1060.「夜間防衛 ~南のアカツキと西のタソガレ~」
王都南門。騎士団ナンバー9のゴッドが夜会卿第三部隊を率いるレンブラントとぶつかり、落命した場所だ。
ゴッドに関して、わたしは良い印象をまったく持っていない。今ではなく昔のわたしだが。
騎士の多くを舎弟として使いながら、自分は平然と動かない。夜間防衛に限らず、そんな態度の男だった。わたしが序列を駆け上がるなかで、当時序列を得ていない彼とともに戦ったこともあるが、すこぶる印象が悪い。なにせ戦わないのだから。
それが偏見だったと、ようやく知れた。
「――というわけデス」
南門で夜間防衛をしていたハルから、戦時にこの場所でなにがあったのか聞かされ、かつてのわたしの愚鈍さに呆れるばかりである。無論、感情がないので本当には呆れていないが。
重力魔術。そして吸収魔術。王都で使用が禁じられた二種の魔術を扱うゴッドは、なるほど、積極的に戦うわけにはいかない。それらを十全に発揮するなら、追放を覚悟したそのときだ。
彼は南門の防衛にすべてを賭け、死亡し、レンブラントに亡骸を攫われた。それでもなお南門の兵士が約束を違えなかったのは彼の人望の賜物である。よくよく振り返ってみると、ゴッドと共闘した夜は妙に身体の動きが良かったように思う。その時点でなにか気付くべきだと今となっては思うものの、昔のわたしは絶好調だと断定し、そのおかげで気分も良かったせいか、戦わないゴッドを軽蔑した節がある。
大馬鹿者だ。
しかし、これはむしろ反省すべきというよりゴッドの徹底ぶりを称賛するほうが正しい。彼は門が襲撃されるまで己の力を巧妙に隠しおおせたのだから。
「ワタシはゴッドをフザけた奴だと思ってましたガ、目が曇っていたのデス。彼ほど他者を慮った戦士はワタシの知る限りいまセン」
「そうね。わたしも誤解してた」
今、わたしは南門でハルと共闘している。そこにゴッドの舎弟たちやアカツキ盗賊団の面々も入り乱れて戦っていた。
彼らにとってこの場所は聖地に違いない。舎弟はもちろんのこと、ゴッドに影響された盗賊団員も決して例外ではなかろう。その証拠に、ハルは少し照れくさそうに、けれども真面目な口調で語ったのである。
轟音とともにグールが木端微塵になるのが視界に入った。
アカツキ盗賊団といえば、団長のミイナからも話を聞いている。いまだ地下空間に『親爺』がおり、ザムザも同居しているのだと。ややこしいことこのうえないが、オブライエンは攫った子供たちの記憶を抹消し、全員をザムザとして育てたのだという。わたしの知る騎士団ナンバー1『紫電のザムザ』がオブライエンの実験道具だったことは、以前ウィンストンが語ってくれた。今地下にいるのは髪色だけ異なるザムザだ。一種類の魔術しか使えないザムザ。
地下に起居している職人はごく一部で、その他大勢の職人は家族のもとへ帰還し、律儀に毎日地下に出勤しては魔具製造に打ち込んでいるとの話。今やオブライエンによる洗脳魔術も、コーティング技術の流出を防ぐ二重思考も存在しない。魔具制御局自体が解体されたと言っていい状況だ。『親爺』はもっぱらザムザの義足を製作しており、彼が歩けるようになり次第『最果て』に帰る予定らしい。もちろんハルと、彼女を駆動させている死霊術師の少年ネロも一緒に。
「クロエは強くなりましたネ」
グールを両断し、きょとんとした顔を作る。
「そうかしら」
今宵、サーベルに籠められた魔術は一切使っていない。まだまだ強さの全容を見せていないが、ハルには強く映ったのだろう。
「昔はスコップで戦ったノニ、今ではお得意のサーベルで調子に乗ってるようデスカラ」
「まったく……。調子に乗ってないわよ」
相変わらずハルは少しばかり意地が悪い。
背後にグールが迫っているのは気付いていた。倒す必要がないことも。
後ろから風切音がして、グールが射抜かれる。そして霧散するところを、あえて目を丸くして見つめ、射手へと視線を映した。鷹に似た顔の男。アカツキ盗賊団の副団長、ジンである。
「相変わらず抜けてるッスね、クロエは。油断ばっかだ」
「とんだご挨拶ね、ジン」
本当に油断しているように見えたなら、わたしの演技もなかなかのものと言えるだろう。しかし、おそらくそうではない。ハルもミイナもジンも、わたしがすっかり変わってしまっていて、けれど以前と同じように振る舞おうとしているのを尊重している様子だった。
それに対してどう思えばいいのか分からない。分からないことは考えても仕方ないので無駄――というのはニコルと戦う前のわたしの常套手段だ。今はもう無駄とは思わない。演技であることに違いはないし、心が動かないのも事実。それでも必要なのだ。あるいは必要な過程か。ニコルに勝つだけの総合的な強さを探る営みのひとつ。
「ここはもう大丈夫デス。見ての通り手厚いデスカラ。西門に行ってくだサイ」
「はーい。それじゃ、またね」
「マタ」
東門もそうだったが、南も万全だ。魔物相手に彼らが負けるとは思えない。手傷は負うかもしれないが。
