」
ヨハンは平然と口にする。嘘だが、あながち間違ってもいない。こういう白黒はっきりつかないことを言うあたりがヨハンのヨハンたる由縁だろう。つまりは詐欺師じみている。
「そうか……お前らは知ってるもんな。よし、通っていいぞ」
「どうも」
「ありがとう、キャロル」
先へと進むわたしの背を、言葉が追いかけてくる。
「お前、なんか変わったか?」
「別になにも変わってないわ」
歩みは止めず、横顔だけ振り向いて返す。
キャロルは感情喪失後のわたししか知らない。意図して冷淡でなくなったのを、果たして『変わった』と見做せるのかどうか。どのみちこれは全部演技で、繋がりを得るための試行錯誤だ。キャロルが特別鈍感なわけではなく、わたしの振る舞いが多少なりとも演技っぽくなくなったと換言出来よう。
ところで、そんなわたしに対してヨハンは感想めいたことを言わなかった。マグオートまでの二人旅では積極的に彼と会話したのだが、ヨハンはヨハンのままだ。こちらに感心する素振りすらない。
演技だと見抜いているのだろう。なにせ、わたしはいまだに眠りも食事も摂っていない。
あれこれと考えているうちに、ヨハンは町の人々に訊ね回っていた。トムの書籍を担当した編集者を探しているのだ。
何度目かの聞き込みで、気怠げな顔をした長身の男に問うたところ――。
「なんでそいつを探してんだ?」
「本を出したいと思ってましてね。誰もが目を丸くし、のめり込むような娯楽小説です」
男は軽薄に笑う。
「タイミングが悪い。どの町だって今は復興で手一杯だろ」
「だからこそです」
「仲良く泥舟に乗れってか」
「宝船ですよ。断言しますが、必ず金になる。最初の売れ行きは横ばいどころか赤字でしょうが、誰もが躍起になって読む羽目になりますよ」
ヨハンの意味不明な断定に対し、男はしばし腕を組んで沈黙していたが、やがて肩を竦めた。
「マーティン。俺の名前だ。あんたは見込みがありそうだな。俺を儲けさせる計画があるなら乗ってやってもいい」
この男がトムの作品を世に流通させたのだと、その後の会話で知った。どうにも軽薄で守銭奴じみているが、ヨハンとしてはそのほうがやりやすいだろう。同類なのだから。
町長の家を訪うと、あにはからんや歓迎された。
「これはこれは、ご足労いただき感謝します。まさかお会い出来るとは」
首を傾げてみる。すると老町長ラクローは目を伏せた。
「ベアトリス卿から事の次第は伺っております。貴女がたが戦場でどれほど勇敢だったかも」
北門でのヴラド戦のことか。あれを切り取って勇敢と評価されるのは少しズレている。結局敗走したわけで、成果を出したのはヨハンだけだ。彼以外の面々はいずれもヴラドに届かなかった事実がある。
「ベアトリスさんはこの邸にいらっしゃるようですね。ヘイズに帰還しないのですか?」
「そのあたりのことは当人に聞いていただくのが一番でしょう。案内いたします」
特段他者の目もなかったが、いつかのようにヘイズという単語を咎められることはなかった。どうやらキャロルと同様、ラクローにも心境の変化があったらしい。
途中でメイドとすれ違い、「待ってください!」と言われた。
「ヨハン、先に行ってて」
浅く頷き、ヨハンとラクローは邸の廊下を進んでいった。
これで二人きりだ。
「私、どうしても貴女に謝りたくて……あのとき刺してしまって、本当にすみませんでした」
深々と頭を下げるメイドを、どうしたものかと見下ろす。
彼女の顔は覚えていないが、この邸で刺された記憶は残っている。なぜ刺したのかも。
だからわたしも頭を下げてみた。
「こちらこそ、ごめんなさい。あなたの気持ちを考えてなくて」
顔を上げると視線が合った。相手の目に怯えがある。当然だ。いまだにわたしを恐れていてもなんら不思議ではない。
率直に言って、彼女にはなんの興味もなかった。そもそも興味という概念すら今のわたしには朧げだ。それでもメイドを伴って庭に出たのは、なんとなくこうするほうが以前のわたしに近いと考えたからである。
邸宅の一角に花壇がある。竜人たちに踏み荒らされてから一生懸命手入れしたのだろう。今はなにも咲いていないものの、土を整え、苗を植え直した形跡があった。
「花壇のこと、本当にごめんなさい。あなたがどれだけ大切に思っているか、ちっとも分かってなかった」
メイドは黙ったまま、わたしと一緒に屈んで土を見ている。
きっと今でも怒っているだろう。あの威圧的な竜人たちに対して、花壇を踏まぬよう叫んだくらいだ。けれども結局、潰された。
メイドがわたしの手を取り、土を撫でさせた。お互いの手に、ふっくらした土が付着する。
「花はまた咲きますから。でも、貴女の傷は――」
「傷も治るわ」
傷なんて刺されてすぐに消えた。その事実はあえて伏せ、彼女に笑みを送る。
今この瞬間のわたしは、どれだけ以前の自分に近づけただろう。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『キャロル』→マグオートの戦士。気だるげな女性。運河を越えるために砂漠の廃墟の掘削事業に従事していた。戦争においてイアゼル侯爵の幸福の洗脳魔術にかかったが、憧れの戦士であるマーチに再会し、イアゼルの洗脳の源である小指を食い千切り、人々の洗脳を解除した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『アグロ』→マグオートの戦士。同じく戦士であるキャロルの従弟。キャロルと同居している。屈強で温和な性格。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『セグロ』→マグオートの戦士。同じく戦士であるキャロルの従兄。キャロルと同居している。無口だが思いやりがある。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『マーティン』→トムの執筆した作品の出版を担当していた男。功利主義
・『ラクロー』→マグオートの現町長。邸の地下にヘイズと接続した転送魔道具がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて
・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。夜会卿との戦闘において肉体のほぼすべてが空洞化した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。戦争で実質的にニコルに裏切られたことにより、ラガニアに反旗を翻す心算。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『転移道具』→ヘイズ内の『層間転移』や、ヘイズとマグオートとの行き来を可能とする魔道具。詳しくは『922.「技術の源」』にて
・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『ヘイズ』→ラガニアの辺境に存在する地下都市。夜会卿の町を追放されたバーンズが先頭に立って開拓した、流刑者たちの町。地下を貫く巨樹から恵みを得ている。夜間防衛のために『守護隊』と呼ばれる自警団がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて




