↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1829/1835

幕間.「看護人と養女」

 騎士団長ゼールが目を覚ましたとき、まず映ったのは殺風景な石造りの天井である。王立騎士団の医務室だとすぐに分かった。序列の頂点に君臨していた時代は滅多に訪れなかったが、昔は世話になった馴染みの部屋である。ただ、様相は記憶と異なる。大部屋のはずなのだが、窓と机、そして自分の寝ているベッドのみがある細長い個室だった。特別待遇は性(しょう)に合わないが、誰の姿もない以上注文を付ける相手がいない。そして立つことすらままならない傷を負った自覚もあるので、起き上がるのも無理だと悟っていた。無理に動こうとすれば、痛みがあちこちで叫びを発する。


 思い出すのは気絶するまでの記憶。魁偉(かいい)な武人バルクハルトとの二戦目は、明らかに手を抜かれていた。あちらは隻腕(せきわん)で、こちらも足一本失った状態。一本きりの大剣を操るほかない向こうと比べれば、魔具で飛翔出来るこちらに分(ぶ)があった。にもかかわらず討つのはおろか、一撃を入れることさえ難事なほど強かったのだ。バルクハルトがその気になれば自分を殺せたろう。しかし絶命に至る攻撃はなかった。配慮する謂(いわ)れはなかろうに、奇異な奴である。


『ゼールよ。貴様は弱い。余の足元にもおよばん』

『だが、余は貴様を終生(しゅうせい)の好敵手と認めよう』

『何度でも立ち向かってくるがいい』


 バルクハルトの声が耳に残っている。去り際、彼は『強くなれ。然(しか)るのち、余と死合(しあ)おうぞ』と残して消えた。その後ろ姿を睨みつつ、意識が朦朧(もうろう)として、記憶が途絶えている。


 生き残ってしまった。


 北門の兵士たち、ひいてはこの戦争で命を落としたすべての者に申し訳なく感じてならない。敵方の巨大な戦力を引きつけた事実を功績だとは見做(みな)せなかった。徒労(とろう)とまでは思わないが、勝てなければ意味が薄い。


 不意にノックの音がして、沈みゆく思考を止める。息を吸い込んだが、声にする前に女性が入ってきた。


 そばかすの散った面長(おもなが)な顔。中肉中背で足が短い。鈍麻(どんま)な印象だが、白衣をまとった彼女が看護をしていたのは明らかで、容姿など無関係に感謝が湧く。


 彼女は水差しとコップ、そしてなにやらペースト状の食事を小机に置き、ゼールを流し見した。


「おはようございます」


 凛と整った声だ。適度な潤みを帯(お)びた心地良い音色。


 ゼールはしばしの瞑目(めいもく)ののち、口を開いた。


「貴女が看病してくれたのですか?」


「ええ。一週間ほど」


「そうですか。感謝に堪(た)えません。……俺は一週間も眠っていたのですね」


「はい。ずっと目を覚まさないようでしたから心配しておりました。お目覚めになられて喜ばしい限りです。お水と食事を用意しましたので、ゆっくり召し上がってください」


 この女性が騎士団員でないことは知っている。見ない顔だ。一般市民でもないと看破(かんぱ)している。


 彼女は「では」と言って踵(きびす)を返した。


「お待ちください」


 女性がこちらに向き直る。


 ゼールは鎧こそ脱がされていたが、その下の衣類は戦場にいたときのままだった。普通の看護人なら着替えさせ、意識がなくとも身体を拭(ぬぐ)う。そこまでする義理はなかろうと彼は納得していた。手も顔も清潔なので、見える範囲だけ整えてくれたのだろう。そしてありがたいことに、腰の道具袋は小机に乗ったままだ。自分の双剣も。


 ゼールは痛みを堪(こら)えて袋を探り、目的の品を取り出して彼女に差し出した。


「お返しします。貴女には本当に助けられました。心からお礼を申し上げます」


 閉じた鉄扇(てっせん)を無言で受け取った彼女は、小さく首を横に振り、再び踵を返す。


「シャオグイ殿。貴女がいなければ俺は死んでいた」


 歩みは止まるが、彼女は振り返らない。変装もそのままだ。


「何度礼を言っても足りない。恩に報(むく)いたいのですが、なにか望みはございますか?」


「……あらへんどす。なぁんも」


 扉まで歩むと、ふと思い出したかのように彼女は足を止めた。


「騎士いうのは、みんなゼールはんみたいな奴どすか?」


 唐突な問いだが迷うことはない。


「皆がそうとは言えませんが、おおむね同じものを持っています」


「なんどすか、それ」


「死を背負って戦い、誰の記憶に残らずともかまわない。そのような志(こころざし)です」


 少々の誇張があるが、そう間違ってはいないとゼールは信じていた。マオの件は残念至極だが、責(せき)は騎士団長である自分にある。


「変な連中どすなぁ。笑ってまうわ」


 思案げな声で言うと、看護人はドアを開けて出ていった。


 おそらく、もう彼女と会うことはないだろう。直観だ。ゆえに、報恩(ほうおん)は別のかたちで為(な)さなければならない。


 オーガについて知られている噂をどうしたら払拭出来るか、ゼールは天井を見つめて考えた。痛みを堪えて食事をしている間も。ずっと。




 シャオグイが去ってしばらくのち、別の訪問者があった。ノックをしてから律儀に返事を待ったその相手は、シンクレールである。


 ひとくさり再会の喜びと現況を確認した。ゼールは戦争終結すら知らない。極度の集中力をもって猛者と対峙していたのだから。


 血族の撤退により一切が終わり、なおかつ王都壁内のほぼすべての民が無事と聞いて安堵(あんど)した。さすがに王都そのものが地下に移送されていたなどという報告は俄(にわか)には信じがたかったが、シンクレールは嘘をつく男ではなかろう。


