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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1823/1837

1055.「意味のない強さ」

 感情のないわたしには意味がない。


 そんなニコルの言葉こそ意味不明だ。『意味』の示す内容が具体化されていない。ただ、追求する気は起きなかった。問いかける余裕があるなら、その分を勝つための攻撃に充(あ)てるべき。合理的だ。


 数歩後退し、切っ先を天へと掲げる。


「雷神誅撃(らいじんちゅうげき)」


 雷が空から注ぎ、わたしの身体を苛烈に嬲(なぶ)った。


 野太い雷撃を維持したままサーベルを振り下ろす。雷が剣の軌道に沿ってニコルの頭上へと到達しつつあった。


「光の極剣(ルス・ミナセル)」


 ニコルの剣が光を放ち、わたしの雷撃と打ち合う。雷は彼の身には達せず、さりとて消えてはいない。互いを結ぶ中間地点で相殺され続けていた。光と雷の鍔迫(つばぜ)り合い。


 この出力が彼の全力なら、分(ぶ)があるのはこちらだ。治癒能力により、わたしの魔力は枯渇(こかつ)する憂いがほぼない。治癒速度以上に魔具を酷使すればその限りではないものの、今出来る全力の攻撃がこれだ。治癒速度よりもやや消費が少ない。したがって枯渇はしない。


 一方で、ニコルの魔力は膨大であるものの有限だ。


「強くなったね、クロエ」


 彼はいかにも退屈そうに言う。


 強くなることのなにがそんなに不満なのか、一向に分からない。ニコルは強いからラガニア城まで到達出来たのではないのか。


 わたしが弱かったから気に入っていたなんて――。


 ありえない、と内心で呟く前に掻(か)き消える。


 可能性としてありえるどころか濃厚なのだ。考えてみれば、わたしはずっとニコルに守られてきたと言ってもいい。もちろん騎士になってからは別だけど、孤児院での日々はニコルの庇護下(ひごか)にあったはず。魔具訓練校での成績だって、もちろんわたしのほうが低かった。あちらは魔術訓練校にも在籍していたというのに。つまり圧倒的に格下だったのだ、わたしは。


 だからこそ騙し甲斐(がい)があった。だからこそ気に入った。だからこそ弄(もてあそ)んでいた。


 それらの可能性を今のわたしは否定出来ない。魔具と魔術の両方を扱い、なおかつどちらもトップクラスの能力を持つニコルにとって、わたしは常に弱者でしかなかったのだ。


「強いから、なに?」


 思わず言葉が漏れ出す。雷撃がやや押された。


「別に。感情を失って強くなったなら、それ以前のクロエよりもっと悪い状態だなって思っただけだよ」


「……どういう意味?」


 また少し、雷撃が押される。


「強いだけ(・・)だと、より強い者に勝てない。絶対に。君は強さを得る代わりに大事なものが欠けたんだ」


 大事なもの。


 なんとも抽象的な言葉だが、ニコルのなかでなにを指(さ)しているのかを度外視しても、なるほどと思う。


 今のわたしは強さだけを求めている。それ以外は無駄と断じて切り捨ててきた。身体もそう。強さに寄与(きよ)しないものはなにもない。本能も欲求も、強さに至らないものであれば存在しないのと同義だ。


「欠けちゃあ、いませんよ」


 南門への大通りに接した広場から、疲弊(ひへい)した声が流れる。ヨハンだ。見ずとも声で誰かは分かる。どの位置にいるかも。


「いや、欠けてるよ。ヨハン……だよね、今の名前は。君の言いたいことは大体分かる。感情の欠落は一時的なものだとか、そんなところじゃないかな」


 ニコルは鋭い。いつだったか、ヨハンが言った慰めそのものだ。


「いえ、違いますよ。クロエお嬢さんのなかにはいくつもの人格がいるだけです。今は感情の薄い(・・)人格が表に居座っているだけでさあ。実際は彼女のなかに、感情豊かなお嬢さんがいるんですよ」


「そうかもね。でも、そうじゃないかもしれない」


 ニコルの目は冷え冷えとわたしを射ている。


 急にサーベルから圧力を感じた。光の放射がどんどん雷撃を凌(しの)いでこっちに迫っている。


「究極のところ、どっちでもいい。強いだけのクロエに興味はないんだ」


 咄嗟に横に跳ぶ。


 剣から迸(ほとばし)った光が真横を通り抜けた。光が家屋を貫通し、壁に至って散る。魔力の流れで、そこまでの軌跡が感じ取れた。ニコルが光の放射をやめなければ、きっと壁に穴が空いたろう。


 今のわたしに油断はない。知略も基本的に使わない。真正面から戦うだけだ。そして出し惜しむこともない。


 先ほどの雷撃はわたしの全力であり、ニコルの言葉に意識を取られはしなかった。集中力に綻(ほころ)びはないと断言出来る。


 だからこそ認めなければならない。


 地力(じりき)では勝てないと。


「じき、強いだけではなくなりますよ。貴方がなにを望んでいるのか分かりませんが、感情豊かなクロエお嬢さんなら、貴方が思うよりずっと早く戻ってくるはずです」


「ヨハン。君の言葉は信じるに値(あたい)しないんだ。残念だけど。契約するなら信じてもいいよ。三日で戻らなきゃ君もクロエも死ぬ。戻った場合の報酬は無し。生殺与奪を握ってるのはこっちだからね。――光の驟雨(ルス・セラフ)」