やがて到着した西門では、地上で幾人かが戦っている状況だった。騎士もいるが、そうではない勢力のほうが多い。
タソガレ盗賊団。
かつて『最果て』でアカツキ盗賊団と相争う関係にあったが、和解した組織。
「よぉ、クロエ」
夜目にも目立つ銀のスーツ姿のウォルターが手を挙げる。もう片方の手に持った剣でグールの首を飛ばしながら。
「ウォルター、少しぶりね」
「ああ」
西の状況は、はっきり言って異様だ。前もって知らされてはいたが、紫の肌――つまりは血族が数名共闘している。北門防衛戦で訳あって手を結び、戦後もラガニアへの帰還を拒否している者たち。彼らの存在は王都を騒がせたものだが、タソガレ盗賊団は一歩も譲らなかった。血族であれなんであれ、彼らは正式に団員になったと主張し、むしろ戦場で人間側を選んだ稀有な人材だと説いたのである。今もって王城で議論が交わされている問題だ。
血族の戦闘を一瞥しただけで、大体のことは分かった。
弱くはない。そしてなにより、反目の意志がなかった。
当然だ。夜会卿のいる北門において実質的な裏切りにおよんだのだから、今さら人間に害を為すはずもない。
「ジャックは?」
彼の姿がないので聞いてみたところ、ウォルターは肩を竦めた。
「療養中。右の手首と左腕が斬られちまったんだ。でも、さすがだよ。あのひとはまだ戦う意志を捨てちゃいねえ。足でレイピアを扱う修行をするって言って聞かねえんだ」
「義手じゃ駄目なのかしら。自由に動かせる義手の魔具なら便利そうだけど」
ウォルターは首を横に振る。
「俺もそう言ったんだがな、聞く耳を持たねえ。どんな奴と戦ったのか知らねえが、失った両手を大事にしてやがる。あのひとなりのケジメなんだろうよ」
「そう……」
なんて言っていいか分からない。だから声に戸惑いをブレンドした。仮に以前のわたしがこれを聞いたとして、気の利いた返しが出来るとは思わない。なにせウォルターは苦言を口にしつつ、まんざらでもない顔をしているのだから。先ほど目にしたゴッドの舎弟と同じ目をしている。彼はジャックの信奉者なのだ。
「で、なにをしに来たんだ? 加勢か?」
「そんなところ」
タソガレ盗賊団に混じって、グレガーの姿を発見した。白い長髪が夜風に靡いている。迫る魔物に手をかざし、魔球で射ち抜く場面がちょうど見えた。
隠密系の魔術が得手だとしても、魔物を屠る程度の魔球は造作もないといったところか。
わたしも加勢しつつ、グレガーに近寄る。
「ねえ、森の王様」
声をかけると露骨に渋面を向けられた。「嫌味か?」
「ちょっとからかっただけ。戦いながら喋らない? 聞きたいことがあるの」
謎があれば明かしておきたい。今のわたしは。
なにがどのようなかたちで強さに繋がるのか未知だから。
「どうしてセロを見て、帰還を延期したの?」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。光の魔術を介せる剣の魔具を所持。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて
・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』にて
・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』にて
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。戦争においてザムザを倒し、攫われた『親爺』を救出した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。弓の名手。矢と矢筒がセットになった魔具と、射程距離増加の魔術の施された弓の魔具を持つ。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。戦争に援軍として参加し、デボン男爵と戦闘。怪物化したデボンを討ち、血族を味方に引き入れた。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ジャック』→『タソガレ盗賊団』元リーダー。ハルキゲニアでは帽子屋を名乗り、騎士団長をしていたレイピア使い。魔力察知能力に長けている。現在は『タソガレ盗賊団』に復帰して副団長を任されている。戦争において血族のシキと戦い、両腕を失ったが辛くも勝利し、撤退させた。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』『幕間.「Side Jack~正義の在り処~」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ザムザ』→オブライエンが地下で育てた、複数の同名の人物。『紫電』の異名をとる騎士団ナンバー1の男や、戦時中に兵器として用いられた雷の魔術師たちはすべてザムザ。遅延魔術しか使えない黒髪の武芸者ザムザのみ生存し、アカツキ盗賊団に正式加入した。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて
