↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1827/1834

幕間.「次期オークショニア」

 夜会卿ヴラドはユランとジーザスを伴(ともな)って、一路、空を飛んでいた。ユランは自らの翼でジーザスを運び、ヴラドはというと自前の翼の魔術を行使して。


 行き先はアスターだが、その前に立ち寄るところがある。寄り道は合流地点を兼ねているため、ジーザスにはそこに留まるよう釘を刺してあった。ヴラドのみ先行して帰還する算段である。


 合流地点はロンテルヌ。鬱気(うっき)に満ちた湿原を抜けた先、丘の向こうに存在する廃棄された町だ。しかし用事があるのは丘のほうである。


 目的地には豪壮な邸が建っていた。


 降り立った矢先、ユランが「すげえな」と目を輝かす。こんなハリボテよりも貴殿の邸宅のほうが立派だろうに、と思ったが口には出さない。ユラン公爵の家についてなにも知らないからだ。知る気も起きない。この男ならば、あばら家(や)に住んでいてもなんら不思議ではなかった。


「二人はここで待っているよう願う。なに、すぐに済む」


 返事も聞かず邸の前に立つと、ノックするより先に扉が自動的に開いた。シャンデリアが煌(きら)めく大理石造りのエントランス。その右手側の廊下を歩む。邸の構造は分からないものの、二人分の気配が感じられるほうへ歩めば間違いはない。


 突き当りの扉が自動で開き、橙色の光の下、これまた豪勢な部屋が現れた。壁も床も天上も大理石。部屋のあちこちに球形の灯具が垂れ下がっており、壁の一面がガラスになっていた。ガラスの先には青紫の花が一面に広がっており、星明りを受けて幽玄(ゆうげん)な雰囲気を醸(かも)している。


 ヴラドはソファに腰掛ける二人の人物を見やり、対面のソファに腰を下ろした。


 梟(ふくろう)の仮面をかぶった小太りの男、ルーカス。枯れ木のような老人、岩窟王(がんくつおう)。


 一週間に満たない期間の再会だ。


「ワインになさいますか」


 ルーカスが言うや否(いな)や、ヴラドは「不要だ」と返した。


 グレキランスに落ち延びたルーカスとの賭け。反故(ほご)にしたところで問題は生じないが、約束を違(たが)えはしない。ヴラドの律義さの表れである。


「オークショニアへの復帰を認めよう」


 前口上なしに告げる。


「では――」


「契約書は用意してある」


 テーブル越しに渡すと、ルーカスが震える手でそれに見入っているのが映った。


 オークションの一切を取り仕切るのがオークショニアである。ルーカスはかつてそのポジションにいたが、現在は違う。夜会卿にとっては非常に不愉快で、犯すべからざる罪を負ったので追放となったのだ。そしてヴラドはその判断を誤りだとは一度も思っていない。オークショニアが出品物に手を出すなどあってはならないからだ。


「そこに書かれている通り、出品物の選定やオークションの開催時期はお前の一存で決められる。一ヶ月前には開催の旨、アスター城の官吏(かんり)に届け出を」


 淡々と告げたが、もとより必要のない説明である。ルーカスがオークショニアだった時代と今とで仕組みに変わりはない。


「げん……オホン。現在のオークショニアはどうなるのですか」


「クビだ。そうせざるを得ん。オークションに関わらせることもない。官吏として使う気もない。農園にでも送るか」


 どうするかは意のままだ。実際、農園に送るのが妥当だろうとヴラド自身考えている。ただ、左遷(させん)といってもそう悪い境遇に置くのは体裁(ていさい)が良くない。大規模農園の主にでもする腹積もりだった。となると筆頭はエリスライト農園。かつては町だったが、急速に開墾(かいこん)を進め、今では一大農園となっている。


 現在、農園の経営者はエリスライトの元町長だ。あれは俗物だと知っている。栄転(えいてん)したオークショニアと衝突の可能性があるので、エリスライトに留まらせるのは悪手。ほかの中規模農園にでも送ればいい。そうやって各農園の長を別の農園主に落とし、一番小さな農園主はエリスライトで汗を流せば良かろう。小規模農園の主よりも大規模農園の農夫になるほうが実入(みい)りはいい。


「ホッホッ、謹(つつし)んでお引き受けいたします」


 なにが『お引き受けだ』と内心で罵倒する。貴様が賭けでもぎ取ったのだろうに。


「開催時期の目星は付いているのか?」


「いえ、今のところはなんとも」


「半年以内に開催せよ。それまでは落人(おちうど)の立場を利用して上手く立ち回ることだな」


 ルーカスの口角が上がる。「もちろんですとも」


 此度(こたび)の戦争に参加した者は、例外なくグレキランス一帯への干渉を禁じてある。しかしルーカスはその限りではない。もとより人間に擬態しているうえ、戦争に関与していないのだ。さすがに個人的な賭け程度では関係者とは呼べない。