 ニコルの背後から無数の光の矢が放たれた。速度も角度もそれぞれ異なり、着弾地点もひとつとして重複していない。


 絶命を予感させる光の雨のなか、着弾点の間隙(かんげき)に移動する。降り注ぐ矢が石畳を破壊し、礫(つぶて)が身を打った。


「それはさすがに横暴ですよ。いつ戻るかは彼女の心の動き次第ですから。まあ、アルコールを飲ませればすぐに馬脚(ばきゃく)を表しますが」


「酔ったクロエはもう見たくないな」


 ニコルがほんの少し笑う。ただ、表情には憂愁(ゆうしゅう)がこびりついていた。


 彼の反応とヨハンのやり取りは、わたしの話ではあるものの、どうでもいい。生かすだの殺すだの、筋違いもいいところ。こっちはニコルを殺すために戦場を経巡(へめぐ)って、ようやくたどり着いたのだ。命のやり取りをする覚悟はとっくに出来ているし、そもそも今のわたしにはそれしかない。強烈な目的意識。それは覚悟と名付けていいだろう。


 殺されたなら、それまでだ。逆に、殺すチャンスを自ら破棄するなんてありえない。


 ニコルへと疾駆する。が、接近には至らなかった。


「光の翼(ルス・アーラ)」


 輝く翼が彼を空中へと逃がす。却(かえ)って好都合だ。


「雷神誅撃(らいじんちゅうげき)」


 再び雷撃を身に浴び、切っ先の方角へ放つ。空中にいるニコルは悠々と避けているが時間の問題だ。いつか命中する。現に、回避が覚束(おぼつか)ない印象だ。


 だから気付かなかったんだろう。上空ばかりを見ていて、地上はちっとも意識していなかった。といっても、自分が魔術をかけられた感覚は確かにある。少し前のことだ。記憶にある魔術。ラガニア城で用いられた触覚奪取である。


 サーベルを振るわせるために必要な肉体へのシグナルは把握している。ゆえに問題視しておらず、実際動きに乱れはなかった。


 不意に前方から鋭い痛みと衝撃を感じ(・・)、瓦礫の山に打ち付けられたのが不思議で仕方ない。ヨハンが駆け出そうとして転んだのは演技ではなかろう。


「触覚奪取と、盲点(ロスト・ポイント)。僕の魔術――光の拘束針(ルス・アグハ)を意識の外に置いた。触覚奪取と同じタイミングで別の魔術が施(ほどこ)されたことに気付かなかったのは気にしなくていいよ。普通気付かないから。君が強いから、こういう手段を取るしかなかった。強いだけの君じゃ絶対に勝てない」


 ニコルはそう語り、わたしの目の前に着地した。こちらは身動きを封じられた状態。両手、両腕の関節、両肩、左右の脇腹、両の太腿と爪先、そして左右の頬に、輝く針が突き刺さっている。まるで虫の標本のごとく。サーベルを持ったままなのは不幸中の幸いだが、なにも出来ないという意味では状況を変えてくれない。もしわたしに接近するなら、雷神誅撃(らいじんちゅうげき)の巻き添えにしてやれるのだけど、ニコルはきっちり雷撃の外側で足を止めた。


「バイバイ、クロエ」


 首を薙ぐ軌道で剣が迫る。明らかにリーチが足りないが、魔術でどうにでもなるだろう。


 これで終わりか。


 そう思った刹那、彼の剣が止まった。そして横へと顔を向ける。南門の大通りへ。二人分の靴音が、確かにそちらから鳴っている。


 やがて現れたのは、眼鏡の青年と銀髪の少女――シンクレールとシフォンだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団の元ナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。戦争において前線基地のリーダーを任され、簒奪卿シャンティと対峙。彼女の配下にいたシフォンの存在により、シャンティと共闘。そののち、シャンティは捕虜となり、シフォンは彼と行動するようになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『雷神誅撃(らいじんちゅうげき)』→サーベルに巨大な雷をまとわせて放つクロエの技。彼女自身も雷に焼かれる。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『光の極剣(ルス・ミナセル)』→ニコルの手にした剣の魔具に、光を纏わせる攻撃。光は質量を持ち、威力や大きさも自在。魔具と魔術を両立させることが必須条件であるため、ニコルにしか扱えない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『光の驟雨(ルス・セラフ)』→ニコルの手にした剣の魔具を媒介し、光の矢を注ぐ攻撃。魔具と魔術を両立させることが必須条件であるため、ニコルにしか扱えない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『光の翼(ルス・アーラ)』→翼を得ることによって飛翔する魔術。会得した者が少ないので、判明している情報にも限りがある。五体とは別の感覚を得るので操作は非常に困難と言われている。ニコルが使用。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『触覚奪取』→勇者ニコルの使った呪術。読んで字のごとく、触覚を奪う。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『盲点(ロスト・ポイント)』→対象の一部分を周囲の人間から認識されなくする、強力な隠密魔術。詳しくは『Side HAL.「アイズ・ノット・シャット」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士や内地の兵士になる


・『魔術訓練校』→王都グレキランスで、魔術的な才能のある子供を養成する学校。魔具訓練校とは違い、卒業後の進路は様々


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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