 夜間防衛は問題ないとの言(げん)だった。ほぼ壊滅状態の騎士団に代わり、近衛兵が任を負っている。それだけでなく、ハルキゲニアからの援軍であるふたつの盗賊団と、ナイフ使い、そして騎士団所有の長銃を渡した魔術師がなんとかしているらしい。全体の指揮を執(と)りながら――つまりは騎士団長の仕事を代行しつつも夜間防衛に出ているローランもその一角であると知り、ゼールは安心した。


「シンクレール。お前はまた一段と騎士らしくなったな」


 雰囲気で分かる。前線基地という最大の修羅場を潜(くぐ)ったのは、至るところにある傷跡で窺(うかが)い知れた。全滅と聞いていたのだが、生きていたのは望外の喜びである。


 シンクレールは照れくさそうに笑って、それから急に真面目な顔で「貴方に会いたいと言っているかたがいるのですが、よろしいでしょうか」と口にした。


 断る理由はない。誰であれ歓迎する。


 シンクレールが呼びかけると同時に室内に入ってきた者の姿を見て、ゼールは呆然とした。


 前線基地の全滅が誤報だとして、なぜ彼女が、と思わざるを得ない。それにも増して、色彩豊かな感情がゼールの胸を覆っていた。


 外側にハネた銀の短髪。華奢(きゃしゃ)な身体。そして無表情。


「ニコルの手先になったと聞いていたが……」


 そこから先は言葉にならない。ベッド脇まで来て佇(たたず)むシフォンは、なんの感情も思考もなさそうに見える。


 ニコルに従えと言ったのは自分だ。ゆえに彼女を責められない。淡泊という言葉では表せないほどの無感情な少女なのだと、よく知っているのだから。


 もしここが病室ではなく、自分が壮健で団長室に居たならば。


 きっと叱るだろう。養父としてではなく、騎士として。しかしすべて徒労だ。


「手先にはなってない。ニコルの手はニコルのもの」


 手先の意味するところが分からないあたり、シフォンはどうやら以前のままらしい。


 それからシンクレールは事の次第を打ち明けた。シフォンが簒奪卿(さんだつきょう)の部隊を裏切って殲滅(せんめつ)させたこと。人間も例外なく殺したこと。負けた相手に従うようニコルに言い含められていたこと。彼女に勝利したクロエの命(めい)で、現在はシンクレールが世話役をしていること。


 シフォンが不利になる事柄まで告げたのは、シンクレールなりの誠意だろう。偽(いつわ)りなく語るべきだと判断したに違いない。


「あと、シフォンはオムレツが好きです。といっても普通のオムレツではなく、僕の作る塩オムレツですが」


 それを聞いて、ゼールは目を丸くした。


 好きなもの?


 あのシフォンが?


 呆然とするゼールに、シフォンはぺこりと頭を下げた。


「ありがとう、お義父(とう)さん」


 なんのお礼なのか分からない。が、義父と呼ばれて咄嗟(とっさ)に毛布で顔を覆ったのは正解だった。さすがに涙を見せるのは情けないから。


 シンクレールが「え!?」と頓狂(とんきょう)な声を発し、シフォンに諸々(もろもろ)を問いかけている。彼は知らなかったのだろう。当然だ。これまで多くの人々に――特に騎士の面々には隠しておいた事実なのだから。


 シンクレールがシフォンの心をわずかばかり融(と)かしたのだと悟り、涙を拭(ぬぐ)ったゼールは毛布を顔から放して青年魔術師を見やる。


「シフォンを頼む。不幸にさせたら鉄拳が待っていると思え」


 それらしい言葉になってくれたか自信がない。


 男親の妥当な態度など、考えたこともなかったのだから。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具『凍剣蓮華(リフルーレ)』と『風雷万華(エルグロリア)』の使い手。実はシフォンの養父。戦争において北門の指揮官を任じた。バルクハルトとの戦闘で片足を失い、それでもなお彼に勝利した。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団の元ナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。戦争において前線基地のリーダーを任され、簒奪卿シャンティと対峙。彼女の配下にいたシフォンの存在により、シャンティと共闘。そののち、シャンティは捕虜となり、シフォンは彼と行動するようになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。常に敬語なのは、冒険譚の影響。魔具も魔術も扱えないが、指揮官としての能力に優れている。己の弱さに自覚的だが、決して心折れずに騎士で在り続けた男。マグオートでイアゼル侯爵の洗脳にかかるも打ち破り、彼を撤退させるだけの一撃を与えた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。戦争においてイフェイオンの司令官に任命されたが裏切った。クロエたちに捕縛され王都へと移送されたが、途中で逃走。西門で再び裏切りを企図し、ジーザスにより強制転移箱に回収された。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。かつて存在した町、千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。戦争においてバルクハルトと戦うも勝利には至らず、撤退。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『簒奪卿(さんだつきょう)シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。王都東門でメルキュールを圧倒し、スィーリーを返還する代わりに自分とリクの領地であるマナスルとブロンの保護を依頼。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。末広がりな大剣二本を所持。戦争においてゼールに腕を斬られ、自ら敗北を認めた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。血呑み、鬼人、生き肝食い、黒痣などの別称を持つ。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。