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1063.「戦果獲得作戦」

 玉座の間(ま)を通り過ぎ、階上の廊下でノックスと鉢合わせた。デミアンも彼のそばに侍(はべ)っている。横柄(おうへい)な雰囲気は欠片もなく、覇気がない。疲労一色といった顔。ノックスも少しばかり顔色が悪い。彼らの後ろにはなぜかカエル頭の交信魔術師――ケロくんがいた。オブライエンのせいだが、先の戦争においてほぼ活躍の機会を奪われた哀しき交信魔術師。


「ノックス。大丈――」


「一緒に来て」


 言葉を遮り、手を取られた。なんだろう。


 わたしはノックス一行に加わり、玉座の間へと逆戻りした。


「おや、クロエさんも一緒ですか」


 玉座の前で胡座(あぐら)をかいたヨハンが、平素のごとく不健康な風体(ふうてい)を晒(さら)している。数日ぶりの再会だ。王都内でこそこそ動き回っていたのだろう。


 普段ならデミアンは『不敬だぞ!』と指弾(しだん)するはずだが、生憎(あいにく)その元気も欠けているらしい。


「ヨハン、ちゃんと眠れてる?」


 ヨハンの隣に立ち、彼を見下ろしながら言う。


「おかげさまでぐっすりですよ」


 それならいいが、相変わらず彼の健康状態は怪しいし、この返事だって嘘か真か分からない。


 ノックスもデミアンも倒れるように床に座り、ケロくんもそれに倣(なら)う。だからわたしも腰を下ろした。


 誰も座っていない玉座と、車座の五人。どうにも謎だ。


「まず経緯からお伝えしましょう。クロエお嬢さんはきっと知らないでしょうし」


「失礼ね」


「なら、この会合の意味もご存知なので?」


 ニヤニヤとべたつく笑みを浮かべたヨハンに「もちろん知らない」と返す。


 この気軽なやり取り自体、わたしの現状を知っている者からすれば痛々しいだろう。ヨハンは気にしていないようだが、彼はわたしの精神的不調を触れ回ったのだ。といっても、わたしのコミュニケーションが以前と比較して格段に下手になってしまっていることへのフォローなわけで、責めるべきではない。


「では、経緯から」ヨハンが深呼吸ののちに語る。「今の最優先事項は戦果の獲得です。我々の戦果ではなく、他種族への戦果でさあ。彼らはオブライエンを討ち果たしたのです。なおかつ人間は滅びなかった。報酬はグレキランス領での永住権……つまりは町村として認可する書状の発行が第一。これは一部達成されております。樹海の中央集落ルドベキアには事前に渡してありますからね。まあ、以前デミアンさんも一般的な書状だとおっしゃった通り、発行に難はない」


 誰の異論もない。戦争前の時点で共有済みの事柄だ。それにしても他種族最優先でヨハンが動くとは。以前のわたしなら彼を見限った可能性すらある。限られた時間のなかで、どうして誰にでも頼めるような仕事を優先するのかと。


 今はそれほど気にしていない。向こう半年以内にラガニアに渡れれば充分だとヨハンから聞いてある。ヴラドの領地アスターからラガニア城まで、魔力製の車を使えば一ヶ月もかからないとの話だ。アスターを経由せず、地下都市ヘイズからラガニア城を目指しても馬車で二ヶ月。諸々(もろもろ)のトラブル込みでの計算である。もちろんヨハンの言(げん)だし、わたしはラガニアの地理について一切知らないので鵜呑(うの)みに出来ないものの、騙す理由もないのだから信じるべきだ。


「問題は」ヨハンが前後に揺れながら話す。ノックスとデミアンも同じく揺れている。瞼が閉じてはハッと開くその様子は、いかにも疲労困憊(こんぱい)した者のそれだ。「他種族を嫌悪する風潮をいかに解消するかです」


「それならさっき、シエラを見たわ。他種族は敵じゃなくて味方っていう方向で主婦たちを説得してるみたい」


 ヨハンは揺れながら頷く。


「ご婦人方はそれで問題ないですが、より広く伝聞(でんぶん)しなければなりません。他種族の土地は王都から随分離れていますからね。遠方の町村の価値観を変えるのは難しい。書状を届けるだけならハックさんに手伝っていただく予定ですが」


 旧『灰銀の太陽』のリーダーであるオッドアイの少年、ハック。半馬人の隠れ家で血族の襲撃に遭(あ)ったが、彼らは例外なく無事だ。


 ところで、ヘルメスが地下空間を引き継ぐ運びになったとヨハンから聞いている。ガーミールの部下たちがヘルメスの助手として働いていることも。彼らはヘルメスの隠蔽(いんぺい)により、人間に紛れ込んで地上と地下とを往復しているらしいが、わたしには見分けがつかない。さすがは千年熟成された魔術師だ。


「ならば、どうする? 人海戦術で町村を説得するか? ……いや、お触れでも出せばいいか」


 デミアンがぶつぶつと口にする。なかば独り言なのは疲れ切っている証拠だ。


「いえ、単なるお触れはあまりよろしくないとみています。王都から遠い地方では罰則付きであれ布告は意味を為(な)さない。監視役を派遣するのも手ですが、物騒な沙汰(さた)になるでしょうな。要するに反感を買うだけでさあ」