・『ゴッド』→実名不明の浅黒い男。騎士団ナンバー9。多くの舎弟を従えている。重力魔術と吸収魔術の使い手。戦争においてレンブラントを追い詰めるも、敗北して死亡。亡骸は夜会卿への捧げ物として回収された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ウィンストン』→『毒食の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンの討伐を成し遂げ、地下の番人に成り代わった。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて
・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて
・『セロ』→ノックスにより処刑人の任を解かれ、王の守護者兼、友人となった。王家の血を引いている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。戦争で実質的にニコルに裏切られたことにより、ラガニアに反旗を翻す心算。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて
・『レンブラント』→黒の血族。戦争における夜会卿の第三部隊長。身体強化魔術のエキスパート。見た目は四十代のおじさんだが、血族としては高齢。夜会卿の領地アスターでカジノのオーナーなどをしている。本業は革命屋であり、夜会卿の転覆を狙っているが、同時に夜会卿に拝跪してもいる。王都南門にて騎士団ナンバー9、ゴッドを殺害し亡骸を回収。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『オブライエン』→王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめた。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。魔女の執事ウィンストンにより討伐された。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『タソガレ盗賊団』→『最果て』のマルメロを中心に活動する盗賊団。魔物からの警護をビジネスにしている。詳しくは『第三話「軛を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて
・『魔具制御局』→魔具や魔道具、魔術を統括する機関。拠点は不明。オブライエンが局長を務めている。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて
・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて
・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術
・『重力魔術』→別名、重力操作。読んで字のごとく、重力を操る魔術。周囲にあまりに甚大な影響を及ぼすため禁止魔術に指定されている。詳しくは『574.「破壊的で悲惨な魔術」』にて
・『吸収魔術』→魔術および呪術を吸い取る魔術。禁止魔術。ノックスは先天的に魔術を吸収してしまう体質。詳しくは『Side Leonel.「師に捧ぐ――憎悪と覚悟のうちに」』にて
・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術
・『死霊術』→死者を動かす魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『二重思考』→魔具職人のコーティング技術が外部に出回らないように使用されている魔術。あくまでも噂であり、全貌は不明。実態は記憶の一部を思い出せなくする魔術。詳しくは『26.「アカツキの見る世界」』『257.「すべては因果の糸に」』『271.「二重思考」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『コーティング技術』→魔具の出力を整えるための技術。王都では魔具工房のみで継承されている。門外不出の技術とされている。詳しくは『26.「アカツキの見る世界」』にて
・『最果て』→グレキランスの南方に広がる巨大な岩山の先に広がる土地。正式名称はハルキゲニア地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より