 つまりは、自由にグレキランスの珍品を集められるわけである。双方、利害は一致しているはず。


「クロエは出品するのか?」


 ついでに訊(たず)ねると、ルーカスは弱々しく首を横に振った。


「彼女に出品物の首輪をつけたのはワガハイですが、出品するかどうかは彼女の意志次第です。望み薄でしょう」


 それならそれでいい。が、言っておくべきことがある。


「クロエと接触する機会があれば伝えておけ。歓迎すると」


「ホッホッ。お伝えいたしましょう」


 立ち上がり、部屋を去る。オークショニアは身内のようなものだ。礼儀はさして必要ない。アスター城とオークションとはほとんど一体化してはいるものの、厳密な権利関係は別である。開催時期の決定など、諸々の権利はオークショニアにある。会場の準備や貴賓(きひん)用のホテルを押さえるのもオークショニアの仕事だが、経費はアスター城持ち。オークショニアの給与も同様。代わりというわけではないが、落札された品の利益のうち一パーセントを城が受け取る。基本的には赤字だが、もとよりヴラドの関心のためにある娯楽と言ってもいい。だからこそヴラド当人も落札者として出るのが通例である。


 邸を出て振り返ると、なにもなかった。


 ガラス越しに見えた花畑も存在しない。丈の低い草に覆われた単なる丘でしかなかった。


「お、用事は済んだか?」


 ユランは衒(てら)いも遠慮もない。公爵としての礼儀も。


 ジーザスに目配せする。彼は貴品(ギフト) 『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を着けていた。


「ひとつだけ仕事が残っている」


「仕事? そりゃ――」


 一瞬で四分割。次の刹那に八分割。ユランは抵抗する時間すら与えられず、首だけを残してあとはバラバラにされた。


「おい! どういうことだよ!! おい!!」


 叫ぶユランを強制転移箱に格納し、毒色原野を見据えた。自分だけは毒霧の影響を受けることなく踏破出来る。何度も試したことだ。原野にわだかまる毒霧程度では死も変質もない。


「ジーザス。お前はここに残って部隊との合流を待て。特にメルキュール伯(はく)には労(ねぎら)いを忘れるな」


「オーケー。承知してるぜヴラド閣下。で、自分だけアスターに戻るのはなんでだ?」


 これがジーザス以外の者から発せられた疑問なら、その場で首を刎(は)ねるところだ。良くて拷問だろう。


 彼だけは違う。有能だからではなく、可能性を持っているからだ。


「梃入(てこい)れだ。領内の紙幣価値が下がらぬよう、敗戦の事実を早期に是正(ぜせい)する」


 言って、ヴラドは振り返ることなく毒色原野へと飛び立った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品(ギフト)『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュール』→夜会卿の第二部隊長。黒の血族で、ラガニアの伯爵。水の魔術を記憶した貴品(ギフト)『水殿の王笏(アロン・マイム)』を所持。水の都スィーリーの領主兼教師だったが、簒奪卿シャンティの侵略により、やむなく夜会卿ヴラドの所有地で暮らしている。戦争において東門をほぼ制圧するも、シャンティに横槍を入れられる。しかし当のシャンティからスィーリーを返すと言われ、懐柔された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ルーカス』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。銀色の梟面を身に着けた小太りの男。父である『巌窟王』と一緒に暮らしている。同じ血族であるマダムに攫った人間を提供していた。血族のみ参加出来るオークションで司会をしていたが、クビになった過去を持つ。クロエをオークションに出品する優先権を持っている。ハルピュイアを使役する権能を有し、特殊な個体である赤髪のハルピュイアとは独自な契約関係にある。マゾヒスト。詳しくは『472.「ほんの少し先に」』『609.「垂涎の商品」』にて


・『巌窟王』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。ルーカスの父。住処である倉庫(デポ)を意のままに変容させる力を持つ。詳しくは『432.「百面相」』にて


・『落人(おちうど)』→ラガニアから追放され、グレキランスへ渡った血族を指す蔑称。


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』→ジーザスがヴラドから下賜された貴品(ギフト)。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『強制転移箱』→対象をあらかじめ指定した場所まで転送する魔道具。戦争において夜会卿の各部隊長がひとつずつ所有している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ロンテルヌ』→『魔女の湿原』の先に広がる高原地帯に存在する町。『黒の血族』である『マダム』が作り出した、地図にない町。人身売買の温床となっていたが、クロエたちの活躍により『マダム』が討たれ、現在は無人の土地となっている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『毒色原野』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。霧は一定周期で晴れる。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『エリスライト』→ヴラド公爵領の辺境にある田舎町。スカーレットとレミントンの故郷。広大な森に接していたが開墾され、現在は農園になっている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」』にてにて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。