「じゃあどうするんですかー?」


 手を挙げて聞いてみた。わたしもほかの面々に倣(なら)ってゆらゆら揺れながら。ケロくんが渋い顔をしているのは、わたしの変調とは無関係だろう。この顔なのに冗談があまり好きではないのだ。根が真面目なのである。


 笑ってくれるのはヨハンとノックスだけ。事情を知っている二人がそんな具合なのは、ちょっと皮肉っぽい。


 ヨハンは指を三本立ててみせた。


「みっつの策でいきましょう。まずグレキランスなどの都市部に効く方法を実施します。お嬢さんに馴染みの品を使って」


 なんだろう。馴染みの品……思いつくのはサーベル、すなわち武器だ。


 なるほど。わたしを使って王都で暴動を起こし、他種族忌避が抜けない人々を刃で脅す作戦か。戦争が去ってひと段落している人々には効果覿面(てきめん)だろう。必ずや屈する。というか、屈さなければ待っているのは死だ。


「暴力ね。得意よ。ふふふ……」


 腕組みしたわたしを全員が見つめている。ぽかんと。


「違いますからね?」とヨハン。


「クロエはおかしいケロ」とケロくん。


「まったく貴様は」とデミアン。


 ノックスは「暴力は駄目だよ」と正論を口にした。眠いだろうに、キチンとした子だ。


 ヨハンが咳払いをして続ける。


「本ですよ。書物で人々の意識を変える」


 ピンと来ない。


「本ならトムの書籍がたくさんあるじゃない」


 冒険家『命知らずのトム』。彼の記録した他種族の生態に関する数々の書籍はわたしを未知の世界に運んでくれた。見たことのない景色と生物。それを正確な記述をもとに脳内で空想するのは随分と楽しかったと記憶している。


「彼の書籍はいずれも紀行文や学術書に近い。それだと庶民は読みませんよ。もっと平易(へいい)な娯楽にしなければ広く伝わりません」


 なるほど。小説か。


 他種族について記された小説もあるにはあるが、いずれも彼らは主人公ではなく端役(はやく)だ。しかも配役も悪い。徹頭徹尾、人間と異なる怪物として描かれているものが大半。


 特に『或(あ)る街の悪魔』という探偵小説では、人間に化けた他種族が犯人だった。他種族ゆえに成立する不可能犯罪の数々。密室に空(あ)いた小さな穴から侵入した小人がコップに毒を塗る。人間では狙撃不可能な距離から放たれた半馬人の矢で住民が殺される。鍵のかかった塔の屋上で、有翼人がひとを突き落とす。それらが同時刻に発生するのだ。


 他種族が犯人だとたどり着く場面は悪い意味で圧巻だった。警備兵たちの集った一室で推理を終えた探偵を、助手に化けた獣人が殺(あや)めるのだ。そして捕まる。動機はというと、なんと人間への関心。自分たちとは違う種(しゅ)がなにを考え、どうやって正しい答えに到達するのか知りたかったのだと獣人は語る。そこには憎悪すらない。


『或る街の悪魔』を読んだ当時は、読後感の不気味さにばかり気を取られていたが、今では異なる視座からその作品の重要な側面が浮き彫りになってくる。他種族の描写が異様に細かく、そして正確なのだ。彼らの内面は別として、姿かたちや習性に関し、トムの書籍と比較しても遜色(そんしょく)ない。作者はジョン。しかしこれは名前を意味していない。ゆえあって匿名(とくめい)で書物を出す場合に付けられる架空の名だ。実在するジョンであれば、たとえば町の名前や区画がそこに入る。グレキランス・ウエスト・ジョン、といった具合に。


「あなたが書くの?」


 水を向けると、ヨハンは首を横に振った。


「そんな才能ありませんし、時間もない。なので、適切な人物に書いていただく予定です」


「それって誰?」


 ヨハンが口角を持ち上げる。


「ラブロマンスに目がない使用人と、『命知らず』の関係者です」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『デミアン』→王都襲撃の日を生き残った小太りな大臣。偏狭な性格だが、献身的な面もある。現在はノックスの側近として働いている。職位は最高大臣。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』にて


・『シエラ』→王都に暮らす中流階級の主婦。王都の世論形成の一端を担う『主婦連合』の一員。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『四代目ガーミール』→黒の血族で、ラガニアの公爵。二つ名は『穿孔卿(せんこうきょう)』。代々家督を継ぐ者に、ガーミールの名が襲名される。鎧状の貴品(ギフト)『真摯な門番(バアル・メイル)』を所有。自信家で、侮辱に敏感。そして口が軽い。しかし誠実。戦争には金を稼ぐために参加した。金銭を必要とする理由は、友人であるヘルメスの研究に注ぎ込むため。半馬人の隠れ家を襲撃したが、ヨハンの提示したプランの乗るべく、オブライエン討伐の可能性に賭けて犠牲になった。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。戦争で実質的にニコルに裏切られたことにより、ラガニアに反旗を翻す心算。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて


・『オブライエン』→王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめた。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。魔女の執事ウィンストンにより討伐された。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。族長は代々、歴史書を記す役目を負っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。『灰銀の太陽』と『緋色の月』が和解したのち、脱退。族長のアポロによって人間ならびに他種族との絶縁が宣言された。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』『882.「椅子、または楽器」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ヘイズ』→ラガニアの辺境に存在する地下都市。夜会卿の町を追放されたバーンズが先頭に立って開拓した、流刑者たちの町。地下を貫く巨樹から恵みを得ている。夜間防衛のために『守護隊』と呼ばれる自警団がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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